月と「死」の話
自室での執筆中。
『この男は根っからの悪人だね。今までの行いをまったく反省していない。だから少しだけ痛い目を見せてやろうか』
月は隣で一緒にパソコンを覗き込んでいる「死」にそう提案された。どんなことを、と訊ねてみると
『ふふ。悪人はしぶといと聞く。最初は死なない程度に痛めつけて、その後は息絶えていく過程をゆっくりと観察するとしよう』
誰よりも邪悪な悪人面をした「死」は、月にそう告げた。
これも自分が頭の中で考えていることなのだろうか。
「死」が現実世界にも現れるようになって、少し経った。
もしかしたらあの日だけ見ていた幻覚なのかもしれないと月は思っていたが、寝て起きてみても「死」はいた。目を覚ますと目の前にいたのだ。目の保養になるほど美しいとはいえ、やはり寝起きにその顔が目に飛び込んでくると誰でも驚く。月も珍しく ひゅっ と息を呑んでしまったのだった。そんな月を見て「死」はくすくすと笑っていた。よほど反応が面白かったのか、それから月は毎朝「死」による寝起きドッキリを仕掛けられていた。日によってドッキリは違うので、月はまだ慣れる気配がなかった。
最初 公園で聞いた通り、「死」は月の近くにしかいられないらしい。月が家にいる限り、「死」も自由に動けるのは家の中だけとのこと。自ら外に出ることはできないみたいだ。そのため月が外に出る際は、いつもよりワクワクしている様子が見て取れた。と言っても月が出かけるのは夜だけのため、「死」は朝と昼の外の世界はまだ経験がない。月も人の多い時間帯に外に出ることはまずないので、人前で独り言を言う心配はとりあえずはなかった。…家では言っているが。
『少し休憩しようか。根を詰めすぎるのはよくない』
こうやって話しかけてくれるので、月は返事をするしかなかった。
「死」に言われて作業を中断した月は、「死」がちょっとした話相手にでもなってくれるのかと淡い期待を抱くが、隣を見てみるともういない。だとしたらキッチンに行って何か飲み物の用意でも…?とも思うが、そんなこともない。大体こんな時、「死」は自由に家の中をふらふらとしていた。執筆作業は手伝ってくれるのだが、気ままで気まぐれでもある。「死」の中でのオンとオフがあるようだ。月はオンには助けられ、オフには振り回されていた。
月は自分でキッチンへと赴き、冷蔵庫の中から水を取り出した。パタンと冷蔵庫の扉を閉めると、その向こうから「死」がこちらを見ていたことに気付いた。「死」は月が手にしている水に視線を移す。
『その中には水しかないのかい?』
いつもいつも水だけしか取り出さない月が気になったのか、「死」はそう口にした。月はいや、他にもある、と言った上で説明した。
執筆をしている時は集中しているため、月はそれ以外の生活には極力時間を割かないようにしていた。食事、トイレ、睡眠は最低限に抑え、水分補給では飲んだ後の歯磨きが不必要な水が最もいいと思っていたのだ。炭酸やコーヒーは飲んだ後にうがいをしないと不快感が残るため、その状態で執筆すると集中力が著しく低下する。だから執筆中の飲み物は水に決めているのだと、月は「死」に熱弁を振るった。
『ほう……そうなのか』
月の熱のこもりように若干押された「死」だったが、月からの説明を聞いて、なるほどと頷いたのだった。
『この男は根っからの悪人だね。今までの行いをまったく反省していない。だから少しだけ痛い目を見せてやろうか』
月は隣で一緒にパソコンを覗き込んでいる「死」にそう提案された。どんなことを、と訊ねてみると
『ふふ。悪人はしぶといと聞く。最初は死なない程度に痛めつけて、その後は息絶えていく過程をゆっくりと観察するとしよう』
誰よりも邪悪な悪人面をした「死」は、月にそう告げた。
これも自分が頭の中で考えていることなのだろうか。
「死」が現実世界にも現れるようになって、少し経った。
もしかしたらあの日だけ見ていた幻覚なのかもしれないと月は思っていたが、寝て起きてみても「死」はいた。目を覚ますと目の前にいたのだ。目の保養になるほど美しいとはいえ、やはり寝起きにその顔が目に飛び込んでくると誰でも驚く。月も珍しく ひゅっ と息を呑んでしまったのだった。そんな月を見て「死」はくすくすと笑っていた。よほど反応が面白かったのか、それから月は毎朝「死」による寝起きドッキリを仕掛けられていた。日によってドッキリは違うので、月はまだ慣れる気配がなかった。
最初 公園で聞いた通り、「死」は月の近くにしかいられないらしい。月が家にいる限り、「死」も自由に動けるのは家の中だけとのこと。自ら外に出ることはできないみたいだ。そのため月が外に出る際は、いつもよりワクワクしている様子が見て取れた。と言っても月が出かけるのは夜だけのため、「死」は朝と昼の外の世界はまだ経験がない。月も人の多い時間帯に外に出ることはまずないので、人前で独り言を言う心配はとりあえずはなかった。…家では言っているが。
『少し休憩しようか。根を詰めすぎるのはよくない』
こうやって話しかけてくれるので、月は返事をするしかなかった。
「死」に言われて作業を中断した月は、「死」がちょっとした話相手にでもなってくれるのかと淡い期待を抱くが、隣を見てみるともういない。だとしたらキッチンに行って何か飲み物の用意でも…?とも思うが、そんなこともない。大体こんな時、「死」は自由に家の中をふらふらとしていた。執筆作業は手伝ってくれるのだが、気ままで気まぐれでもある。「死」の中でのオンとオフがあるようだ。月はオンには助けられ、オフには振り回されていた。
月は自分でキッチンへと赴き、冷蔵庫の中から水を取り出した。パタンと冷蔵庫の扉を閉めると、その向こうから「死」がこちらを見ていたことに気付いた。「死」は月が手にしている水に視線を移す。
『その中には水しかないのかい?』
いつもいつも水だけしか取り出さない月が気になったのか、「死」はそう口にした。月はいや、他にもある、と言った上で説明した。
執筆をしている時は集中しているため、月はそれ以外の生活には極力時間を割かないようにしていた。食事、トイレ、睡眠は最低限に抑え、水分補給では飲んだ後の歯磨きが不必要な水が最もいいと思っていたのだ。炭酸やコーヒーは飲んだ後にうがいをしないと不快感が残るため、その状態で執筆すると集中力が著しく低下する。だから執筆中の飲み物は水に決めているのだと、月は「死」に熱弁を振るった。
『ほう……そうなのか』
月の熱のこもりように若干押された「死」だったが、月からの説明を聞いて、なるほどと頷いたのだった。