月と「死」の話

それからの執筆作業も、順調に進んでいった。
物語のジャンルはヒューマンドラマだ。それぞれの話ごとに主人公が変わっていく短編集である。主人公は皆、死期が近い者であったり、またはその去りゆく者を見送る者であったり。そんな彼らの前に現れるのが、「死」という未知の存在だ。時には残酷に、しかし時には慈愛に満ち溢れた「死」によって、主人公たちは様々な結末を迎えることになっていく予定だ。ちなみに登場人物たちは苦戦した「死」と違って、すんなりと設定や名前を決めていくことができた。

「死」は物語の中を優雅に散歩するかのように、ふわふわてくてくと自由に動いていた。よく作家が言っている「キャラクターが勝手に動いて物語を進めていく」という現象だろうか。月も「死」を見ていると、なんとなくそれを理解できた。
しかし、作者である月であっても、「死」の核心には触れられなかった。月の視点も登場人物たちと同じ "人間の目線" なのだ。
亡くなった人を迎えに行かない時、「死」はどこで何をしているのかはまったく知らないでいた。そこまで設定を考えていないだけで、作者だから色々なやりすぎ設定を「死」に付け足すこともできるではないかと言われればそうなのだが、それもなんだか違う気がした。月のこだわりなのかもしれないが、「死」にはあまり人間の手を加えたくなかったのだ。当の本人に聞いてみても、きっと内緒ポーズをして「秘密」と悪戯っぽく笑うだけだろう。それにうんうんと考えて捻り出したことよりも、自然と頭の中に思い浮かんだことのほうが、まるで「死」に直接 助言をもらったかのように感じるのだ。だから月は「死」にアクセサリーのようにジャラジャラと設定を取り付けることはしなかった。

「死」は月の空想の世界にも時々現れていた。
気まぐれな猫のようにちょこちょこと近付いてきたかと思えば、すぐにまたふらりとどこかへ行ってしまう。そんな日もあれば、隣に座ってまるで兄のように優しく話を聞いてくれる日もある。その時その時で纏っている雰囲気も違うのだ。「死」は変幻自在だった。月は振り回されながらも、様々な顔を見せる「死」に惹かれていった。
月が執筆のことで悩んでいると、「死」は相談に乗ったりもしてくれていた。そしてあっと驚くいいアイデアを出してくれるのだ。「死」と共に物語を作っていくのはとても楽しく、その時はいつも以上に筆が乗っていた。
これらすべて月の空想力が強すぎるせいなのか、「死」は本当に存在しているかのように思えた。実際は月ひとりで物語も解決策も考えているのだろうが、それでも「死」の存在は月の中で一番大きなものとなっていた。
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