命遊び
「なぁ、月よ」
月にそう声をかけたのは、黒い衣装を身に纏った妖しく美しい存在、死だ。晒された白い足を組んで、妖艶な笑みを浮かべていた。呼ばれた月が死へと視線を向けると、死はさらに目を細めて口を開いた。
「お前は言っていたな。自分は無機物だと。だから命はないのだと」
「……ああ」
死の言葉に、月は小さく頷いた。
いつの頃だったか、以前に月は自分の存在というものについて、死に伝えたことがあった。「自分は冷たい無機物」「生きているモノの命を浴びて、渇きを癒やす」「その瞬間は、命がない自分も生きているように感じる」と。拙くもそう伝えたのだった。
月の頷きを見た死は、今度はにっこりと笑って首を傾げた。
「それじゃあ何故、お前は今 生きているんだ?」
「…?」
死の言葉の意味が分からずに、月も首を傾げた。
「お前は今、喋っているだろう?動いているだろう?命がないのに、何故?」
にこにこと可愛らしくたずねてくる死に、月はどう返事をしたらいいのか分からなかった。確かに、死の言うことに月本人も疑問を感じた。
…自分には命がない。それなら、何故こうして動いている?
「……」
月はうつむき、答えが出るのかも分からない問いに対して、ぐるぐると頭の中で考える。
「………」
…しかし、正しい回答が見つからないようで、黙り込んでしまった。自分のことだがよく分からないみたいだ。
すると、そんな月を見ていた死は陽気に言った。
「本当はお前にもあるんじゃないか?命というものが」
「…ある?」
月はパチ、パチ…と瞬きをしながら死を見た。その表情から、月は驚いているようである。
立ち上がった死は月へと近付くと、下からその顔を覗き込んだ。口元に弧を描いて美しく微笑んでいるが、その目は深淵のように暗く冷たい。
死は小さな唇を開いて、月へと囁いた。
「私に見せておくれよ。お前の命」
死はぽかんとしている月の返事を待たずに、月の胸へと手を伸ばした。
「…死、」
死を見ていた月が声を出したと同時に
「ッ ──」
死は月の胸に手を当て、ぐうッと力を込めて何かを押し出した。
ぐぼぉッ…と音が鳴り、それが背中から飛び出してしまった月は、ぷつりと事切れたように死のほうへと倒れ込む。死はそっと支えたが、勢いだけを殺して後はドサリとその大きな体を地面へと寝転がした。
ぴくりとも動かなくなった月のそばには、先ほど取り出したものがふわふわと漂っていた。ボタボタと赤い血のようなものが滴り落ちているそれを手ですくい上げると、死は月を見下ろしながら笑った。
「ふふ。ほらね。お前はこんないいものを持っているんだよ」
その言葉に返事が返ってくることはなかったが、死も気にした様子はなく、片手で空間を椅子のような形の凹凸に歪めた。そこに座って足を組むと、手の平の上で淡く光を放っているそれをじっと見つめる。ほんのりとあたたかく、丸みを帯びた形をしている。おそらくこれが月の命みたいなものだ。月はこれがあることによって、動いたり、喋ったり、考えたりできるのだろう。そしてそれが体内から出てしまっている今の月は抜け殻というわけだ。呼吸も止まっているから、生物でいうところの「死んでいる」状態である。しかしこの命のようなものが飛び出した背中には、一切 傷や穴が開いた痕はなかった。死が上手くこれだけを取り出したのだろう。
時折つん、と指で突いてみたり、軽く握り込んだりしてみたりと、まるでおもちゃのようにそれで遊ぶ死。垂れ落ちてくる血のようなものが、徐々に黒い手袋へと染み込んでいった。やがて手首を伝って落ちてくると、死は顔を近付けてその液体をぺろりと舐め取る。
「ん…」
口の中でそれを味わうと、満足げな笑みを浮かべた。ぺろ…と舌舐めずりをすると、今度は手の平の上のあたたかいそれにちゅっと口づけた。
愛おしげに見つめて、キスを繰り返す死。もし手に持っているのが小さな愛玩動物だったとしたら、それは癒やしの光景だっただろう。しかし、血にまみれた得体の知れないものを可愛がっている死は、酷く狂気的に見えた。口の端に赤い液体がつくと、またしてもぺろ…と舐め取っていた。
しばらくの間 観察をしたり味見をしたりと楽しんでいた死だが、ふと倒れている月へと視線を向けた。
「……ふふ」
死は妖しげに笑うと自身の胸元をはだけさせ、手の平のそれをまるで懐にしまうように服の中へと隠した。月の命のようなものは、死の衣装の下の暗闇に飲み込まれていった。
手を赤く汚している液体を舐め取りながら、前を開けたままの状態で死は月へと近付く。そしてうつ伏せで倒れている月を、よいしょよいしょと動かして仰向けにさせた。死は月に跨がると、上からその顔を覗き込んだ。
「…ふむ」
月は目を閉じ、まるで眠っているかのようである。とても息絶えているようには見えず、死は月の頬へと手を添えた。…命を取られてからそれほど時間も経っていないためか、まだ少し体温も感じられるほどだった。顔に触れたことで、手袋に染み込んでいた血のような液体が、月の頬にも少しだけ付着していた。
汚れた月の顔をじっと見つめていた死は、体を倒してその唇へと自身の唇を押し当てる。
「…ん…」
ちゅっと音を鳴らして口を離すが、当然月が反応することも動くこともなかった。しかし死は気にせずに、再び口づける。くぐもった吐息を漏らしながら、貪るように月へとキスの雨を降らしていた。
やがてその唇は下へと下りていき、フードの中へと顔をうずめて月の逞しい首筋へと吸いついた。ちゅぽんっと口を離すと、薄紅色の痕が刻まれていた。死はもう片方の首筋にも口づけて、同じ痕をつけた。その下にある鎖骨にもはむ、と噛みつく。
「…はぁ……」
今のようにまさしく命がない無機物な月を弄ぶのは初めてで、死も少しばかりその新鮮さに興奮しているようだ。月のベストのボタンをぷち、ぷちと外し、下に着てあるシースルーを捲り上げると、引き締まった肉体美が現れた。いつ見ても大変好みな男の体に、思わず、ほう…とうっとりとしたため息をつく。胸に手を当ててみると、こちらもまだほんのりとあたたかかった。触れた場所にもわずかな量の赤い液体が付着した。
死は興味本位で、普段いじることの少ない月の胸の飾りへと指を這わせた。くりくりと摘まみ、ぴんっと弾き、きゅっと引っ張ってみる。なかなか癖になる触り心地だった。死は片方をいじくり回しながら、もう片方を口に含んだ。ちゅうっと吸って、かぷっと噛んで、ぺろぺろと舐める。月に意識があればどんな反応を見せるのかと考えたが、しかし今は動かず喋らずの月を楽しむことにした。
しばらくそれで遊んだ後に死は指を腹筋の溝へと滑らせていき、上からゆっくりとなぞった。控えめな月だが、その体は男の魅力たっぷりの惚れ惚れする体だ。腹筋は硬くて艶があり、視覚と触覚で満足を得られる逸品である。へその回りで指を踊らせるようにくるくると円を描いて、中心に吸い込まれるかのように穴へずぼっと突き刺した。これだけべたべた触っても、呼吸が停止しているためぴくりとも動かない身体。それは彫刻のように美しかった。
「……ん」
夢中になって遊んでいた死だが、ふと下にある月のズボンへと視線を落とした。
「……」
遠慮することなく、ズボンの上から月のものへと触れる。ぐにぐに揉んでみたり、ぎゅっと握り込んでみたりとやりたい放題である。…しかし月の生命活動は停止しているため、いくら刺激を与えたところで反応することはないだろう。死は月のベルトをカチャカチャと外し、ズボンを下へとずらす。そして無表情で、萎えている月のそれを直接いじっていた。上半身に続き下半身でも遊ばれていることを、月は知る由もない。それどころか死によって命を奪われたことすら知らぬまま、こうして物言わぬ抜け殻になってしまっているのかもしれない。そんな哀れな月をおもちゃのように扱っている死は、これ以上ないほどに残酷な存在なのだ。
死は月のを両手で支え、可愛がるようにその先へちゅっと口づけた。
「…んぅ…ふ…」
口を開いて小さな舌を出し、先だけをちろちろと舐める。それはたいしてあたたかくもなく、いつものようにドクドクと脈打つこともないただの柔らかな棒のようだった。しかし使えないそれを前にしても、死は己の欲を満たすためにぱくりと口に咥え、ちゅぷ、ちゅぷ…と唾液を絡ませて口内で弄んだ。垂れ下がってくる髪を耳にかけながら、じゅぼじゅぼとしゃぶり続ける。
「んん……ん、っ」
ふと気になった死が、じゅるッ…と強めに吸ってみると、中に溜まっていた精液がわずかに口内へと吸い込まれたのを感じた。口の中に広がったその味に、死はまるで面白いものを見つけた子供のように無邪気な笑みを浮かべる。どうやら新しい遊び方を発見したようだ。死は月のをいったん口から出した。
「……ふうぅ…」
唾液で濡れているそれを握り込んだまま息を吐き出すと、また口に咥えてそれを力いっぱい吸い込んだ。すると今度はよりいっそう搾り取れたようで、先ほどよりも多い量の精液が口内へと流れ込んできたのを感じた。
「ははは」
死は可笑しくてたまらないのか、酷く冷酷な表情で笑っていた。
口での遊びを心ゆくまで堪能すると、死は月の腰のあたりに跨がった。黒衣装がふんわりと隠すように覆い被さった下には月のがある。が、当然勃っておらず使い物にはならないため、死は手袋をつけたまま自分の右手の人差し指と中指を口に含んだ。ちゅっちゅとしゃぶってたっぷり濡らすと、右手を股の下にくぐらせる。今から得られる快楽に期待しているかのように、死のそれも少し反応を見せていた。
「はぁ…」
頬を紅く染め恍惚とした表情で吐息を漏らすと、死はつぷ…と人差し指を自身の中へと埋め込んでいった。
「ん…っ」
背筋がぞくぞくと震え、死は体を仰け反らせる。慣らさなくても充分柔らかい口の中に、指はするりと入っていった。死はすぐに中指も添えて一緒に中へと飲み込ませた。多少物足りなさはあるが、しかしちょうどいい快感がじわじわと押し寄せてきていた。死はぐちゅぐちゅと自ら指の抜き差しを繰り返す。
「はっ…んん…ッ」
さらなる快楽を求め自然と腰が揺れ始める。衣装で隠されているため、端から見れば死と月は交わっているかのようだった。しかし、実際は死ひとりだけで行っている自慰だ。しかも、下に寝転がっている月は死んでいる。そう明かされることで、よりいっそう死が夢中になって行っている異常行為の残酷さが増すことだろう。死は喘ぎながら、月の上で自分を高め続ける。
「あっ…あ…ッ」
ゆさゆさと腰を揺らし、自身の2本の指をもっと奥まで突き入れる。それでもまだ足りないのか、死は空いている隙間へと薬指もねじ込んだ。穴から溢れ出る体液で、最初の2本はもちろん、後からの1本の指もすぐにぐっしょりと濡れた。動くたびにぐじゅっぐじゅっといやらしい水音が辺りに響き、その音も死の興奮を高めていた。喜んでいるかのように、勃ち上がった死のそれはぷるっぷるっと動きに合わせて揺れている。
「はぁ…っ…はぁ…」
蕩けた目で下の月を見てみると、変わらず眠っているかのように目を閉じていた。空っぽのその体は、ただそこにあるだけだ。
死は空いている左手で、月の右手に触れた。指を絡めてぎゅっと握り、地面へと縫いつけた。その手を月が握り返してくれることはない。月の体温は、死があたたかさを感じないほどに冷たくなっていた。
死は月の手に指を絡めたまま、最後の追い込みのように右手を速く動かし続けた。
「ッはぁ…はぁッ……あ、あッ」
腹の奥がきゅうっ…と疼き、死はびくびくと体を震わせた。絶えず自ら与えた刺激によって絶頂を迎えたようだ。絡めた指をぎゅうっ…と強く握りしめ、びゅるッ…と精を吐き出す。それは自身の腹、衣装のレース、そして月の白いコートを汚した。
「はぁ、はぁ…はぁ…ふう…」
死は少しの間 余韻に浸った後、月の手に絡めていた指を解き、ぬぽ…と中に入れていた指を引き抜いた。ヌト…と糸を引いた手を目の前にかざしてじっと見つめる。
手袋に染み込んでいた血はすでに乾いていた。月の命を奪ってから、早数時間は経っているようだ。死は下にいる月を見下ろす。
「…ん~」
考えているかのような声と仕草を見せた死だが、やがては衣装の中へと手を潜ませた。ごそごそとまさぐりながら、あるものを探し続ける。時折「これは違う」と呟いて何かを再び隠しながらも、ようやく探し物を見つけたようだ。
衣装の中からすっと取り出された手には、月から奪い取った命のようなものが淡く光を放ちながらふわふわと乗っていた。死は手の平のそれをじっと見つめると、最後にもう一度だけちゅっと口づけた。
「ふふ。また遊んでおくれ。約束だよ」
喋らないそれに一方的に約束を取りつけると、死は下にいる月にも目を向けた。空いているもう片方の手で、月の心臓のあたりを撫でる。
「お前もだよ。また遊ぼうね」
優しげな声でそう言うと、月の胸にぐッ…とそれを押し込んだ。
その瞬間、ドクンッと音を上げ、月の心臓は動き出したかのようだった。
命が戻され息を吹き返したのだろう。呼吸も再開されたようで、小さな寝息を立て始めていた。
おそらく時間が経てば、眠っている月も再び目を覚ますことだろう。
死は月から離れると、そのやりたい放題した体はそのままに、その場からすっと姿を消したのだった。
…死は時々、こうした残酷な遊びをしているようだ。
だから最後の言葉通り、月がまた命を奪われる日もきっと来るのだろう。
月にそう声をかけたのは、黒い衣装を身に纏った妖しく美しい存在、死だ。晒された白い足を組んで、妖艶な笑みを浮かべていた。呼ばれた月が死へと視線を向けると、死はさらに目を細めて口を開いた。
「お前は言っていたな。自分は無機物だと。だから命はないのだと」
「……ああ」
死の言葉に、月は小さく頷いた。
いつの頃だったか、以前に月は自分の存在というものについて、死に伝えたことがあった。「自分は冷たい無機物」「生きているモノの命を浴びて、渇きを癒やす」「その瞬間は、命がない自分も生きているように感じる」と。拙くもそう伝えたのだった。
月の頷きを見た死は、今度はにっこりと笑って首を傾げた。
「それじゃあ何故、お前は今 生きているんだ?」
「…?」
死の言葉の意味が分からずに、月も首を傾げた。
「お前は今、喋っているだろう?動いているだろう?命がないのに、何故?」
にこにこと可愛らしくたずねてくる死に、月はどう返事をしたらいいのか分からなかった。確かに、死の言うことに月本人も疑問を感じた。
…自分には命がない。それなら、何故こうして動いている?
「……」
月はうつむき、答えが出るのかも分からない問いに対して、ぐるぐると頭の中で考える。
「………」
…しかし、正しい回答が見つからないようで、黙り込んでしまった。自分のことだがよく分からないみたいだ。
すると、そんな月を見ていた死は陽気に言った。
「本当はお前にもあるんじゃないか?命というものが」
「…ある?」
月はパチ、パチ…と瞬きをしながら死を見た。その表情から、月は驚いているようである。
立ち上がった死は月へと近付くと、下からその顔を覗き込んだ。口元に弧を描いて美しく微笑んでいるが、その目は深淵のように暗く冷たい。
死は小さな唇を開いて、月へと囁いた。
「私に見せておくれよ。お前の命」
死はぽかんとしている月の返事を待たずに、月の胸へと手を伸ばした。
「…死、」
死を見ていた月が声を出したと同時に
「ッ ──」
死は月の胸に手を当て、ぐうッと力を込めて何かを押し出した。
ぐぼぉッ…と音が鳴り、それが背中から飛び出してしまった月は、ぷつりと事切れたように死のほうへと倒れ込む。死はそっと支えたが、勢いだけを殺して後はドサリとその大きな体を地面へと寝転がした。
ぴくりとも動かなくなった月のそばには、先ほど取り出したものがふわふわと漂っていた。ボタボタと赤い血のようなものが滴り落ちているそれを手ですくい上げると、死は月を見下ろしながら笑った。
「ふふ。ほらね。お前はこんないいものを持っているんだよ」
その言葉に返事が返ってくることはなかったが、死も気にした様子はなく、片手で空間を椅子のような形の凹凸に歪めた。そこに座って足を組むと、手の平の上で淡く光を放っているそれをじっと見つめる。ほんのりとあたたかく、丸みを帯びた形をしている。おそらくこれが月の命みたいなものだ。月はこれがあることによって、動いたり、喋ったり、考えたりできるのだろう。そしてそれが体内から出てしまっている今の月は抜け殻というわけだ。呼吸も止まっているから、生物でいうところの「死んでいる」状態である。しかしこの命のようなものが飛び出した背中には、一切 傷や穴が開いた痕はなかった。死が上手くこれだけを取り出したのだろう。
時折つん、と指で突いてみたり、軽く握り込んだりしてみたりと、まるでおもちゃのようにそれで遊ぶ死。垂れ落ちてくる血のようなものが、徐々に黒い手袋へと染み込んでいった。やがて手首を伝って落ちてくると、死は顔を近付けてその液体をぺろりと舐め取る。
「ん…」
口の中でそれを味わうと、満足げな笑みを浮かべた。ぺろ…と舌舐めずりをすると、今度は手の平の上のあたたかいそれにちゅっと口づけた。
愛おしげに見つめて、キスを繰り返す死。もし手に持っているのが小さな愛玩動物だったとしたら、それは癒やしの光景だっただろう。しかし、血にまみれた得体の知れないものを可愛がっている死は、酷く狂気的に見えた。口の端に赤い液体がつくと、またしてもぺろ…と舐め取っていた。
しばらくの間 観察をしたり味見をしたりと楽しんでいた死だが、ふと倒れている月へと視線を向けた。
「……ふふ」
死は妖しげに笑うと自身の胸元をはだけさせ、手の平のそれをまるで懐にしまうように服の中へと隠した。月の命のようなものは、死の衣装の下の暗闇に飲み込まれていった。
手を赤く汚している液体を舐め取りながら、前を開けたままの状態で死は月へと近付く。そしてうつ伏せで倒れている月を、よいしょよいしょと動かして仰向けにさせた。死は月に跨がると、上からその顔を覗き込んだ。
「…ふむ」
月は目を閉じ、まるで眠っているかのようである。とても息絶えているようには見えず、死は月の頬へと手を添えた。…命を取られてからそれほど時間も経っていないためか、まだ少し体温も感じられるほどだった。顔に触れたことで、手袋に染み込んでいた血のような液体が、月の頬にも少しだけ付着していた。
汚れた月の顔をじっと見つめていた死は、体を倒してその唇へと自身の唇を押し当てる。
「…ん…」
ちゅっと音を鳴らして口を離すが、当然月が反応することも動くこともなかった。しかし死は気にせずに、再び口づける。くぐもった吐息を漏らしながら、貪るように月へとキスの雨を降らしていた。
やがてその唇は下へと下りていき、フードの中へと顔をうずめて月の逞しい首筋へと吸いついた。ちゅぽんっと口を離すと、薄紅色の痕が刻まれていた。死はもう片方の首筋にも口づけて、同じ痕をつけた。その下にある鎖骨にもはむ、と噛みつく。
「…はぁ……」
今のようにまさしく命がない無機物な月を弄ぶのは初めてで、死も少しばかりその新鮮さに興奮しているようだ。月のベストのボタンをぷち、ぷちと外し、下に着てあるシースルーを捲り上げると、引き締まった肉体美が現れた。いつ見ても大変好みな男の体に、思わず、ほう…とうっとりとしたため息をつく。胸に手を当ててみると、こちらもまだほんのりとあたたかかった。触れた場所にもわずかな量の赤い液体が付着した。
死は興味本位で、普段いじることの少ない月の胸の飾りへと指を這わせた。くりくりと摘まみ、ぴんっと弾き、きゅっと引っ張ってみる。なかなか癖になる触り心地だった。死は片方をいじくり回しながら、もう片方を口に含んだ。ちゅうっと吸って、かぷっと噛んで、ぺろぺろと舐める。月に意識があればどんな反応を見せるのかと考えたが、しかし今は動かず喋らずの月を楽しむことにした。
しばらくそれで遊んだ後に死は指を腹筋の溝へと滑らせていき、上からゆっくりとなぞった。控えめな月だが、その体は男の魅力たっぷりの惚れ惚れする体だ。腹筋は硬くて艶があり、視覚と触覚で満足を得られる逸品である。へその回りで指を踊らせるようにくるくると円を描いて、中心に吸い込まれるかのように穴へずぼっと突き刺した。これだけべたべた触っても、呼吸が停止しているためぴくりとも動かない身体。それは彫刻のように美しかった。
「……ん」
夢中になって遊んでいた死だが、ふと下にある月のズボンへと視線を落とした。
「……」
遠慮することなく、ズボンの上から月のものへと触れる。ぐにぐに揉んでみたり、ぎゅっと握り込んでみたりとやりたい放題である。…しかし月の生命活動は停止しているため、いくら刺激を与えたところで反応することはないだろう。死は月のベルトをカチャカチャと外し、ズボンを下へとずらす。そして無表情で、萎えている月のそれを直接いじっていた。上半身に続き下半身でも遊ばれていることを、月は知る由もない。それどころか死によって命を奪われたことすら知らぬまま、こうして物言わぬ抜け殻になってしまっているのかもしれない。そんな哀れな月をおもちゃのように扱っている死は、これ以上ないほどに残酷な存在なのだ。
死は月のを両手で支え、可愛がるようにその先へちゅっと口づけた。
「…んぅ…ふ…」
口を開いて小さな舌を出し、先だけをちろちろと舐める。それはたいしてあたたかくもなく、いつものようにドクドクと脈打つこともないただの柔らかな棒のようだった。しかし使えないそれを前にしても、死は己の欲を満たすためにぱくりと口に咥え、ちゅぷ、ちゅぷ…と唾液を絡ませて口内で弄んだ。垂れ下がってくる髪を耳にかけながら、じゅぼじゅぼとしゃぶり続ける。
「んん……ん、っ」
ふと気になった死が、じゅるッ…と強めに吸ってみると、中に溜まっていた精液がわずかに口内へと吸い込まれたのを感じた。口の中に広がったその味に、死はまるで面白いものを見つけた子供のように無邪気な笑みを浮かべる。どうやら新しい遊び方を発見したようだ。死は月のをいったん口から出した。
「……ふうぅ…」
唾液で濡れているそれを握り込んだまま息を吐き出すと、また口に咥えてそれを力いっぱい吸い込んだ。すると今度はよりいっそう搾り取れたようで、先ほどよりも多い量の精液が口内へと流れ込んできたのを感じた。
「ははは」
死は可笑しくてたまらないのか、酷く冷酷な表情で笑っていた。
口での遊びを心ゆくまで堪能すると、死は月の腰のあたりに跨がった。黒衣装がふんわりと隠すように覆い被さった下には月のがある。が、当然勃っておらず使い物にはならないため、死は手袋をつけたまま自分の右手の人差し指と中指を口に含んだ。ちゅっちゅとしゃぶってたっぷり濡らすと、右手を股の下にくぐらせる。今から得られる快楽に期待しているかのように、死のそれも少し反応を見せていた。
「はぁ…」
頬を紅く染め恍惚とした表情で吐息を漏らすと、死はつぷ…と人差し指を自身の中へと埋め込んでいった。
「ん…っ」
背筋がぞくぞくと震え、死は体を仰け反らせる。慣らさなくても充分柔らかい口の中に、指はするりと入っていった。死はすぐに中指も添えて一緒に中へと飲み込ませた。多少物足りなさはあるが、しかしちょうどいい快感がじわじわと押し寄せてきていた。死はぐちゅぐちゅと自ら指の抜き差しを繰り返す。
「はっ…んん…ッ」
さらなる快楽を求め自然と腰が揺れ始める。衣装で隠されているため、端から見れば死と月は交わっているかのようだった。しかし、実際は死ひとりだけで行っている自慰だ。しかも、下に寝転がっている月は死んでいる。そう明かされることで、よりいっそう死が夢中になって行っている異常行為の残酷さが増すことだろう。死は喘ぎながら、月の上で自分を高め続ける。
「あっ…あ…ッ」
ゆさゆさと腰を揺らし、自身の2本の指をもっと奥まで突き入れる。それでもまだ足りないのか、死は空いている隙間へと薬指もねじ込んだ。穴から溢れ出る体液で、最初の2本はもちろん、後からの1本の指もすぐにぐっしょりと濡れた。動くたびにぐじゅっぐじゅっといやらしい水音が辺りに響き、その音も死の興奮を高めていた。喜んでいるかのように、勃ち上がった死のそれはぷるっぷるっと動きに合わせて揺れている。
「はぁ…っ…はぁ…」
蕩けた目で下の月を見てみると、変わらず眠っているかのように目を閉じていた。空っぽのその体は、ただそこにあるだけだ。
死は空いている左手で、月の右手に触れた。指を絡めてぎゅっと握り、地面へと縫いつけた。その手を月が握り返してくれることはない。月の体温は、死があたたかさを感じないほどに冷たくなっていた。
死は月の手に指を絡めたまま、最後の追い込みのように右手を速く動かし続けた。
「ッはぁ…はぁッ……あ、あッ」
腹の奥がきゅうっ…と疼き、死はびくびくと体を震わせた。絶えず自ら与えた刺激によって絶頂を迎えたようだ。絡めた指をぎゅうっ…と強く握りしめ、びゅるッ…と精を吐き出す。それは自身の腹、衣装のレース、そして月の白いコートを汚した。
「はぁ、はぁ…はぁ…ふう…」
死は少しの間 余韻に浸った後、月の手に絡めていた指を解き、ぬぽ…と中に入れていた指を引き抜いた。ヌト…と糸を引いた手を目の前にかざしてじっと見つめる。
手袋に染み込んでいた血はすでに乾いていた。月の命を奪ってから、早数時間は経っているようだ。死は下にいる月を見下ろす。
「…ん~」
考えているかのような声と仕草を見せた死だが、やがては衣装の中へと手を潜ませた。ごそごそとまさぐりながら、あるものを探し続ける。時折「これは違う」と呟いて何かを再び隠しながらも、ようやく探し物を見つけたようだ。
衣装の中からすっと取り出された手には、月から奪い取った命のようなものが淡く光を放ちながらふわふわと乗っていた。死は手の平のそれをじっと見つめると、最後にもう一度だけちゅっと口づけた。
「ふふ。また遊んでおくれ。約束だよ」
喋らないそれに一方的に約束を取りつけると、死は下にいる月にも目を向けた。空いているもう片方の手で、月の心臓のあたりを撫でる。
「お前もだよ。また遊ぼうね」
優しげな声でそう言うと、月の胸にぐッ…とそれを押し込んだ。
その瞬間、ドクンッと音を上げ、月の心臓は動き出したかのようだった。
命が戻され息を吹き返したのだろう。呼吸も再開されたようで、小さな寝息を立て始めていた。
おそらく時間が経てば、眠っている月も再び目を覚ますことだろう。
死は月から離れると、そのやりたい放題した体はそのままに、その場からすっと姿を消したのだった。
…死は時々、こうした残酷な遊びをしているようだ。
だから最後の言葉通り、月がまた命を奪われる日もきっと来るのだろう。
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