愉悦なホテル

【彼女と旅行に来た誠実な青年】

青年の心は幸せに満ちていた。

「今日は楽しかったなあ。ねえ、明日は街のほうへ行ってみようよ。美味しいものとか食べたり、あとお土産も買わなくちゃ」

照明を挟んだ隣のベッドで横になって、可愛らしい笑顔でこちらに話しかけてきた彼女へと、彼は「OK。明日も楽しみだね」と微笑んだ。
彼と彼女は、付き合って数ヶ月のカップルだ。恋人同士になってまだまだ日の浅いふたりだが、しかし最初の頃に比べると、お互いの心は確実に通じ合っていた。一緒に過ごすたびに新しい一面を知って「好き」という気持ちが増していき、そして愛おしさが溢れてくる。将来のことを考えるのはまだ少し早いと笑われるかもしれないが…でもゆくゆくは、彼女と家族になりたいと、彼は考えていた。
そんな大切な彼女との初旅行ということで、彼は奮発してこの高級ホテルを選んだのだ。緑に囲まれた美しいこの場所で、初日は彼女とゆっくり過ごそうと思い豊かな自然に触れて心と体を癒やした。散策時に彼女も森や湖などの自然が好きだと知り、どうしてこんなにも気が合うのかと笑い合ったのだった。
人前でのイチャイチャも一応できるようにはなったものの、それでもまだ初々しいふたりは、ホテルで抱き合うことはしなかった。そういうことは、これから先ゆっくりと話し合ってからでいい。焦ることはない。彼はもちろん、彼女も彼と同じ思いであったのだ。

「…そろそろ寝よっか。明日寝坊したらいけないしさ」

「そうだね」

ひとしきり今日の出来事を語り合ったあと、明日に備えて彼がそう微笑みながら言うと彼女も頷いた。お互いに「おやすみ」と声をかけて、彼と彼女は目を閉じる。
ああ、明日も最高に楽しい日になりますように。
眠りに落ちるその瞬間、彼は心からそう願ったのだった。


……それから数時間経った 深夜。

「………?」

彼は、誰かが自分の頬を撫でている感覚で目を覚ました。その手は少しだけひんやりとしていた。
彼女だろうか、とゆっくり目を開けてみると

「…っ!?」

そこには見知らぬ人物がいた。
暗い室内の中 彼が驚いて声を上げようとすると、その人物は頬に添えていた手を彼の口元へと移動させる。そしてそのまま彼にぐっと顔を近付けると

「しー…彼女が起きてしまう」

妖艶な笑みを浮かべ、彼に向かって内緒ポーズをした。声からして、その人物は男であった。
男の言葉で彼は一瞬 体がこわばり、瞬時に彼女の安否を確かめるために隣のベッドへと目を向けた。…そこには、仰向けでスヤスヤと寝息を立てている彼女の姿があり、ひとまずは無事であることに彼はほっとした。
確認後、彼は視線を再び男へと戻す。…男は、彼を見下ろしながら不気味に笑っていた。
寝ている間に侵入していたその男は、黒いフードを被っていた。泥棒か、変質者か。部屋のロックもこいつが解除したのだとしたら、相当準備がいい。何か武器を持っているかもしれない……だが、恐れるな。自分が彼女を守らなくては。彼は男をなるべく刺激しないよう、静かに声を発した。

「…はした金しかないが、財布は鞄の中だ。彼女に手を出さないなら今回は見逃してやる。金を持って出ていけ」

頑張って貯めた貯金であったが、彼女の命には代えられない。彼は金品のありかを男に伝えた。
…しかし、男はベッドの近くにいるまま動こうとせず、彼をじっと見つめていた。彼がそのことを不審に思っていると、男は小さく口を開いた。

「金に興味はない」

「…?」

「私が興味があるのは、お前だよ」

男は彼の頬を両手で包み込み、キスでもできそうなくらいに顔を近付けたのだ。突然のことに、彼は大きく目を見開いた。触れはしなかったが、彼が驚いている隙にいつの間にか男は布団の中に手を潜り込ませていた。そして横向きで寝ていた彼のそれを探し当て、下着の中に手を入れてきゅっと握ったのだ。

「ひっ…!?」

敏感なところに急に刺激を与えられ、彼の体はビクリと跳ねた。それだけでは終わらず、男は慣れた手つきで彼のものをいやらしく撫で上げたり揉みしだいたりしていた。

「な に、してッ…!」

彼は状況がまったく分かっておらず、しかし とにかく男から離れようと布団の中で距離を取ろうとするが、男に腰へ腕を回されて逃げられないようにされていた。男は細身だが、その力はとても強かった。
…彼は頭が真っ白になりそうになる。

「はっ…ぁ、待て…っちがう…ッ!」

「…ふ」

男は くす…と笑った。
男の巧みな手淫によって、彼の雄が反応し始めたのだ。ただの生理現象だとしても、頭が追いついていない今の彼は、男に触られて自分は感じているんだと思い焦っていた。それは彼女への裏切り行為になるのではないかと、誠実な彼は自分の恥態を認めたくなかった。しかし、男はそんな彼の思いなどは知らぬ存ぜぬというように、残酷にも彼を攻め立て続けていた。
…そして、やがて彼のそれは完全に勃ち上がってしまった。さらにその先からは、じわ…と透明な液体が滲み出していた。

「はぁ…っ はぁッ…」

彼は恐怖と不安と、…ほんの少しだけの興奮によって、呼吸が荒くなっていた。おそらく他人にこういう行為をされるのは初めてなのだ。彼の初心な様子に、男は笑みを深める。
可哀想なほど怯えている彼だが、男がここで終わらせることはなかった。彼の上にかかっていた布団をどけると、手で肩を掴んで彼を横向きから仰向けの体勢へと変えさせた。そして男はギシ…とベッドへ乗り上げると、彼の上に跨がって彼を見下ろした。黒いドレスのような衣装を身に纏っており、わずかに入ってくる月明かりに照らされたその男は、酷く美しい顔をしていた。彼は思わず息を呑む。

「…ふふ」

男は艶めかしく笑うと、先ほど勃たせた彼のそれをズボン越しに触った。すると彼は、またしてもビクリと体を震わせた。男はその反応を面白がっているかのように、彼のを弄くり回している。

「はッ…はぁッ…」

抵抗しなければと頭では分かっているのに、男から与えられる刺激に彼はまったく動けずにいた。まるで魔法にでもかかったかのように、…むしろ、布越しでは物足りないとまで思い始めていた。

「…ふ」

「っ……?」

「…生物はみなそうだ。快楽に勝る理性などないのさ」

男はまるで彼の心の中を覗いたかのように、静かにそう言い放った。それを合図に、男は彼のズボンと下着を下へとずらした。

「あっ…」

彼の大きく成長したそれが、ぶるんッと外へと飛び出した。ドクンッ…ドクンッ…と、彼の心臓と雄は激しく脈打っている。

「ん…」

男は衣装の裾を捲り上げ、熱を帯びた彼のものを手で支えると、その先に自身の後ろの口を ぐちゅ…と押し当てた。彼も先から感じる男の熱に、「は…ッ」と息を吐いた。
そして男は、ゆっくりと腰を下ろして ずぷずぷずぷ…と彼のを奥まで飲み込んでいった。

「うッ…!」

熱い体中にそれを包み込まれる初めての感覚に、彼はうめき声を上げた。すると男は意地の悪い笑みで、彼に向かって「しー…」と黙るように指示すると、隣へチラリと視線を移した。
男のその仕草で、彼はようやく隣で寝ている彼女の存在を思い出したのだ。

「んん…」

「…!」

ハッとなって隣のベッドを見てみると、寝返りを打った彼女がこちらにあどけない寝顔を見せていた。…彼は彼女がまだ眠っていたことに安堵したと同時に、とてつもない罪悪感に襲われた。一瞬だが彼女を忘れてしまっていたこと、そしてさらには見知らぬ男を受け入れてしまったことに、彼の頭の中は負の感情でグチャグチャとかき回される。男はそんな彼を見下ろして嗤っていた。
彼のを咥え込んでいる男は、彼の腹に手をついて ゆさっ…ゆさっ…と腰を動かし始めた。

「ん…っ あッ…」

男は艶やかな声で喘ぎながら、彼のを美味そうに頬張っていた。ぐちゅっぐちゅっという水音が、静かな部屋に響いていた。

「ッはぁ…はぁッ… う…」

男から与えられる強すぎる快楽に、彼は抗うことができなかった。そんな自分に嫌悪感を抱き、目元を腕で覆った彼は涙を流す。何よりも彼女を裏切ってしまったことへの罪悪感で、胸が張り裂けそうだった。

「はぁッ…うぅ…っ」

「……」

男はそんな悲哀に満ちた彼を見ても動きを止めることはなかったが、そっと手を伸ばすと彼の右の頬へと添えた。

「…そう悲しむことはない」

凜とした声で、優しく撫で上げる。

「……?」

腕の隙間から彼が男を見てみると、男は酷く優しげな表情を浮かべていた。無体を働いている今の状況とは不釣り合いな、慈愛に満ちた顔だった。

「……ふふ」

彼は男の気持ちがまったく分からなかった。…男は彼を少しだけ見つめたあと、ラストスパートをかけるように動きを激しくしていった。そろそろ彼の限界が近いのを感じ取ったようだ。

「はッ……う…ッ」

「あ…ッ んんっ…」

ぶじゅっぶじゅっと繋がった部分から音が鳴っている。彼はあまりの気持ちよさに声が漏れそうになるが、それをぐっと飲み込む。隣に彼女がいることを考えると、またしても泣き出しそうになった。しかしそんな思いとは裏腹に、彼の下半身にはもうそこまで熱いものがこみ上げてきていた。ビクビクと腰が痙攣し始める。
最後に男は、搾り取るように中にいる彼をきゅっ…と締め付けた。

「あぁッ…」

その瞬間、彼は男の中に大量の精を吐き出した。脳がとろけそうなほどの快感に、体を仰け反らせて目を見開く彼。こんな経験は初めてだった。

「は…ッ は…ッ ぁ…」

じわり…と彼の目には涙が滲んだ。
彼女以外の存在と交わり、そしてこれ以上ないほどの快楽を感じてしまったのだ。そんな自分が情けなく、彼女が見ていなかったとしても彼女に合わせる顔がなかった。優しい彼は、心に深く傷を負ってしまった。

「…ああ、可哀想に」

彼をそんな目に遭わせた加害者は、中から彼のを抜き取ると彼に顔を近付ける。
そして、その耳元で低く囁いた。

「…忘れな。これは全部、ただの悪い夢だ」

…男のその言葉を最後に、彼はふっと意識を失った。









……朝。

「……ん…」

彼は、朝日に照らされた明るいホテルの部屋で目を覚ました。

「……あれ…」

体を起き上がらせ、ベッドや衣服を見てみる。そこに汚れや湿り気はなく、寝る前の綺麗な状態のままだった。隣を見てみると、そこには彼女がまだスヤスヤと眠っていた。
寝起きであまり働かない頭だが、彼は理解した。

「…は~……夢かぁ…」

安心感で、彼は再びベッドへと倒れ込んだ。目元を腕で覆い、「よかったぁ…」と気の抜けた声を出していた。
…思い出したくもないが、今でも鮮明に思い出せるほどの妙に生々しい夢を見てしまったのだ。せっかく彼女との旅行だというのに…でも、夢でよかった。本当によかった。
悪い夢を見たあとの日常風景というのは、誰しも安堵で心がふっと軽くなるものだ。彼はとても機嫌よく、隣のベッドで寝ている彼女の可愛らしい寝顔を眺めていた。
それからしばらくして、彼女も目を覚ましたようだった。寝癖のついた頭でごしごしと目をこする彼女を愛おしく思いながら、彼は爽やかな笑顔を向けた。

「おはよう」

「んー、おはよぉ。よく眠れたぁ?」

「ああうん、まあ。君は?」

「もうぐっすりだよぉ」

寝起きの彼女はふにゃふにゃとしていてとても可愛かった。

今日もふたりは外へと出かける。ホテルのチェックアウトは昼の予定だ。
朝食を食べて、昨日約束した街へと行く準備も終わらせた彼と彼女は、フロントへと下りてきた。街の地図やパンフレットを確認しながら、これから訪れるその場所についての話し合いに花を咲かせていた。

「本場のパエリアは絶対食べるべきだよ!どこのお店のがいいかなあ」

「現地に行ってから考えるのもいいかも」

…そう話しながらエントランスを歩いている時、ふと彼の視界になにかが映った。


「…ん?」


……黒いドレスのような衣装。


「──…ッ!?」


………その衣装を身に纏った人物は、彼に「しー…」と、見覚えのある仕草をしながら笑っていた。
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