月と「死」の話

東谷月は小説家である。
…といっても、誰もが知る有名な作家というわけではない。特別大きな賞を受賞したこともなく、作品を出す頻度もまちまちだ。一年に一度、多くて二度ほど。

ジャンルもバラバラで、ネコとネズミの冒険物の作品を出したその翌年には、水についてなんだか熱のこもった思いを綴った作品を出したこともあった。その時その時で、興味のあるものを題材に執筆しているようなスタンスであった。
基本 難読漢字は使われておらずスラスラと読める読みやすい文章なのだが、たまにその語彙力は突如として天高く舞い上がる。一発では読めない漢字、あるいは聞いたこともない言葉が突然ドンと現れ、しかもふりがなすらもふられていないのだ。そのため読者は自力でその言葉を調べて、意味を知るしかなかった。その語彙力の差は月とすっぽんのようであるため、もしかしたら東谷月はふたりいるのでは、と思う人間もいるそうだ。
東谷月は、性別、年齢、素顔…人物像が分かるものはすべて非公開の謎に包まれた作家だ。あとがきも淡々としているし、なんなら書いていないこともある。
だが有名ではないにしろ、彼の作品を毎年楽しみにしているファンも少なくなかった。
次はどんな話を書くのだろう。ひそかに応援しているファンはみな、彼が新作を発表する日を待ち望んでいた。
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