人間の子。概念の子。

…あの夜から、ふたりは仲直りをするどころか話すことも会うことも一切なく、死が18歳になる日を迎えた。
つまり、死が人間になる日だ。
概念の世界と人間の世界を繋ぐ境界線には、死と死の先代と月の先代の姿があった。
これで最後だというのに、月は見送りには来なかった。
死の先代は月の先代に棘棘とした視線を向けていたが、死は「気にしていない。月にも色々あるのだ」と寂しげに笑った。
死の先代は死の頬に片手を添え、優しく撫でる。その顔はとても愛おしげだ。
「元気で。しっかり生きるんだよ」
「ん……先代、長い間ありがとう。とても世話になった」
「私こそ、お前と過ごせてとても楽しかったよ。ありがとうね。…お前の最期は、必ず私が迎えに行こう」
「ふふ。その時はぜひ、もうひとりの死も連れて来てくれ」
死と先代はひとしきり別れの挨拶をした後、お互いの感謝を伝え合うためにぎゅっと抱き合った。
死はずっと前から思っていた。先代は「死」なのに、あたたかい。
「…さあ、行っておいで」
「…ああ」
死と先代は体を離した。これで、本当に最後だ。
月の先代にも軽く挨拶をした死は、いよいよ人間の世界へと旅立って行く。
振り返って手を振る死の姿に、先代は幼い頃の死の姿を重ね合わせた。

「それじゃあ」
『じゃあね!』

「…ああ。本当に立派になった」
光の中へと消えていく死を見ながら先代はそう呟き、死の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を見つめていたのだった。
…その日、人間になった死は、概念に関する記憶はすべてなくしてしまった。







それから十年ほど経った今。
死は特定の職に就くことはなく、自由気ままにやりたいことをやって日々を過ごしていた。興味あることはとことん追い求め、趣味として楽しんでいるうちにいつしか専門家並みの知識を持っているのはよくあることだった。興味を引くものがない時は退屈だと感じる日もあるが、それもまたいいじゃないかと楽観的だ。
死は中間時に惹かれた「人間の自由さ」というものを今まさに謳歌していたのだ。
もういい歳ではあるが、なんだかんだで独り身が1番楽である。美しい容姿をしている死に言い寄る存在はたくさんいたが、それらすべてをのらりくらりとかわしてきた。きっとこれからもそうし続けることだろう。
死に親の記憶はなく、気付いた時にはひとりでいて、そしていつの間にかひとりで生きていける大人になっていた。自分は孤児院かどこかの出身だろうか?と少し気になりはしたものの、調べるのも手間だ。今となっては正直どうでもいい。これまでひとりで生きてこれたし。死は自分のことには興味が薄かった。
それよりも、次はどんなことをしよう?ヒゲワシの生態も調べてみたいのだが、最近は星にも興味があるのだ。
死は部屋の窓から満天の星を眺める。
その夜空には、綺麗な月が浮かんでいたのだった。
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