侮辱

きっと許せなかったのだろう。

「はぁっ…はぁッ …ぐぅッ…ああッくそ…ッ」

花婿は、目の前で痛みに悶えているレオナルドのことが。




…婚礼の夜。レオナルドは、花嫁を連れてこの地から逃げ出そうとした。
それに気付いた花婿は激怒し、目を血走らせてその二人を追いかけた。
一心不乱に馬を走らせた森の中、ついに花婿は暗闇の中で彼らの姿を捉えたのだ。

「逃がさない」

唸るような低い声でそう呟くと、花婿は馬から下り鬼気迫る勢いで二人へと一気に距離を詰めた。憎い男の命を奪うため、その手にはナイフが握られていた。
接近してくるそれに最初に気付いたのはレオナルドのほうだ。

「花婿…!」

鬼の形相で迫ってくる花婿。月明かりでギラリと光るナイフを目にして、レオナルドも応戦するためナイフを構えた。花嫁が争いに巻き込まれないよう、恐怖で硬直しているその体をもう片方の手で押しのける。花嫁はふらつきながらも、近くにある木の下へと必死に足を動かした。

「レオナルド」

花嫁の背中を見送っていたレオナルドが正面に目をやると、目前にはすでに花婿が姿があった。

「逃がすものか」

殺気を含んだ声で唸ると、花婿は力いっぱいにナイフを振り下ろした。
その攻撃を後ろに下がってかわすと、レオナルドは体勢を立て直し再びナイフを構えた。

「止められるものか!」

握り込む手にぎゅうっ…と力がこもる。花嫁と二人で、ようやく本当の愛と自由を手にしようとしているのだ。こんなところで足を止めるわけにはいかない。花婿とやり合うつもりはなかったが、しかし邪魔をするようなら、まだ若い彼の命さえも奪うつもりだった。
静寂に包まれていた夜の森で、刃と刃が激しくぶつかり合う金属音が鳴り響く。火花を散らし、二人の男は息荒く死闘を繰り広げていた。その殺伐とした空気に気圧され、花嫁は呆然と二人を見ていることしかできなかった。

「はぁッ」

「はっ…」

激しい戦いで汗が飛び散り、切られた皮膚から血が吹き出し、お互いどちらのものかも分からない体液で、髪も服もぐっしょりと濡れていた。しかしそんなことを気にする暇もなく、二人はただお互いの命だけを狙っていた。

「はぁッ……ッく…」

何度も頭上でナイフを振りかざし、首を掻っ切ろうと振り回し、そして攻撃が当たらぬよう体をかわし。さらには極度の緊張が常にあるため、いくら鍛えられた男であっても、そろそろこの戦いには体力の限界を感じていた。レオナルドはそれを悟られないよう必死に花婿に食らいつくが、汗と疲労でぼやけてくる視界が残酷にもその事実を突きつけていた。
一方で花婿はまだ少し余裕があるのか、この長期戦でも集中力はまだ続いているように見えた。鋭く見開かれた目がレオナルドを捕らえている。無表情のその顔は、ゾッとするほど冷たかった。

「…殺してやる」

花婿は冷酷に言い放った。見下ろされたレオナルドは、不覚にも一瞬だけその顔に怯んでしまった。そのわずかな動きさえも花婿は見逃さなかったかのように感じた。
…今のこの状況。残念ながら、体力面でも精神面でもまさっているのは花婿のほうだ。レオナルドは冷静にもそう思った。

「……」

花婿との睨み合いが続く中、レオナルドは少し離れた場所にいる花嫁にチラリと視線を送る。花嫁は手で口元を押さえ、肩を震わせていた。

「………」

もし自分が花婿に殺されてしまった場合は、やはり彼女は花婿に奪い返されるのだろう。せっかくここまで来たというのに。

「…ふ」

もはや諦めようともしていることに、レオナルドは自嘲した。
この絶望的な戦況がこの先 有利になるとは到底思わなかったのだ。無様に逃げ出したところで、自分の体力が先に尽きるのは目に見えていた。死の間際にそんな醜態を晒すのはごめんだ。
レオナルドは体の力を抜いて、挑発するような目で花婿を見た。

「殺したいなら殺せよ」

やけくそ気味にケタケタと笑い、「どうぞ」というように両手を広げる。そんなレオナルドを花婿は冷たい表情のままじっと見つめていた。レオナルドはまるで野生の獣と出会った時のように、そのまま、じり、じり…と後ろへと下がる。少しずつ距離を取っていたのだ。

「どうした?来いよ」

花婿ではなく、花嫁との距離を。
人、ましてや自分が殺されるところを近くで見せるわけにはいかず、レオナルドは花婿を挑発して自分のほうへとおびき寄せていた。彼なりの最後の優しさだ。花婿は据わった目でレオナルドを見続けており、その顔は何を考えているのか分からず不気味だった。
しかしようやく花婿は動き出し、右手に握ったナイフをレオナルドに突きつけた。思い通りに事が運び、レオナルドは口元に弧を描く。

「殺れよ」

最後に花嫁の姿をその目に映すと、花婿に向けてそう言い放った。

「……」

花婿は表情ひとつ変えずにレオナルドへと駆け出し、ナイフを突き刺した。その刃は心臓ではなく、腹の中へと飲み込まれていった。

「ぐッ…このっ…下手くそが…ッ」

どうやら一撃で殺すつもりはないらしい。ナイフを抜き取られた腹からはドクドクと血が溢れ、レオナルドは真っ赤に染まったその箇所を手で押さえつけたまま顔を上げて花婿を睨みつけた。痛みで体中から汗が噴き出すのを感じ、やがて立っているのも苦しくなると、体を丸めて地面へと座り込んだ。

「はぁ…っはあ…」

レオナルドが痛みに喘いでいると、正面に花婿が立った気配を感じた。またナイフを突き刺されるのかと思いきや、不意に蹴られ体を倒された。

「うっ…」

横向きで倒れ込むと肩を掴まれ、今度は仰向けの体勢にさせられた。その上に花婿が乗り上げる。酷く冷たい目がレオナルドを見下ろしていた。
仰向け状態だと傷口が開いて血が溢れ出し、レオナルドは激痛に顔を歪める。なんとか手で押さえようと伸ばすも、その手は花婿に掴まれ地面に縫いつけられた。片方の手も足で押さえつけられている。怪我人であるレオナルドとそうでない花婿の力の差は歴然だった。レオナルドはキッと弱々しく睨みつけることしかできなかった。

「………」

先ほどから花婿は何も言わない。その静けさが酷く恐ろしい。まるで人間みを感じないのだ。いっそ口汚く罵ってくれたほうがだいぶマシだと思うくらいだった。
レオナルドが短く息を吐きながら痛みに耐えていると、花婿はナイフを持った右手を動かした。ようやくとどめを刺すのかと、レオナルドはまるで他人事のようにぼんやりと眺めていた。
心臓か、それとも首か。ナイフの冷たい感触がどこに触れるのかと見ていたレオナルドだったが、花婿は心臓でも首でもなく、そのもっと下へと視線を向けていた。腹…?と思ったのも束の間、花婿はレオナルドが履いていたズボンへとナイフを走らせた。

「……は…?」

訳が分からず呆然としている間に下腹部を覆う布はぷつぷつぷつ…と裁たれていき、ズボンの下にある下着にも切り込みを入れられる。…すると、まるで女性器のようにぱっくりと開かされた隙間から、レオナルドのものが顔を覗かせていた。

「ッお前…!」

屈辱的な格好を晒され、怒りや不快感でレオナルドは花婿を殺す勢いで睨みつけた。ふーッ…ふーッ…と荒い息を繰り返すたびに、腹には激痛が走っていた。
…きっと花婿は許せなかったのだろう。

「はぁっ…はぁッ …ぐぅッ…ああッくそ…ッ」

花嫁を奪った自分のことが。だからこうして侮辱しているのだ。
しかし、辱めている今も、花婿がレオナルドを嘲笑うことはなかった。ただただ無表情でじっとレオナルドの下半身を見ているだけだ。そんな気色の悪い花婿を軽蔑しつつも、レオナルドは花嫁には気付かれていないだろうな、という焦りが押し寄せていた。遠く離れているが、花嫁はまだ二人のことを見ているはずだ。今すぐにでもこの場から離れろと叫びたかったが、しかし腹の傷で大声を出せる状態ではなかった。
そうしていると、またしても花婿が不可解な行動に出た。…カチャカチャと、自身のベルトを外し始めたのだ。意図が分からなかったが、レオナルドは本能的にギョッとした。

「…お前 何して……」

レオナルドの問いかけには答えず、花婿は花嫁が見ていようがどうでもいいのか、ベルトを外してズボンと下着をずらした。すると、赤黒い凶器のようなそれがレオナルドの前に現れた。

「………、」

当然勃ってはいなかったのだが、この状況で出された雄のそれ、そしてその威圧感にレオナルドは絶句する。
花婿は無言だがまるで見せつけるように、レオナルドの目の前で自分のそれを扱きだした。刺激を与え、使えるように勃たせているかのようだった。あまりにも思いがけない事態にレオナルドの頭はついていかなかったが、しかしなんとか声を絞り出す。

「…やめろ…ッ気色悪い!」

花婿はそんな言葉を無視し、汗で滑りやすくなっているそれをグチュグチュと扱き続けた。…わずかに反応しているようだが、しかし勃ち上がってはいない。

「……チッ」

ここに来て初めて花婿が感情を露わにした。なかなか勃ち上がらない自身のそれに苛ついているようだった。ガシガシと乱暴に自分のを扱く花婿は、狂気的に見えた。
レオナルドは抵抗するなら今だと頭では分かっているものの、体を押さえつけられている上に深手を負っているため、思い通りに体が動かなかった。身動きの取れない状態で、少しだけ落ち着いてきた呼吸の中で、レオナルドは思う。
…花嫁はまだ近くにいて、この場面を見ているのだろうか。押し倒されているレオナルドからは、花嫁の姿が見えなかった。もしいるとしたら、一体どんな顔でどんな気持ちでこの奇妙な光景を見ていることやら。襲われている当の本人は、客観的に見てその可笑しさに自嘲した。

「……くそ野郎が」

いつの間にか目の前で大きくなっていたそれを睨みつけて、レオナルドは最大限の憎しみを込めて花婿にそう言い放った。
花婿は反応することなく、無表情のままレオナルドの足を持って左右に開かせた。その動きでレオナルドはまた傷口が痛み顔をしかめた。そうしている間に花婿は穴が見えるところまでナイフで布を裁ったようで、レオナルドは晒された肌が風に撫でられるのを感じた。どうやら本気でぶち込む気らしい。花婿が自身のを弄り始めた時から少しだけ覚悟していたとはいえ、やはり目前にその脅威が迫ると、レオナルドの鼓動はドクンッドクンッと警鐘を鳴らし始めた。顔は強張り、呼吸もだんだん荒くなっていった。
本来こういった行為は好き同士がやるものだ。しかし、目の前の花婿は違う。一番嫌いな相手だからこそ、最も屈辱的に犯してやろうということなのだろう。自ら初心を犠牲にしてでも、レオナルドに痛みを与えて陵辱しようとしているようだ。

「はぁっ くそがっ…気でも狂ったか…!」

花婿への罵倒も、今では強がりにしか見えないだろう。この場を征しているのは、間違いなく花婿のほうなのだから。
そこでふと、レオナルドは花嫁のことを思い出した。

「は…おい…あいつは?あいつは、近くにいるのか?俺からは見えない」

「それがどうした」

「俺を殺した後…お前はあいつを、連れ戻すんだろ。今からの、俺たちの行為を、見せてもいいのか?お前に、不信感を抱くかも、しれないぞ…」

レオナルドは苦しそうに、ゆっくりとだが花婿に伝えた。ただこれは建前だ。本音は花嫁にむごい行為の一部始終を見せたくはなかったのだ。万が一でも一生の傷になってしまうのは防ぎたかった。花婿のためではなく、花嫁のためだ。レオナルドは彼女を逃がしてやれと花婿に提案したのだった。
しかし花婿は納得した様子もなく、むしろ聞いていないかのように、自身の先をレオナルドの穴に押し当てた。熱い塊を下半身に感じ、レオナルドはビクッと体を震わせた。未知の恐怖に心臓がドキドキと激しくなる。
…花婿は体を倒し、レオナルドを見下ろして囁くように口を開いた。

「あれも俺を裏切ったんだ。お前を殺した後は、あれも」

その言葉にレオナルドが目を見開いた瞬間、花婿は腰を一気に強く打ちつけた。

「あ"ぁッ!」

慣らしてなどいない穴が、凶器のような肉棒によってギチギチギチッ…と無理矢理奥まで広げられた。あまりの痛さにレオナルドは体を仰け反らせたが、それで腹の傷がぱっくりと開き、そこからも激痛が走った。レオナルドの目からは涙が溢れ出した。それでも花婿は動きを止めることなく、ガンガンと腰を振り続けている。レオナルドの腰に巻きついている紐状のベルトと胸元のリボンが大きく揺れており、その行為の激しさを物語っていた。

「あ"ッ あ"ぅッ」

レオナルドはガクガクと揺さぶられ、花婿から与えられる痛みをその身に受けていた。身体の外を傷つけられ、中も傷つけられている。強姦というよりももはや拷問だった。…しかし意識が飛びそうになりながらも、レオナルドは自分を犯している花婿を下から睨みつける。

「ぐぅッ…っこの!くそ野郎…ッ」

「はぁっ…はぁ…ッ」

花婿はレオナルドに聞く耳を持たず腰を振っているが、その表情には少しだけ快楽が滲んでいた。この残虐行為は彼にとっての初めてのセックスなのだ。それに相手は男。若く体力が有り余っているであろう花婿は、遠慮することなく腰をぶつけていた。レオナルドは花婿からの強すぎる刺激に震えながらも、先ほどの花婿の言葉が頭から離れなかった。花婿はレオナルドを犯して殺した後は、花嫁にも同じ行為を行うのかもしれない。今の自分の痛みを彼女にも味わわせるのは許せなかった。

「はぁッ…殺してやるッ…!!」

レオナルドは痛みに耐えて体をよじり花婿から逃れようとするが、ほんの少しだけ動けただけだった。するだけ無駄な抵抗である。…ただ少しではあるが位置が変わったことで、レオナルドはわずかな隙間から、花嫁の姿を見ることができた。やはり彼女はまだこの場にいたようだ。離れているからよくは見えないのだが、花嫁は座り込んでガタガタと震えているように見えた。このむごい状態だ。無理もない。レオナルドは激しく犯されながらも、最後の力を振り絞って声を張り上げた。

「にげろ…っ ッ逃げろ!!」

…彼女が少しだけ顔を上げたような気がした。声が届いたのだろうか。こちらが確かめる術はもうない。もし届いたのなら、言うとおりに逃げてくれ。これがレオナルドから彼女への最後の願いだった。

「………」

花婿は、その様子を面白くなさそうに白眼視していた。

「…ッひ!?」

ぐちゅ、と花婿はレオナルドの傷口に指を差し込んだ。そのまま円を描くようにグルグルと中をかき回している。

「や…ッ やめ…ッ!」

常軌を逸脱した行為。花婿はもう人間ではないのかもしれない。
内臓に指が触れる感触と激痛に、レオナルドは気が狂いそうになった。それにまだガンガンと中を犯されている状態だ。揺さぶられ続けているレオナルドは、喉の奥から生あたたかいものがせり上がってくるのを感じ、血を吐き出す。

「がは…ッ ゲホッゲホッ…」

血の味が口の中に広がる不快感。涙と血と汗で、レオナルドの顔面はぐちゃぐちゃになっていた。虚ろに開いている潤んだ目はもう光を失おうとしていた。しかしそれでも、息も絶え絶えにレオナルドは「逃げろ、逃げろ」と花嫁への言葉を弱々しく繰り返している。

「…チッ」

花婿がひときわ強く奥を突くと、レオナルドはひゅっ…と息をして体をびくんっと大きく跳ねさせた。

「……こんな時でも、お前は俺を見ないんだな」

呟くように花婿は言った。

「…はぁ…はぁッ…く…ッ」

機械的に腰を打ちつけていた花婿だったが、そろそろ限界を迎えるようだ。中から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。花婿は体を倒してレオナルドの顔を覗き込む。花婿の長い髪が垂れ下がり、レオナルドの顔に触れた。

「出すぞ」

その言葉は脅しのようにも煽りのようにも聞こえた。

「…うッ…」

「あ、あ…ッ」

びゅるびゅるッ…と花婿はレオナルドの中へと白濁を吐き出した。もうすでに感覚が麻痺してきているのか痛みはさほどなかったが、レオナルドは腹の奥に熱い液体が注がれているのを感じ、男としての尊厳を完全に踏みにじられた屈辱でぎゅっ…と目を閉じた。涙が下へとこぼれ落ちる。と同時に、この行為が終わってしまったことに気付いた。

「は…っ…」

顔をわずかに動かして、花嫁のほうを見る。

「ぁ…」

レオナルドは、彼女がこの場から逃げていないことに絶望した。足に力が入らないのか、手で顔を覆って同じ場所に座り込んでいるようだった。

「う…逃げろ…にげてくれ……」

レオナルドは、涙を流しながら小さな声で呟いた。しかし残念ながらこの祈りが彼女に届くことはなく、レオナルドの上にいた花婿だけが聞いていた。
花婿がぬぽ…とレオナルドから自身のを抜き取ると、中からはこぽこぽと白濁液が流れ出てきた。それはレオナルドのズボンと下着を汚した。

「………」

花婿は近くにあったナイフを手に取ると、絶望に嘆くレオナルドに切っ先を向けた。狙いは胸、心臓のようだ。

「……」

花婿は目を細めると、手にしたナイフをレオナルドに向かって振り下ろした。
その瞬間、遠くで見ていた花嫁も意識を失った。








…翌朝。村人によって森の中からレオナルドの遺体と、その近くで気絶していた花嫁が発見された。
花嫁に怪我はなかったものの、昨夜の出来事は一切覚えていないようだった。
二人を追いかけたとされる花婿の姿はなく、家にも帰っていないため、レオナルドを殺した犯人は花婿だろうと推測された。

レオナルドの遺体は、一目見て男に強姦されたのだと分かる有様だった。
花婿はレオナルドが死者になった後も、屈辱を与えたのだった。
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