死の口づけ

ひたひたと、なにかが歩いてくる音が聞こえた。

「……」

それに気付いた月は、顔を上げて音のする方を見た。
その正体は知っている。ここにやってくる存在は、自分と、あとひとつしかいない。

「やあ。ただいま」

「…死」

暗闇の中からぬっと現れたのは死だ。月の予想通りである。
黒いローブを身に纏った美しいその存在は、出迎えた月に妖艶な笑みを浮かべた。
月は ぼー… と熱のこもった目で死を見つめた。その表情は心酔しているかのようだ。
死はそんな月を見つめ返すと、…一瞬ギラリと目を光らせ、その後わざとらしく「…ふう」と疲れたようなため息を吐いた。

「今日はお迎えが多くてね、疲れてしまった」

「…疲れた?」


「 ──ああ、腹が減った」


ギラギラとした目つきで、死は月を見た。その言い方も、視線も、まるで月に食べ物を求めているかのようだ。
…しかし、月は今 食べ物も何も持っていなかった。死に与えられるものは、月にはない。

「……私には何もない」

少し迷った末に、月はうつむいて正直にそう伝えた。
死の役に立つことができない。死に嫌われてしまうかもしれない。そんな恐れを含んだような小さな声だった。
そんな月に、死は優しく微笑んだ。

「そんなことはないさ。お前にはいいものがある」

「…?」

死は月の頬を両手で優しく包み込み、自分のほうへと顔を向かせた。そしてその顔へと自分の顔を近付けていき、小さく開いた月の口に自分の唇を押し当てた。

「ん…」

触れるだけの口づけをした死は、すぐに顔を離した。突然のキスに、月はぽかんとした表情を浮かべている。

「…ふふ。もっと欲しいだろう?」

そんな月を見上げ、死は口元に弧を描きながらたずねた。口の中には、赤い舌が誘うようにちらちらと覗いていた。

「…欲しい」

先ほどの口づけだけでは足りず、月は簡単に死の誘いにのる。
その目はまたしても熱を帯び、下にいる死を見つめていた。

「…私もお前が欲しい」

月の熱視線を浴びて、死は妖しく笑った。
…月を壁にもたれかからせて座らせると、死はその上に向かい合う形で座る。
お互いしばらく見つめ合うと、死は再び月の頬を両手で包み込んだ。そしてゆっくりと顔を近付け、その唇にちゅっと口づける。

「…ん…」

柔らかであたたかな感触に、月の頭はふわふわとしてくる。死とのこれは気持ちがよくて、近くに死を感じられて、何度だってしたいほど大好きだった。
死は時折口を離しては、角度を変えてまた口づけていた。熱い吐息、絶えず与えられるあたたかさはとても心地がいい。口を離すたびに、ふたつの間には糸が引いていた。その糸を舐め取りながら顔を近付けてくる死の顔や舌に、月の目は釘付けだ。
そしてそれは、だんだんと深いものへと変わっていく。いつにも増して、死が貪欲に何度も何度も月を求めてくるのだ。唾液が交わる水音も大きく激しくなっていった。

「…ん…ふ…っ」

息も絶え絶えになり頭がぼーっとしてきた月は、薄く開いたとろんとした目で目の前にいる死を見た。
すると死は月の視線に気が付いたようで、「…は」と息を吐きながら一旦 口を離した。両手に挟み込んだ月をじーっと見つめている。
…とろけた顔の月が可愛いのか、死は右手の親指で月の唇をふにふにと撫ではじめた。

「ふふ…こんなになって」

「…ん……」

「…だが、まだ足りない。……なあ。月よ」

死は月の顔を覗き込む。
その まるで捕食者のようなギラリとした目で舌なめずりをする死に、月はゾク…と体が震えた。

「私を満足させておくれ」

危ないほどの美しさと存在感に圧倒されて声も出せない月に、死は再び深く口づけた。

「んっ…」

後ろの壁へと頭を押さえ付けられた月は、自然と目を閉じ死から与えられる快楽に溺れていた。
死は月の口内へと舌を差し込んで舐めまわしたり、じゅる…と舌を吸ったりと、慣れた舌使いで月を攻め立てていた。

「ん…っ……ん んッ」

…しかし、その激しいキスは、先ほどまでのとはなんだか違った。

「…んッ んんッ」

……苦しい。ズル…ズル…と、まるで体の奥からゆっくりと命がせり上がってきているかのような感覚。
おまけに、窒息しそうなほどの激しいキスも続行中だ。
そんな初めて感じる刺激に、月は口の端から唾液を垂れ流しながら苦しげに喘ぎ、ビクッビクッと体を痙攣させはじめた。
咄嗟に死を自分から引き離そうとしたのか、無意識のうちに死の腕をぎゅうっ…と強く掴んでいた。…しかし爪が食い込みそうになるのを、わずかに残った理性で食い止める。月は今まで経験したことのない苦しみの中でも、死を傷付けることも、それ以上 死を否定するようなこともしなかった。

「…ふ」

喘ぎながらも大人しくキスを受け入れている月を見て、死は小さく笑う。
きっと もがきたいほど苦しいはずなのに、それでも月は自分を引き剥がそうとはしない。
苦しめているのが死だとは思っていないのだろうか。…それとも、苦しめているのが死だと分かっていても、目の前にいる死を引き離せないほど病的に心酔しているのか。
そのどちらかだとしても、今の月の脳に正常な働きができているとも思えないが。 
死はそう思いながら、月の命をゆっくりゆっくりとその身に取り込んでいく。
月は酷く苦しんでいるが、死からすればこの吸魂行為はただ普通におやつを食べている感覚に近かった。おやつを食べるのに、遠慮も我慢も必要ない。
哀れな月は、残酷な死に喰われ続けた。

「…ん…ッ ん、ッ…んッ…」

…すると、月は体を痙攣させながら、へこ…へこ…と腰も揺らし始めた。月に乗り上げている死も、月の動きに合わせて微かに体が揺れている。
それだけでなく、死は自身の尻に、硬いものがズボン越しに当たり続けていることにも気が付いていた。

「…ふふ」

しかし、死にとってこれはなんてことのない光景だ。
生き物が生命の危機を感じた時、自分の種を残そうとする生殖本能が働いて、無意識のうちに腰振りをするのはよくあることだった。概念である月にも、その本能が備わっているらしい。中には濡れた者や月のように勃起した者もいたな、と死はぼんやりとだが思い出していた。
そんなことを考えている間も、ぐ…ぐ…と弱々しくも中に入りたそうに押し上げてくる月のそれ。育ったそれに後ろを何度も突かれているうちに、死もだんだんとその気になっていく。

「…ん」

死は腰を浮かせ、キスをしながら器用に月のズボンを下にずらした。すると、大きくなった月のものが、窮屈な場所から解放されて勢いよく外へと飛び出した。
死も自身の服の裾を捲り上げると、月のそれを片手で支え、後ろの入り口に当ててゆっくりとその腰を下ろしていく。
ずぷっ…ずぷっ…と律動に合わせ、死は奥まで月を飲み込んでいった。

「んん…っ」

「んッ…」

…やがてすべて中に入りきると、死は腰を上下に動かす。
その最中も、月は命を喰われ続けていた。

「…ッ んッ…ッ」

口づけで命を喰われ、後孔で自身のを喰われ続けている月は、もう何がなんだか分かっていない。
その苦しみは計り知れないものだった。死の衣装を掴んでいる手は、ガクガクと異常なほどに震えていた。
月の体はこれ以上ないほど生命の危機を感じているようだ。無意識であろう腰振りは、徐々に大きくなっていく。
死もその動きに合わせ、腰の動きを速くしていった。ぐちゅっぐちゅっと激しく交わる水音が響く。

「ん、んんっ…」

じんわりと腹が満たされていく感覚や、奥を突かれる快楽によってより気分が高まった死は、じゅるっ…とひときわ強く吸い込んだ。

「んぐ…ッ」

喉仏が上下に大きく動いたと同時に体をビクンッと震わせた月は、胸を突き出し背中をしならせた。
そんな月を気にすることなく、死は自分のいいところへと月のを擦り付けたり、ぐるりと円を描くように腰を動かしていた。
…そしてこの偽の交わりも、そろそろ終わりを迎えるようだ。
先に月の限界がきたようで、月は下半身をビクビクと痙攣させた。そして死の中に、己の種を大量にまき散らしたのだ。

「んんんっ…」

腹の中に熱い液体を注ぎ込まれた死は、月と同じように自身も吐き出した。

「……は…」

一通りの行為が終わり、それでようやく死は月から口を離した。
小腹が満たされた死は満足げだ。口の端から垂れていた唾液を、ぺろりと舐め取る。
…月は達したと同時に気絶したようで、うつむいてぐったりと壁にもたれかかっていた。行為中に死の腕を掴んでいた手も、地面に力なく投げ出されている。
ぴくりとも動かないその月には、生気を感じられなかった。

「…ふむ」

死はそんな月を観察しながら、腰を上げて中から月のを抜き取る。蓋がなくなり、だらだらと中から白い液体が垂れ流れた。
しかし気にすることなく、死はすっと立ち上がった。座り込んでいる月を上から見下ろす。
命を喰い尽くしたわけではない。いつかは目を覚ますだろう。
月を苦しませた存在は残酷にもそう思い、月をそのまま放置しその場をあとにするのだった。








…あれからしばらく経った後、意識を失っていた月は静かに目を覚ました。死に奪われ底をつきかけた生気が、わずかながらも回復してきたのだろう。
貪り喰われた後 そのままの状態で放っておかれていたため、月のそれは白濁にまみれ外に出たままだった。口の端から垂れ流していた唾液も拭われることなく、いたずらされた後のような格好で力なく壁にもたれかかっていた。
目だけを動かして周りを見回すも、死の姿はない。

「………」

ごそ…と自身のをしまい込んだが、月はそれ以上は何もできなかった。体に力が入らず、立ち上がることすらできないでいた。

「……は」

月はまたぐったりと壁に背中を預ける。
…いつの間にか眠ってしまっていて、そして目覚めた後に死がいなくなっているのはいつものことである。しかし、いつものことであっても月がそれに慣れることはなかった。
死がいないと、月は酷くさみしい。

「…死」

月は、心を奪われている存在の名をぽつりと呟いた。
…すると。

「おや。目が覚めたのかい?」

「…!」

まるでタイミングを見計らったかのように、死が現れたのだ。目を満月のように丸くさせた月は、顔を上げて死を見た。
死はひたひたと裸足の足で近寄り、壁にもたれかかっている月の近くにしゃがみ込んだ。笑みを浮かべて月を見つめている。

「悪かったね。お前に酷いことをしてしまった」

「…口づけ、のことか」

「そう。苦しかっただろう?大丈夫かい?」

死は気遣うように、月の頬へと片手を添えた。
月は抵抗することなく、死に顔を触れさせている。

「……ん」

すり…と、自分から死の手に擦り寄るほどだ。

「…気にしていない」

そう呟き、死だけを映す虚ろな目をした月は、まるで洗脳されているかのようだった。

「…ふふ」

そんな月に優しく微笑んだ死は、顔を近付けて口に ちゅ…と触れるだけのキスをした。
もちろん月が拒むことはなかった。
あれほど辛く苦しい思いをした後でも、月は簡単に死へとその体を許したのだ。

「…馬鹿な子」

死の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、「…?」と見つめてくる月を、死はくすくすと嗤う。

「なんでもないよ」

そう言って月を優しく抱きしめた。
…そのあたたかさやふんわりと香る死の匂いが狂おしいほどに好きな月は、心地よさに目を閉じて死にすべてを委ねるのだった。

きっとこれから先もずっと、月は死に心酔し続けその身を捧げていくことだろう。
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