月と「死」の話

……「死」を作品のテーマに決めた日から数日経った。
あれからも、月はなかなか「死」の人物像が定まらないでいた。幼い頃に親に連れられて見に行った『死者の日』を参考にしようかとも思ったが、「死」というのは国によって捉え方が違うのだ。『死者の日』のように故人が帰ってくるのを明るく楽しく迎えるところもあれば、故人を思って静かに偲ぶところもある。それこそ国によって様々だ。
ここ数日「死」について調べたり空想してみたりしたのだが、そのたびに分からなくなっていた。最初の時とは少し違う印象だ。イメージがまったく無いのではなく、むしろイメージが在りすぎるのだ。突飛すぎる内容であっても、「死」という最強の存在ならばそれもできるのでは、という謎の信頼を「死」に感じていた。ならばその信頼できる「死」は格好のいい男か、と一言に言われればそうも思わない。むしろ格好のいい男という言葉だけでは「死」を表すことはできないと思い始めていた。一つや二つではない、百も千も顔が在るのではないかと、月は「死」に無限の可能性を感じていたのだ。そんなハイスペックな「死」であるから、見た目・性格・口調はこれだ、と決めることは容易ではなかった。今まで色んな世界を空想して色んな人物やキャラクターを生み出してきた月だが、その住人たちとは比べものにならないくらいの圧倒的強者感が「死」にはあった。そもそも空想世界の住人たちは、引きこもりである月が生み出したものだ。月はここにきて、自分が見ている世界の狭さを痛感した。

「………」

…こんなことを思ったのは初めてだ。

引きこもりの月は、あることを思いついたのだった。



その日の夜。時刻は九時頃。
夕食を適当に済ませた月は、久しぶりに自室のクローゼットというものを開いた。数着並んでいる服の中から、できるだけ目立たない色がいいだろうとフード付きの黒いコートを選んで取り出す。最後に着た日も思い出せなかったが、見た感じは今の月でも着ることができそうだった。
外は冷えているため、寒がりな月は防寒対策でヒートテックの上にタートルネックを着て、その上から先ほどのコートを羽織った。やはりサイズは問題なかった。下に穿いているのも、風が通る隙間もない長ズボンだ。全身黒ずくめの怪しげな格好をした月だが、スタイルとルックスの良さがそれをいい感じにカバーしていた。俳優もしくはモデルに見えなくもなかったが、月は顔も寒いだろうとマスクをつけた。そして冷風をしのぐためにフードも被った。これで月は完全に不審者にしか見えなくなった。
こんな格好をした理由は、言うまでもなく今から夜の散策に行くためである。長い間 家から出なかった月だったが、「死」への理解を深めるために外の世界にも触れてみようと思ったのだ。「死」には引きこもりを外に連れ出す力もあったようだ。ただ久しぶりの外出のため、人気の少ない夜にした点には月の陰な部分が出たが。

ガチャ…とドアを開けて、月は久々の外の世界へと足を踏み出した。外の冷気を肌に感じて一瞬だけ身じろぐが、その長い足で一歩、また一歩と歩き出した。寒いためコートのポケットに両手を突っ込んで、目的地もなくただぶらぶらと近所を散策し始めたのだ。
田舎というほどでもないが都会とも違う、なんというか普通の町だ。昼間はそれなりに活気があるが、今の静まり返っている夜のほうが居心地が良い。数十分歩いてみたが誰ひとり会わなかったので、月は夜にして正解だったと思った。
さて、この散策の目的は「死」への理解を深めるためである。月は夜の町並みを眺めながら、「死」についても考えを巡らせていた。
まず考えたのは「死」の格好だ。暖色系の衣装よりも寒色系の衣装のほうが「死」という一般的には暗いものに当てはまるだろう。それこそ今 目の前に広がっている夜のような暗い衣装が。しかし、黒一色だけでは単純すぎてつまらなくも感じる。それに「死」はただ暗いだけではない。もしかしたら「死」に救いを求めている者だっているのではないだろうか。その者にとっては光にすら思えるかもしれない。
月は夜空を見上げる。そこには数多の小さな星々が光り輝いていた。
……星。それを散りばめたような装飾の衣装を着ていてもいいかもしれない。
そんなアイデアを思いついただけでも、今日散策をしてみて良かったと月は思った。
家の中だけではなく、外の世界を見てみるのも気分転換やいいアイデアを思いつくことに繋がる可能性もある。月は今後も定期的に夜の散策の時間を設けようと思った。
だいぶ冷えてきたため、初日はこれくらいにしておこうとなった月は、歩くスピードを速めてまっすぐに自宅へと帰ったのだった。
4/15ページ
スキ