月と「死」の話

祖父と連絡をとった日から数日後。
月の中で、「死」についてある程度のイメージは固まりつつあった。「死」の口調は紳士的な祖父を参考にしたことで、まるで世の中のすべてのことを達観しているような人物像が思い浮かんでいた。まさしくすべてに平等に終わりを捧げる「死」という存在に合っているかのように思えた。それに祖父の柔らかな喋り方は、いい意味で男性的でもあり女性的でもあった。それについても、性別の概念なんてなさそうな「死」に当てはまっていると思った。
祖父から得られたものは想像以上に大きかったのだ。お礼になるかは分からないが、この間の約束通り、また今度 祖父の元を訪れようかと月は思っていた。
そんな微笑ましいことを頭の片隅で考えつつも、今の月には「死」が一番優先すべきものだった。作品のテーマを決めた日からすでに十日は経とうとしていた。過去の作品の中で一番執筆するまでの期間が長くなっている。他の作品ならもう執筆に取りかかっている頃だろう。しかし、まだ「死」の容姿が決まっていないのだ。今回のは難産を極めていた。

「………」

容姿となれば自分の好みにすればいいじゃないかという話だが、いかんせん月は今まで誰かを好きになったことなんてないのだ。幼少期から空想の世界に浸り、学生時代も他人に興味が持てず、大人になってからはずっと家に引きこもっている。テレビもまったく見ないため、今 人気の俳優や女優の話題なんてさっぱりである。
それに、「死」は人間ではない。いくら数百年に一度のアイドルであっても、数億年前から存在しているであろう「死」とは比べものにならなかった。
なんとなく、「死」は美形だと月は思っていた。

…美しい、か。

月は今まで見てきた中で何を美しい、綺麗と思ったのか、自分が覚えている限りの記憶を呼び起こしてみる。
…入居したばかりの家。教室の揃えられた机。帰り道に見つけた何かの羽。
……個性的なものしか思い浮かばない。
…宝石のようなスイーツ。望遠鏡で見た星。息の合った演劇……

そう思い出したところで、初めて " 人 " に関する綺麗なものが出てきた月は、ぴく…と反応を示した。

…演劇。

それは懐かしい記憶だった。幼い頃、親に連れられて劇場へ舞台を見に行ったことがあったのだ。話の内容はまだ理解できなかったが、しかし演者の身振り手振りの芝居や派手な小道具を扱っている様子を見るのは退屈しなかった。そして最大の見せ場である大団円での息の合った演技。スポットライトに照らされた舞台の上の演者は、キラキラと輝いているように見えたのだ。月はぼんやりとした記憶だが、そんなできごとを覚えていた。
あれはなんという舞台だったか。主役はなんという役者だったか。
今はネットに様々な情報が載っている便利な時代だ。月は少しだけ調べてみることにした。




覚えている光景を文字にしてひたすら検索してみると、必ずネットのどこかには同じ舞台を見たのであろう誰かの言葉が残っていた。知らない誰かがひっそりと運営していたブログであっても、探し求めていたものを十数年間 残してくれているのはとてもありがたいことだった。
月は、当時の日付で記されていたとある舞台ファンのブログから、目当てのものを見つけ出したのだ。その舞台名を再び検索してみると、知りたかった情報がパソコンの画面に広がった。
公式のサイトを残してくれているのもありがたいことである。話の内容や上映日のスケジュール、そして役の衣装に身を包んだキャストを見て、当時 自分が見た舞台はこれだと確信した。

主役だった女優の写真とプロフィールを確認してみると、当時はまだ若いと思っていた彼女はあの時すでに四十歳を迎えていて、残念ながら十年ほど前に病気で亡くなってしまっているようだった。今の今まで思い出せなかった彼女の人生を一気に覗いたような気持ちだ。あの舞台で見た彼女はもういないのだと少ししんみりとした雰囲気になったが、それと同時に月は彼女に今更だが興味を抱いた。
写真で見た彼女は、舞台女優というのも納得の美しい容姿をしていた。この見た目で四十歳なのだから、なかなかの美魔女である。彼女の若い頃の写真を見てみると、まだ幼さの残る顔立ちながらも、輝かしい未来を見据えたような凜とした美しさを感じた。舞台で男性役も演じたことがあるようで、彼女は男装姿も様になっていた。調べれば調べるほどに、彼女の様々な顔を見ることができたのだ。魅力的な人物を知ることができて、月は満足げだ。
それに、彼女の写真を見ている時、「死」の容姿についてのイメージも少しだけ浮かんできていた。彼女にそっくりそのままなのは避けるべきだと思うので、月はどこか彼女に似た美しい顔立ちの「死」を想像してみた。

猫目で、凜としていて、でも「死」であるから妖しい雰囲気を纏っていて、そして男性にも女性にも見えて。

となると、自然と髪も長めだろうという発想になる。昔も今も、髪が長い男性キャラはアニメでもドラマでも舞台でも一度は見たことがある。それなら「死」がそうであっても何の違和感もないだろう。
本来恐ろしいものであるはずの「死」が、誰もを魅了するような美しい見た目をしている。それもなかなか面白いと思った。
彼女を深く知ったことで、「死」の容姿のイメージを大きく固めることができた。これは大きな前進である。
すでにこの世にはいない素敵な人へと、月は深く感謝をした。

そして今回詳しく調べてみたことで彼女に少し惹かれた月は、彼女の出演作のDVDでも取り寄せようかと真剣に検討し始めるのだった。
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