人間の子。概念の子。
それから少しして、死は無事に小学校を卒業し、中学校へと上がった。小学校から一緒だった友達みんなとの持ち上がりだ。離れ離れになることがなくて、みんな嬉しそうだった。
「やった~!死くんとクラスも一緒だ!」
「私も私も!また1年間よろしく!」
「オレは隣のクラスかぁ。まあいいや。休み時間遊びに行くね!」
中学生になっても変わらずワイワイと盛り上がっている友達を見て、死も微笑みを浮かべるのだった。
適応力高めの死は、数週間も経てば新しい学校生活にも慣れてきた。ちなみにだが、紺色のリュックは今も愛用だ。中学生になって初めて出会ったクラスメイトとも話せるようになり、ちょっぴり難しくなった勉強にも問題なくついて行けていた。やはり入学したてということもあり、最初の1年間は長めのお試し期間みたいなものだ。上の学年と比べるとはるかに時間も余裕もあった。
そこで死は、月に倣ってもう少しだけ概念への理解を深めることにした。小学校の時には少ししか手伝いが出来なかったのだ。初めての学校が新鮮で楽しかったから、どうしても学校を優先していた。
それに、死ももう中学生だ。幼かったあの頃とは違って、「死」というものがどういうものなのかも理解してきていた。そしておそらくだが、自分への先代の気遣いも。
授業を終えて帰ってきたある日の夕方。
「ただいま。先代」
「ああ。おかえり」
「…なあ」
「うん?」
死は先代に自ら声をかけた。
「私が今まで経験してきた死の役目というのはほんの一部だ。それも、酷く簡単で綺麗な部分だけ。先代から幼い私への優しさだったのかな」
死からの言葉を聞いて、先代は手で口元を隠しわざとらしく驚いた。
「おや。気付いてしまったか」
「つい最近だけどね。…もっと深く知りたい。死という存在のことを」
死にまっすぐな目で見つめられ、先代は優しい笑みを浮かべた。
「…ふふ。お前のようないい子に慕われて、私は嬉しいよ」
その笑顔は、言葉は、嘘でもお世辞でもなく本心である。
その少年はいじめを受けていた。最初は馬鹿にしたようなからかいから始まり、次に物を隠され、仲間はずれや無視をされ、陰口を言われ、最終的には暴力を振るわれることへと繋がった。両親に心配はかけたくなかった。だから、家では普通の態度で普通の少年を演じていた。
少年が何かをしたわけではない。だから、余計に辛かった。先生に言ったところで、状況が変わるとは思わなかった。きっといじめている相手は、自分が少年をいじめているなんて思っていない。ちょっとしたおふざけの延長なのだ。数年経って少年とクラスメイトじゃなくなれば、相手は少年のこと、そして少年と「遊んでいた」ことなんて簡単に忘れるのだろう。そう思うと悔しかった。
だから、相手も周りも一生忘れられないようなことをしたいと思った。
…心地よい風が吹いている学校の屋上。立ち入り禁止のその場所に、少年はひとりいた。グラウンドでは、部活動に励む生徒たちの姿が見えていた。あの人たちを驚かせてしまうかな、と他人事のように思った。
準備は万全だ。手紙…遺書と呼ばれるものは、すでに自室の勉強机の上に置いてある。相手の本名とそいつが今まで自分へ行ってきたいじめ行為、そいつへの恨み辛み、そしてそいつのせいで自分は死んだのだという事実。それを遺品整理の際に両親が発見し、近いうちに全体に公開され、あいつはいじめの加害者で犯罪者なのだと広まって、周りから一生白い目で見られることになればいい。
本来なら落下防止の目的で置かれているフェンスを乗り越え、少年は校舎下が見下ろせるスペースへと来た。…もう後戻りはできないのに、やはり恐怖で足がすくむ。
「……大丈夫だ…落ちたら気絶する…そして気絶している間に…もうすべて終わってる」
震える声で、そう自分に言い聞かせる。……さあ、覚悟はできた。
少年が最初で最後の一歩を踏み出そうとした、その時。
「…ん?」
目の端でチラリと見えた黒いもの。少年が顔を横に向けると、
「…あ」
「え」
そこには、黒い衣装を身に纏った美少年がいた。少年と同い年か、少し上くらいの。
しゃがみ込んで、今から飛び降りようとしていた少年を下から見上げていたのだ。しかし、少年に気付かれたからか、ぽかんとした表情を浮かべていた。
「え、誰?いつの間に?」
屋上に上がった時には確かに誰もいなかった。まるで急に別の空間から現れたかのように思えたその美少年。人間離れした美しさのため、100%それが嘘とは言えなかった。
「…死にたいの?」
少しの沈黙のあと、美少年は少年にそうたずねた。
「……うん」
「…そうか」
それだけ会話すると、美少年は立ち上がり、少年を見つめる。その目は心なしか悲しそうだった。
「…じゃあ見ててあげる。君が死ぬところ」
「え…」
「君の最期」
美しい青色の瞳が、少年をまっすぐに見つめた。
すると、ずっとひとりぼっちだった少年の心に、微かにあたたかな気持ちが生まれる。これほどまっすぐに自分を見てくれる人は初めてだった。
…どこの誰かは分からないけど、この子となら、もしかしたら友達に…
少年がそう思った瞬間、
「わっ!?」
「…!?」
ぶわっと大きく風が吹いた。
その風に押され、バランスを崩した少年は、屋上から真っ逆さまに落ちていく。
死は咄嗟に手を伸ばしたが、
「…っ」
本来の役目を思い出し、ぴたりと動きを止めた。しかし、もう少し伸ばしていたところで、どのみち間に合わなかったことだろう。
…下でゴッと鈍い音がした。その後すぐに悲鳴も聞こえた。
「……」
死は悲しげに目を伏せ、しかし自分の役目を果たすべく、動かなくなった少年のところへと向かうのだった。
「死にゆく者を引き止めようとしてはいけないよ」
役目が終わった後、先ほどの少年との一件を見ていた先代に、死はそう告げられた。結果としては本来の通りに事は進んだが、あの少年は確かに、少しだけだが生きることを決意しそうになっていた。
死との会話が、死の存在がそうさせそうになっていた。
「ごめんなさい」
「いや、怒ってるんじゃない。そんな顔をするな」
しょんぼりとした死の頭を、先代は優しく撫でた。死が優しい心を持っているのは、よく知っている。
「…月と、同い年くらいの子だったから」
ぽつり、と死は呟く。
「…そうだね。まだ若すぎる命を迎えに行くことも、きっとこれからたくさんある」
「……」
「それでも、死という存在を知りたいか」
先代は死と目線を合わせるように、しゃがみこんだ。
「…知りたい」
死も先代の目をじっと見つめ、こくりと頷いたのだった。
先代に見せてもらった、嘘偽りのない死というもの。
突然の交通事故で、夫に別れを告げられないまま死んでしまった妻。
その動物たちは、処分されるために生まれてきたというのか。
高齢の男は泣きながら、育ててくれた実の母親に手をかけた。
重い病によって幼い命が奪われた、家族は朝も昼も夜もずっと泣き続けた。
死に病的なほど執着していたその存在は、迎えに来た彼らをまるで神のように崇めていた。
工場で起こった痛ましい事故、その男の姿は原型をとどめていなかった。
何も悪いことなんてしていないあの人は、何故殺されなければならなかったのだろう。
これだけではない。もっともっとたくさんの、憎悪、怨恨、慨嘆、悲哀、絶望、諦念を見てきた。
死というのは、こんなにも生き物を苦しめる存在なのだ。
13、14、15、16歳の長い間、死はたくさんの存在に等しく終わりを捧げた。
死という存在の暗く冷たい闇の部分を、その目に、その頭に、その心に深く刻み込んだ。
先代が幼い自分に隠していたのはこれだったのかと知り、改めて先代の優しさを実感した。
死は中学に通いながら役目もこなしてきたのだ。まさに光と闇を交互にその身で体験していた。
並の人間、しかもまだ子供なら心が壊れてしまってもおかしくないが、やはり死は人間と概念の中間の存在だった。
完全に心を壊すことなく、目をそらすことなく、すべてをしっかりと見てきたのだ。
闇に触れて少しだけ妖しげな雰囲気を纏うようになったが、それすらも彼の魅力をより引き立てた。
隣で見ていた先代は、この死へなら安心して後を任せられると、改めてそう思うのだった。
死のとあるクラスメイトの話。
なんだか最近、死くんがふと大人に見えるときがある。いや、でもまあもう中学生だし、小学生の時から知ってる子だから、そのときと比べると大人になったとは思うけど。あのときの死くんはとても元気いっぱいで、笑顔がかわいい子だったな。今は、綺麗な子だな、と思ってる。
つい気になっちゃって、席に座っている死くんの横顔をじーっと見てしまった。本当に、美しかったから。そしたら、死くんもぼくからの視線に気付いたみたいで、
「どうした?」
首を傾げて、ぼくを見た。
「あっ、えっと…」
咄嗟のことで、言い訳も何も思い浮かばなかったから、
「…死くん、なんだか最近 雰囲気が大人みたいだなって。何かあった?」
思っていたことを直接聞いてみた。
そしたら
「……内緒」
「…ぇ」
右手で「しー…」と内緒のポーズをして、妖しく微笑むその顔に、ドキッとした。
「ふふ。顔真っ赤」
「えっ」
「嘘だよ。…ちょっとだけ赤いけどね」
からかうように笑う死くんに、またドキドキとしてしまった。
これはきっと、大人な死くんに憧れてのドキドキだ。うん、きっとそうだ…ぼくはそう自分に言い聞かせた。
……死が本格的に概念の役目を学んでいるようだ。
それを知った月は、密かに嬉しくなった。
月は今13歳。しかしその心身は、もうほぼ概念に近かった。長い間 先代から学び、概念としての役目を果たしてきたのだ。月には人間よりも概念のほうが合っていた。そんな中知った、死も概念により深くその身を触れさせているということ。死と一緒の存在になりたい月にとっては、それはとても喜ばしいことだった。
しかし、死から直接そのことを聞いたわけではない。死は忙しそうだから、最近はあまり話せていない。先代から聞いたわけでもない。それでは何故知っているのか?
だって、ずっと空から見ていたのだから。
朝と昼にも、空にうっすらと白い月が見えることがある。神秘的で、なんだか儚さも感じるそれ。
しかし時にそれは、まるで姿を消して空からなにかを監視しているようにも見えた。
朝も昼も高台へと向かい、概念の役目に精を出しているかのように思われていた月だが、実際は空からずっと死を見ていた。それはもう観察というよりも、監視に近かった。いつからしていたのかは、本人だけが知ることだ。計画的に、先代にも気付かれないようにしていたのかもしれない。死を眺めるのは、学校に行かなくてもできることだった。
もし仮に、小学生の頃から見ていたのだとしたら…大人しく無害そうな幼いその顔の裏で、死に対しての異常なほどの執着を秘めていたのだろうか。自分以外の存在と親しげに接している死を見て、一体今までどんな気持ちでいたのだろうか。
そして、役目を果たしている死と共に、時には惨たらしく死んでいった者たちもその目で見てきたのだろうか。しかし、月の心が何かを感じることはなかったのだ。
他はどうでもいい。死だけを見ていたい。
きっとこの行為はダメなことだと月は理解している。だから先代にも、そして死にも言っていない。
「ダメだ」と言う存在はいない。
だからきっとこれからも、月はこの行為 を続けるのだろう。
「やった~!死くんとクラスも一緒だ!」
「私も私も!また1年間よろしく!」
「オレは隣のクラスかぁ。まあいいや。休み時間遊びに行くね!」
中学生になっても変わらずワイワイと盛り上がっている友達を見て、死も微笑みを浮かべるのだった。
適応力高めの死は、数週間も経てば新しい学校生活にも慣れてきた。ちなみにだが、紺色のリュックは今も愛用だ。中学生になって初めて出会ったクラスメイトとも話せるようになり、ちょっぴり難しくなった勉強にも問題なくついて行けていた。やはり入学したてということもあり、最初の1年間は長めのお試し期間みたいなものだ。上の学年と比べるとはるかに時間も余裕もあった。
そこで死は、月に倣ってもう少しだけ概念への理解を深めることにした。小学校の時には少ししか手伝いが出来なかったのだ。初めての学校が新鮮で楽しかったから、どうしても学校を優先していた。
それに、死ももう中学生だ。幼かったあの頃とは違って、「死」というものがどういうものなのかも理解してきていた。そしておそらくだが、自分への先代の気遣いも。
授業を終えて帰ってきたある日の夕方。
「ただいま。先代」
「ああ。おかえり」
「…なあ」
「うん?」
死は先代に自ら声をかけた。
「私が今まで経験してきた死の役目というのはほんの一部だ。それも、酷く簡単で綺麗な部分だけ。先代から幼い私への優しさだったのかな」
死からの言葉を聞いて、先代は手で口元を隠しわざとらしく驚いた。
「おや。気付いてしまったか」
「つい最近だけどね。…もっと深く知りたい。死という存在のことを」
死にまっすぐな目で見つめられ、先代は優しい笑みを浮かべた。
「…ふふ。お前のようないい子に慕われて、私は嬉しいよ」
その笑顔は、言葉は、嘘でもお世辞でもなく本心である。
その少年はいじめを受けていた。最初は馬鹿にしたようなからかいから始まり、次に物を隠され、仲間はずれや無視をされ、陰口を言われ、最終的には暴力を振るわれることへと繋がった。両親に心配はかけたくなかった。だから、家では普通の態度で普通の少年を演じていた。
少年が何かをしたわけではない。だから、余計に辛かった。先生に言ったところで、状況が変わるとは思わなかった。きっといじめている相手は、自分が少年をいじめているなんて思っていない。ちょっとしたおふざけの延長なのだ。数年経って少年とクラスメイトじゃなくなれば、相手は少年のこと、そして少年と「遊んでいた」ことなんて簡単に忘れるのだろう。そう思うと悔しかった。
だから、相手も周りも一生忘れられないようなことをしたいと思った。
…心地よい風が吹いている学校の屋上。立ち入り禁止のその場所に、少年はひとりいた。グラウンドでは、部活動に励む生徒たちの姿が見えていた。あの人たちを驚かせてしまうかな、と他人事のように思った。
準備は万全だ。手紙…遺書と呼ばれるものは、すでに自室の勉強机の上に置いてある。相手の本名とそいつが今まで自分へ行ってきたいじめ行為、そいつへの恨み辛み、そしてそいつのせいで自分は死んだのだという事実。それを遺品整理の際に両親が発見し、近いうちに全体に公開され、あいつはいじめの加害者で犯罪者なのだと広まって、周りから一生白い目で見られることになればいい。
本来なら落下防止の目的で置かれているフェンスを乗り越え、少年は校舎下が見下ろせるスペースへと来た。…もう後戻りはできないのに、やはり恐怖で足がすくむ。
「……大丈夫だ…落ちたら気絶する…そして気絶している間に…もうすべて終わってる」
震える声で、そう自分に言い聞かせる。……さあ、覚悟はできた。
少年が最初で最後の一歩を踏み出そうとした、その時。
「…ん?」
目の端でチラリと見えた黒いもの。少年が顔を横に向けると、
「…あ」
「え」
そこには、黒い衣装を身に纏った美少年がいた。少年と同い年か、少し上くらいの。
しゃがみ込んで、今から飛び降りようとしていた少年を下から見上げていたのだ。しかし、少年に気付かれたからか、ぽかんとした表情を浮かべていた。
「え、誰?いつの間に?」
屋上に上がった時には確かに誰もいなかった。まるで急に別の空間から現れたかのように思えたその美少年。人間離れした美しさのため、100%それが嘘とは言えなかった。
「…死にたいの?」
少しの沈黙のあと、美少年は少年にそうたずねた。
「……うん」
「…そうか」
それだけ会話すると、美少年は立ち上がり、少年を見つめる。その目は心なしか悲しそうだった。
「…じゃあ見ててあげる。君が死ぬところ」
「え…」
「君の最期」
美しい青色の瞳が、少年をまっすぐに見つめた。
すると、ずっとひとりぼっちだった少年の心に、微かにあたたかな気持ちが生まれる。これほどまっすぐに自分を見てくれる人は初めてだった。
…どこの誰かは分からないけど、この子となら、もしかしたら友達に…
少年がそう思った瞬間、
「わっ!?」
「…!?」
ぶわっと大きく風が吹いた。
その風に押され、バランスを崩した少年は、屋上から真っ逆さまに落ちていく。
死は咄嗟に手を伸ばしたが、
「…っ」
本来の役目を思い出し、ぴたりと動きを止めた。しかし、もう少し伸ばしていたところで、どのみち間に合わなかったことだろう。
…下でゴッと鈍い音がした。その後すぐに悲鳴も聞こえた。
「……」
死は悲しげに目を伏せ、しかし自分の役目を果たすべく、動かなくなった少年のところへと向かうのだった。
「死にゆく者を引き止めようとしてはいけないよ」
役目が終わった後、先ほどの少年との一件を見ていた先代に、死はそう告げられた。結果としては本来の通りに事は進んだが、あの少年は確かに、少しだけだが生きることを決意しそうになっていた。
死との会話が、死の存在がそうさせそうになっていた。
「ごめんなさい」
「いや、怒ってるんじゃない。そんな顔をするな」
しょんぼりとした死の頭を、先代は優しく撫でた。死が優しい心を持っているのは、よく知っている。
「…月と、同い年くらいの子だったから」
ぽつり、と死は呟く。
「…そうだね。まだ若すぎる命を迎えに行くことも、きっとこれからたくさんある」
「……」
「それでも、死という存在を知りたいか」
先代は死と目線を合わせるように、しゃがみこんだ。
「…知りたい」
死も先代の目をじっと見つめ、こくりと頷いたのだった。
先代に見せてもらった、嘘偽りのない死というもの。
突然の交通事故で、夫に別れを告げられないまま死んでしまった妻。
その動物たちは、処分されるために生まれてきたというのか。
高齢の男は泣きながら、育ててくれた実の母親に手をかけた。
重い病によって幼い命が奪われた、家族は朝も昼も夜もずっと泣き続けた。
死に病的なほど執着していたその存在は、迎えに来た彼らをまるで神のように崇めていた。
工場で起こった痛ましい事故、その男の姿は原型をとどめていなかった。
何も悪いことなんてしていないあの人は、何故殺されなければならなかったのだろう。
これだけではない。もっともっとたくさんの、憎悪、怨恨、慨嘆、悲哀、絶望、諦念を見てきた。
死というのは、こんなにも生き物を苦しめる存在なのだ。
13、14、15、16歳の長い間、死はたくさんの存在に等しく終わりを捧げた。
死という存在の暗く冷たい闇の部分を、その目に、その頭に、その心に深く刻み込んだ。
先代が幼い自分に隠していたのはこれだったのかと知り、改めて先代の優しさを実感した。
死は中学に通いながら役目もこなしてきたのだ。まさに光と闇を交互にその身で体験していた。
並の人間、しかもまだ子供なら心が壊れてしまってもおかしくないが、やはり死は人間と概念の中間の存在だった。
完全に心を壊すことなく、目をそらすことなく、すべてをしっかりと見てきたのだ。
闇に触れて少しだけ妖しげな雰囲気を纏うようになったが、それすらも彼の魅力をより引き立てた。
隣で見ていた先代は、この死へなら安心して後を任せられると、改めてそう思うのだった。
死のとあるクラスメイトの話。
なんだか最近、死くんがふと大人に見えるときがある。いや、でもまあもう中学生だし、小学生の時から知ってる子だから、そのときと比べると大人になったとは思うけど。あのときの死くんはとても元気いっぱいで、笑顔がかわいい子だったな。今は、綺麗な子だな、と思ってる。
つい気になっちゃって、席に座っている死くんの横顔をじーっと見てしまった。本当に、美しかったから。そしたら、死くんもぼくからの視線に気付いたみたいで、
「どうした?」
首を傾げて、ぼくを見た。
「あっ、えっと…」
咄嗟のことで、言い訳も何も思い浮かばなかったから、
「…死くん、なんだか最近 雰囲気が大人みたいだなって。何かあった?」
思っていたことを直接聞いてみた。
そしたら
「……内緒」
「…ぇ」
右手で「しー…」と内緒のポーズをして、妖しく微笑むその顔に、ドキッとした。
「ふふ。顔真っ赤」
「えっ」
「嘘だよ。…ちょっとだけ赤いけどね」
からかうように笑う死くんに、またドキドキとしてしまった。
これはきっと、大人な死くんに憧れてのドキドキだ。うん、きっとそうだ…ぼくはそう自分に言い聞かせた。
……死が本格的に概念の役目を学んでいるようだ。
それを知った月は、密かに嬉しくなった。
月は今13歳。しかしその心身は、もうほぼ概念に近かった。長い間 先代から学び、概念としての役目を果たしてきたのだ。月には人間よりも概念のほうが合っていた。そんな中知った、死も概念により深くその身を触れさせているということ。死と一緒の存在になりたい月にとっては、それはとても喜ばしいことだった。
しかし、死から直接そのことを聞いたわけではない。死は忙しそうだから、最近はあまり話せていない。先代から聞いたわけでもない。それでは何故知っているのか?
だって、ずっと空から見ていたのだから。
朝と昼にも、空にうっすらと白い月が見えることがある。神秘的で、なんだか儚さも感じるそれ。
しかし時にそれは、まるで姿を消して空からなにかを監視しているようにも見えた。
朝も昼も高台へと向かい、概念の役目に精を出しているかのように思われていた月だが、実際は空からずっと死を見ていた。それはもう観察というよりも、監視に近かった。いつからしていたのかは、本人だけが知ることだ。計画的に、先代にも気付かれないようにしていたのかもしれない。死を眺めるのは、学校に行かなくてもできることだった。
もし仮に、小学生の頃から見ていたのだとしたら…大人しく無害そうな幼いその顔の裏で、死に対しての異常なほどの執着を秘めていたのだろうか。自分以外の存在と親しげに接している死を見て、一体今までどんな気持ちでいたのだろうか。
そして、役目を果たしている死と共に、時には惨たらしく死んでいった者たちもその目で見てきたのだろうか。しかし、月の心が何かを感じることはなかったのだ。
他はどうでもいい。死だけを見ていたい。
きっとこの行為はダメなことだと月は理解している。だから先代にも、そして死にも言っていない。
「ダメだ」と言う存在はいない。
だからきっとこれからも、月はこの