月と「死」の話
小説完成の目標にしているページの執筆が三分の一ほど終わった頃。
編集担当の田口からの「新作の進捗はどう?」という連絡に順調とだけ返事をすると、月は日課になりつつある夜の散策へと出かけた。
まだ田口にも小説のテーマは「死」であることを伝えていなかった。だがそれはいつものことだ。毎回 半分ほどできたあたりで現在の進捗と共にそれとなくテーマを伝えているのだが…今回のは、半分を過ぎても伝えようかどうか迷っていた。何故かは分からない。もしかしたら「そんな怖いテーマはやめとこうよ!」と言われるかもしれないからだろうか。
「………」
その時はその時だ。
月はとりあえずは気にせずに、「死」の話を進めていこうと思った。
そんなことを考えながら歩いていると、いつもの散策コースにある公園が見えてきた。普段は素通りしている公園だが、なんとなく今日はその敷地内へと足を踏み入れてみた。
昼間は子供たちが元気に駆け回っている公園だが、夜になると誰もおらず静かで寂しい雰囲気だ。しかし月は、この静寂さが逆に心地よかった。これまた雰囲気たっぷりのブランコへと近付き、二つあるほうの片方へと腰掛けた。ブランコなんていつぶりだろうか。月は少しだけ懐かしさを感じた。しかし童心に帰って漕ぐことはせずに、ただぼーっとしながら座っていた。
その時である。
『ほう。なかなかいい場所だ』
「……!」
隣からそんな声が聞こえたのは。
その声に心当たりのある月がバッと隣を見てみると、そこには「死」が、月と同じようにブランコに腰掛けていた。月と目が合うと、にっ…と妖艶な笑みを浮かべた。
月は何が起こっているのか分からずに、パチパチと瞬きを繰り返した。
「死」は月の空想世界の住人だ。いくら月の空想力が強いと言っても、その世界の中から現実世界へと出てきた者は今まで誰ひとりいなかった。
考えられるのは…「死」への愛着が湧きすぎたせいで、月が幻覚を見て幻聴を聞いているという説だ。とうとうその領域に……そこまで自分は「死」に夢中なのかと、月は自分に呆れた。そうやってひとりで悶々と考えている月を「死」は静かに笑いながら見ていた。
『私はお前の近くでしか動けない。もっと色んな景色を見てみたいのだが』
「……」
「死」にそう言われたが、月は返事をしようか少しためらった。もしこの「死」が月だけが見ている幻覚だとしたら、月は独り言を言うことになる。周りに誰もいないとは言え、そこまで落ちてしまっていいのかとも考えていた。理想を詰め込んだ「死」との会話は魅力的ではあるが、月はなんとか普通の人間ではあろうと、外での会話はやめておいた。
「………」
じー…と見つめてくる「死」の視線を受けながらも、月はあまり見ないようにしてブランコからすっと立ち上がり公園を出た。「死」も月の後をついてきているようだ。
突然 現実世界でも見えるようになった「死」との今後の関わり方を考えながら、月は家路についたのだった。

編集担当の田口からの「新作の進捗はどう?」という連絡に順調とだけ返事をすると、月は日課になりつつある夜の散策へと出かけた。
まだ田口にも小説のテーマは「死」であることを伝えていなかった。だがそれはいつものことだ。毎回 半分ほどできたあたりで現在の進捗と共にそれとなくテーマを伝えているのだが…今回のは、半分を過ぎても伝えようかどうか迷っていた。何故かは分からない。もしかしたら「そんな怖いテーマはやめとこうよ!」と言われるかもしれないからだろうか。
「………」
その時はその時だ。
月はとりあえずは気にせずに、「死」の話を進めていこうと思った。
そんなことを考えながら歩いていると、いつもの散策コースにある公園が見えてきた。普段は素通りしている公園だが、なんとなく今日はその敷地内へと足を踏み入れてみた。
昼間は子供たちが元気に駆け回っている公園だが、夜になると誰もおらず静かで寂しい雰囲気だ。しかし月は、この静寂さが逆に心地よかった。これまた雰囲気たっぷりのブランコへと近付き、二つあるほうの片方へと腰掛けた。ブランコなんていつぶりだろうか。月は少しだけ懐かしさを感じた。しかし童心に帰って漕ぐことはせずに、ただぼーっとしながら座っていた。
その時である。
『ほう。なかなかいい場所だ』
「……!」
隣からそんな声が聞こえたのは。
その声に心当たりのある月がバッと隣を見てみると、そこには「死」が、月と同じようにブランコに腰掛けていた。月と目が合うと、にっ…と妖艶な笑みを浮かべた。
月は何が起こっているのか分からずに、パチパチと瞬きを繰り返した。
「死」は月の空想世界の住人だ。いくら月の空想力が強いと言っても、その世界の中から現実世界へと出てきた者は今まで誰ひとりいなかった。
考えられるのは…「死」への愛着が湧きすぎたせいで、月が幻覚を見て幻聴を聞いているという説だ。とうとうその領域に……そこまで自分は「死」に夢中なのかと、月は自分に呆れた。そうやってひとりで悶々と考えている月を「死」は静かに笑いながら見ていた。
『私はお前の近くでしか動けない。もっと色んな景色を見てみたいのだが』
「……」
「死」にそう言われたが、月は返事をしようか少しためらった。もしこの「死」が月だけが見ている幻覚だとしたら、月は独り言を言うことになる。周りに誰もいないとは言え、そこまで落ちてしまっていいのかとも考えていた。理想を詰め込んだ「死」との会話は魅力的ではあるが、月はなんとか普通の人間ではあろうと、外での会話はやめておいた。
「………」
じー…と見つめてくる「死」の視線を受けながらも、月はあまり見ないようにしてブランコからすっと立ち上がり公園を出た。「死」も月の後をついてきているようだ。
突然 現実世界でも見えるようになった「死」との今後の関わり方を考えながら、月は家路についたのだった。
