人間の子。概念の子。
死が6歳、月が5歳になった頃。次は人間の体験だ。
人間だと、小学校に通うことになっていた。しかし、残念ながらふたり一緒ではなく、1歳年上の死だけが先に通うことに。昼間は一緒に遊びながら過ごしていたのだが、今日からそれができなくなることに月はひどく寂しさを感じていた。
一方、死は初めての学校というものにわくわくと心が踊っていた。ぴしっとした制服に身を包み、小さな体に大きなリュックを背負った姿はとても愛らしい。この制服と紺色のリュックは先代が用意したものだ。親みたいなものだからか、先代たちは死と月に甘々である。
「楽しみか?学校」
「楽しみ!」
制服を綺麗に整えてもらっている間も、死はそわそわと落ち着きがない。これだとまたすぐにネクタイがほどけてしまいそうだ。にこにこと笑い、楽しみだという感情が全身から溢れ出ている死に、先代は「やれやれ」と思いつつも微笑み返す。月はそんなふたりの様子を黙って見ていた。
「そうだ。あの約束は覚えているか。概念のことは?」
「だれにも言わない!」
「そう。いい子だ」
そんな話をしながらやがて制服を整え終わると、死は先代と手を繋ぎ、いよいよ学校へと向かうようだ。
「さて、行こうか」
「うん! 行ってくるね!月!」
手を繋いでいるほうとは別のほうの手で、バイバイのハイタッチをするために月へと差し出す死。
「……」
月は両手で控えめにタッチをした。
「じゃあね!」
死は最後に月に手を振ると、先代とわいわい話しながら、初めての学校へと向かった。その姿が見えなくなるまで、月は死の後ろ姿をずっと見つめていた。
大きな建物。広い教室。並べられた机とイス。緑の黒板に書かれた楽しげな文字。たくさんの人。
死はこれだけ多くの「初めてのもの」を同時に見たのは、生まれて初めてだった。すべてが目新しく、興味深くきょろきょろと辺りを見回す。すると、隣の席の男の子が話しかけてきた。
「ねえねえ。お名前なんていうの?」
「死 !」
「死ちゃん!ぼくはウゴ!これからよろしくね」
「うん!よろしく!」
「ね!オレとも友達になって!」
「ルシアとも!」
「うん!」
可愛らしくて人見知りをしない死には、すぐにたくさんの友達ができたのだ。
初めてだらけの学校というのは、死にとって本当に未知の世界だったようだ。
友達、勉強、遊び、給食…充分すぎるほどの楽しいことを知った死は、まだ日が浅いにもかかわらず、学校が大好きになった。概念だとお迎えだけが主な仕事である。それに比べ、日々色んな出来事が起こる学校というのは、幼い死を楽しませるにはもってこいの場所だった。
仲良くなった友達とおいかけっこをして遊んだり、授業で元気いっぱいに教科書を音読したり、美味しい給食をもりもり食べたりと非常に活発である。
今日も学校から帰ってきた死は、今日あった出来事を月に話していた。まだ小学校に行けない月のために、死は毎日毎日「こんな楽しいことがあったよ!」と教えてあげるのだ。
「友達とかくれんぼした!わたしだけさいごまで見つからなかった!」
「授業で手をあげてもんだいに答えたら、せんせいにほめられた!」
「給食のいちごが美味しかった!そしたら友達がぼくのもあげるって言ってて、でも美味しいからきみも食べてみてって言ったら、友達も美味しいって言ってた!」
あとね、あとね、と止まることなく楽しそうに話をする死。伝えたいことが多すぎて、両手の指を全部折り曲げても足らないようだ。
「………」
しかし、そんな話を聞いている月はなんだか楽しくなさそうだった。
…死が小学校に入る前は、いつもふたりで遊んでいた。しかし今では死は学校、月はひとりで死が帰ってくるのを待つという関係性になっていた。しかも死は毎日楽しそうに、自分以外の存在と遊んだことを話してくる。
それは月にとって、とてもとても耐えがたいことだった。
「…死はがいねんになるんじゃなかったの」
月はふいにぽつりと呟いた。それを聞いた死は、考えるように上を向いた。
「んー。今は学校のほうが楽しいから。でもがいねんのお仕事のおてつだいもしてるよ。せんだいは好きなほうでいいって言ってる」
死は学校に通いながらも、時々だが先代についていくこともあった。学校に行っているからといって、概念の役目に行ってはいけないという決まりはない。先代は死の好きなようにさせていた。
「……」
黙り込む月。なんだか不満がありそうだった。そんな月に、死は明るく笑いかける。
「月も学校に来れば楽しいってなると思う!月が来るの楽しみ!来たらわたしが学校のこと案内してあげる」
体をゆらゆらとご機嫌に揺らしながら、死は月にそんな約束をしたのだった。
今の時点でそれぞれなりたいと思うのは、死は人間、月も死が人間になりたいなら…自分も、という感じだった。
死は楽しいことが好きだ。概念が楽しいと思えば概念、人間が楽しいと思えば人間を選ぶだろう。
月には自分の意思がない。役目も学校も、正直どうでもいいのだ。死がどちらになるのかがすべてである。
死と月それぞれの先代は集まり、そんな近況報告と情報交換を行っていた。
「あの子は学校だけでなく、役目も楽しいものだと思っている」
死の先代は目を伏せ、死の無邪気な笑顔を思い出していた。
「…しかし、死という役目が楽しいだけではないのは当たり前だ。時には目も当てられないほど酷い死に方をする存在もいる。あの子はまだ小さいからね、その場合はまだ連れて行かないようにしている」
死の先代は、まだ死に闇の部分を見せてはいなかった。それは先代からまだ幼い死への優しさだった。
「だが、いずれは大きくなったあの子に、このすべてを含めて死の役目だと教えてやるつもりだ」
だから今はまだ、楽しい時間を過ごさせてあげたい。それが死の先代の思いだ。
…そんな話を静かに聞いていた月の先代。寡黙な存在だ。彼の影響で、月も大人しい性格になったのかもしれない。そして放任主義でもあり、役目の時はまだ付き添っているが、月が死のところに行きたい時は今は月ひとりで好きに行かせていた。死の先代も、月がひとりで死に会いに来るのはもはや見慣れた光景だった。そんな月を見て思う。
「お前のところのは、昔のお前にそっくりだね」
死の先代は月の先代の昔を知っているかのように言った。
「…ああ」
月の先代もそう思うようだ。死の先代はくすくすと笑い、月の先代は懐かしむように目を閉じた。…何があったのかはふたつしか知らない。
それより今はあの子たちだ。死と月の概念としての仕事ぶりはまだまだであるが、それでもふたりとも確実に成長していっている。あの子はどちらの道を歩むのか。
先代たちはまるで我が子を見守る親のような気持ちで、これからも死と月の成長を見守りたいと思うのだった。
死が学校へ通い続けて1年が経った。学校デビュー1年目は、文句なしの大成功だ。
友達もたくさんでき、成績も優秀、そして給食を全部残さず食べたで賞をもらっていた。
死は何も問題なく友達と共に2年生に上がることになった。…となると、次の新1年生に入ってくるのは
「月、学校はこっち!」
そう、月だ。
月の入学初日。先輩風を吹かせた死に手を引っ張られて、月は学校へと向かっていた。死とおそろいの紺色のリュックと制服は、もちろん先代が用意したものだった。
道中は「このバスに乗る!席はここ!」「ここで降りる!」と死に細かく行き方を教えてもらっていた。
「ちこくしたらダメだよ!せんせいに怒られちゃう!だから月がちこくしないように、わたしが毎日一緒に行ってあげる!」
「…うん」
月は、死と繋いでいる手をぎゅ…と握りしめた。そこからぽかぽかとあたたかいのがあふれる。
最初は学校に行くのが不安な月だったが、今こうやって死とお話できている。1年前と違って、たくさん死と一緒にいることができる。それはとても嬉しいことだった。まるで昔に戻ったように感じた。たった1年、でも月にとっては長い長い時間だったのだ。
学校に近付いてくると、死の友達の姿が見えた。
「死ちゃんおはよ〜その子だあれ?」
「ウゴ!おはよー!」
死は元気いっぱいに挨拶すると、月と繋いでいる手を高く上げた。
「これは月 !今日から1年生!」
「……」
しかし無愛想な月は、死以外と仲良くする気はないらしい。腕をぶらーん…と上げられたまま、ウゴから顔をそらしている。
「月、友達のウゴだよ。おはよーって」
「……」
死が顔を覗き込むが、ぷいっと知らんぷりだ。
「月くん恥ずかしがり屋さん?」
ウゴはそんな月に怒ることはなく、死にたずねた。
「んー。ちょっとだけ」
死は月に「ウゴとも仲良くしよー」と伝えるが、月は死の手を握ったまま何も言わない。死は月と繋いでいる手を左右にゆらゆらさせていたが、ふと学校のことを思い出した。
「あっ!学校!はやく行こ!ちこくしちゃう!」
「ほんとだ!」
ウゴも思い出し、少し気まずいなか3人で学校へと向かった。月は死が話しかけるとぽつぽつと喋りはしたが、ウゴとは一言も喋らなかった。
…学校というのは学年が振り分けられていて、それぞれの学年の教室がある。死は2年生だが、今日が初登校である月は当然1年生だ。学校へ着いてすぐに、月は死と離れ離れにならなければならなかった。それが嫌だったのだ。月の教室はここだと言っても、月は死の手をぎゅっ…と握りしめて離さなかった。
「どうしたの?月」
「……」
「…ねえ 月」
月が寂しがっていると思った死は、無理に振り払おうとはせず、目線を合わせるようにかがんで優しく話しかけた。
「休みじかんになったら会いに行くから」
「………」
「授業楽しいよ!終わったらどうだったか聞かせて。ね?」
…月はうつむいたまま、ゆっくりと手の力を緩めた。本当は離したくなんてなかったはずだが、これ以上 死を困らせるわけにはいかなかったのだろう。
手がほどけると、死は優しい笑顔を浮かべて月の頭をぽんぽんと撫でた。
「頑張って」
最後にそう伝えると、「じゃあね」と手を振り自分の教室へと向かっていった。死の姿を最後まで見つめていた月は、しばらくしてから自分の教室へと入った。
同じクラスの新1年生たちは、今日からクラスメイトになる子はどんな子だろうとみんなお互いに興味津々だ。月にもチラチラと様子をうかがうような視線が集まったが、そのすべてを無視して自分の名前が書かれた席へと座る。隣の席の女の子が話をしたそうにチラチラと見ていたが、月はまったく興味がなかった。はやく授業を終えて死に会いたい。それしか考えていなかったのだ。初授業はお互いの自己紹介だったが、月は席に書かれた自分の名前を指差すだけで、口を開こうともしなかった。クラスメイトにも先生にも困惑の目で見られたが、そんなことはどうでもよかった。
そんなこんなでやっと初授業の1時間目が終わった。そして約束通り、死は休み時間に月に会いに来た。…しかし。
「みんな 月 見たいって言ってて。ついてきちゃった」
少し困ったような顔をした死の後ろには、死のクラスメイトたちが数人いた。みんな、死の幼なじみである月を見てみたかったらしい。口々に「この子が月?」「かわいい!」「死の友達だよー」「よろしくね月くん!」と喋りかけていた。
…だが、月が待っていたのは死だけだ。きっと死はひとりで来ようとしたが、クラスメイトたちが勝手についてきたのだ。うつむていた月は、密かに死のクラスメイトたちを睨みつける。そのことに気付いてかは知らないが、死は隠すように月の前に立ち、口を開いた。
「月は大人しいから、お話するのはちょっとにがてかも」
朝のウゴとの一件もあり、死は月をかばったようだ。
「えー。そーなんだ」
「友達になりたかったなあ」
「ざんねーん」
死は落ち込むクラスメイトたちに苦笑いをした。
「2時間目始まっちゃうから、そろそろ戻ろ?」
「そうだね」
「次なんだっけー」
ゾロゾロと教室に戻り始めるクラスメイトたちと一緒に、死も教室へ戻るようだ。月に向き合う死。
「お話できなくてごめんね。帰ったらしよう。じゃあね」
最後にそう伝えると、死は手を振ってまた自分の教室へと帰っていった。先ほどと同様に、月は死の姿が見えなくなるまで見つめてから、また教室へと入ったのだった。
…やはりというべきか、月には学校というものが合わなかったようだ。
知らない場所。知らない人間。知らない生活。そのすべてが嫌だった。
学校へ行けば死とずっといられると思っていたが、何せ学年が違うわけだから、短い休み時間やお昼休みにしか会えなかった。しかもその時に、クラスメイトの誰かしらは死についてくるのだ。死に会えるのは嬉しいが、死のクラスメイトは邪魔でしかなかった。そしてそれ以外の時間は、知らない大勢の人間と箱の中に閉じ込められ、その大勢の人間より一段と大きな人間の話を聞かなければならない。それは、ひとりで死の帰りを待っていた時よりもずっとずっと苦痛に感じた。
「……」
いつしか月は、授業中でも窓の外をぼーっと見ることが多くなった。クラスメイトたちが手を上げて大きく「はい!はい!」と言っている声なんて、聞こえていない。外では、たまに死の学年が体育の授業をしている様子が見えた。月はその中から死を見つけて、じっと観察していることもあった。グラウンドを元気に走り回っている死は、とても楽しそうだ。その姿を眺めているだけで、時間はあっという間に過ぎていった。
クラスメイトの中には、そんな一匹狼な月とも仲良くしたい子もいた。例えば、隣の席の女の子。
「月くん、お話しよ」
「……」
女の子は休み時間に毎日話しかけているが、月は「嫌」と言うどころか返事もしなかった。さらにいえば、その子のことを見ようとすらしない。それでもその子は根気よく話しかけていたのだ。…しかし。
「ねえ、月く…」
月からすれば、毎日鬱陶しくて仕方なかった。ガタッと音を立てて、月は席を立つ。その子から距離をとるかのように。
「あ…」
そんな声が聞こえたが、月は無視して教室を出た。
……少しして、授業が始まる時間に月は教室に戻った。すると、その子の周りには数人のクラスメイトがいた。戻ってきた月に、全員が鋭い目を向ける。クラスメイトに囲まれていたその子は、机に顔を伏せて泣いていた。
「月くんのせいだよ!」
「無視するなんてひどいよ!」
クラスメイトたちから非難の声があがるが、
「……」
それでも月は何も感じなかったのだ。自分の席近くにもクラスメイトたちがいて、座ることができない。…邪魔だ。
そんなことを思っていると、先生が教室へと入ってきた。教室内の異様な空気に、何があったのかとたずねる。
「月くんがエマちゃんのこと無視した!それでエマちゃんが泣いちゃった!」
当事者ではないクラスメイトたちが、口々に先生にそう告げた。先生は大体把握すると、泣いているエマに声をかけた。
「大丈夫?」
「…うん…」
エマは静かに頷いた。それを見て先生は優しく背中をさする。
「よしよし。じゃあそのまま耳だけで授業聞いててもいいから、終わったあとに1回お話しようね。月くんも」
先生は月のほうを見たが、月は無表情で目だけを動かし、先生を見るだけだった。
授業のあと、月とエマは先生に連れられ、「ごめんね」「いいよ」という形だけの仲直りをさせられた。もちろん月は一言も喋らなかったが。
そしてそれ以来、もともとひとりだった月はクラスの中で完全に孤立した。自分から離れたのだ。先生からは扱いにくい問題児、クラスメイトたちからは「月くんはボクたちと仲良くしたくないんだ」という仲間はずれが起きていたが、月はそのことをまったく気にしなかった。死以外から何を思われたって、そんなもの興味もないのだ。月には死さえいればそれでよかった。
たまに死は月に学校について聞いていた。なんとなくではあるが、学校での月の様子は知っていた。
「学校はどう?」
「…普通」
「ふーん。授業は?楽しい?」
「……」
「…友達とはどう?」
「…いらない」
「…ふーん」
月を気遣ってか、死は月にあまり学校のことについて話さなくなった。
そんな四面楚歌の状態でも約1年もったのは、まあ頑張ったほうだろう。
…1年生の終わり頃から2年生の初めくらいの時期に、月は不登校になった。用意してもらった紺色のリュックも制服も、それきり使われていない。先代はそんな月に特に何も言わず、ただ「合わなかったのか」と思うだけだった。
「…月。学校に行かないの?」
3年生になった死は、不登校の月に声をかけた。
「…行かない」
「…ふーん。そっか」
そんな月を無理矢理連れて行こうとはしなかった。普段は感情の赴くままに動いていると思われがちな死だが、だからと言って嫌がっている相手にあまり執着はしない。気持ちを察して放っておいてくれるのだ。楽しくないことには興味がないというただの自分優先な考え方なのかもしれないが、そのあっさりさは逆に心地よさを感じさせることもあった。しかし自然と、死と月ふたりの会話も少なくなっていったのだ。
月が来なくなり、2年生に上がったクラスメイトたちはザワザワヒソヒソしていたがそれは最初だけだ。慣れれば誰も気にしなくなった。現に今、教室にぽっかりと空いている席がひとつあるのはいつもの見慣れた風景だった。先生はたびたび不登校になった月の元を訪れているようだが、会えているのだろうか。いつも持って行ったプリントを手に持ったまま学校に帰ってきていた。
…学校に行かなくなった月は、概念としての役目により時間を費やすようになる。それしかやることがないだけかもしれないが。朝も昼も、先代と共に街を見渡せる高台へと足を運んでいた。
実力としては、照らしたいところに難なく光が当てられるほどに。その光はまだふわふわと不安定だが、それでも月の月としての才能は充分に開花し続けている。先代ははっきりとそう感じていた。
それからすぐに、1年、2年…と時は過ぎていった。
死、12歳。月、11歳。選択までの年齢は、いつの間にか折り返しを過ぎていた。
この頃から死には落ち着きが出てきて、少し大人びた印象の子になっていた。
「死くんおはよう」
「おはよう、ウゴ」
「今日 野外活動があるね。一緒に行こうよ」
「ふふ。私も誘おうとしていたところだよ」
にこにこと可愛らしかった子が、凛とした美しい子に成長した。今まで「死ちゃん」と呼んでいたウゴも「死くん」と呼ぶようになっていた。
「あ~。でもみんなも死くんと行きたがりそうだなあ」
「そうかな」
「絶対そうだよ~。大人数になりそう。先生許してくれるかな」
「許してくれるんじゃないかな。先生優しいから」
そんな他愛もない話をしながら、死とウゴは学校へと向かっていた。
「今度通う中学校の前も通るみたいだから、少しだけ校舎も見てみたいよね」
「…うん。そうだね」
死の小学校生活も残りわずかだ。…本来なら月も一緒の小学校に通っているはずだったが、月は不登校になってから今まで一度も学校に来ていなかった。最近は夜だけでなく、朝も昼も役目に行っているらしい。死も学校から帰ると、持ち帰った宿題を片付けたり、先代と役目に向かったりと、会う機会も少なくなっていた。しかし会えたところで、共通の話題も見当たらない。
そんな小さなすれ違いが積み重なり、ふたりの間にはいつしか大きな溝が出来ていた。
…少しだけ寂しく感じることもあったが、きっと月は月の道を歩んでいるのだ。そう思った死は、体の成長と共に大きくなった心で、彼の進む道を応援するのだった。
人間だと、小学校に通うことになっていた。しかし、残念ながらふたり一緒ではなく、1歳年上の死だけが先に通うことに。昼間は一緒に遊びながら過ごしていたのだが、今日からそれができなくなることに月はひどく寂しさを感じていた。
一方、死は初めての学校というものにわくわくと心が踊っていた。ぴしっとした制服に身を包み、小さな体に大きなリュックを背負った姿はとても愛らしい。この制服と紺色のリュックは先代が用意したものだ。親みたいなものだからか、先代たちは死と月に甘々である。
「楽しみか?学校」
「楽しみ!」
制服を綺麗に整えてもらっている間も、死はそわそわと落ち着きがない。これだとまたすぐにネクタイがほどけてしまいそうだ。にこにこと笑い、楽しみだという感情が全身から溢れ出ている死に、先代は「やれやれ」と思いつつも微笑み返す。月はそんなふたりの様子を黙って見ていた。
「そうだ。あの約束は覚えているか。概念のことは?」
「だれにも言わない!」
「そう。いい子だ」
そんな話をしながらやがて制服を整え終わると、死は先代と手を繋ぎ、いよいよ学校へと向かうようだ。
「さて、行こうか」
「うん! 行ってくるね!月!」
手を繋いでいるほうとは別のほうの手で、バイバイのハイタッチをするために月へと差し出す死。
「……」
月は両手で控えめにタッチをした。
「じゃあね!」
死は最後に月に手を振ると、先代とわいわい話しながら、初めての学校へと向かった。その姿が見えなくなるまで、月は死の後ろ姿をずっと見つめていた。
大きな建物。広い教室。並べられた机とイス。緑の黒板に書かれた楽しげな文字。たくさんの人。
死はこれだけ多くの「初めてのもの」を同時に見たのは、生まれて初めてだった。すべてが目新しく、興味深くきょろきょろと辺りを見回す。すると、隣の席の男の子が話しかけてきた。
「ねえねえ。お名前なんていうの?」
「
「死ちゃん!ぼくはウゴ!これからよろしくね」
「うん!よろしく!」
「ね!オレとも友達になって!」
「ルシアとも!」
「うん!」
可愛らしくて人見知りをしない死には、すぐにたくさんの友達ができたのだ。
初めてだらけの学校というのは、死にとって本当に未知の世界だったようだ。
友達、勉強、遊び、給食…充分すぎるほどの楽しいことを知った死は、まだ日が浅いにもかかわらず、学校が大好きになった。概念だとお迎えだけが主な仕事である。それに比べ、日々色んな出来事が起こる学校というのは、幼い死を楽しませるにはもってこいの場所だった。
仲良くなった友達とおいかけっこをして遊んだり、授業で元気いっぱいに教科書を音読したり、美味しい給食をもりもり食べたりと非常に活発である。
今日も学校から帰ってきた死は、今日あった出来事を月に話していた。まだ小学校に行けない月のために、死は毎日毎日「こんな楽しいことがあったよ!」と教えてあげるのだ。
「友達とかくれんぼした!わたしだけさいごまで見つからなかった!」
「授業で手をあげてもんだいに答えたら、せんせいにほめられた!」
「給食のいちごが美味しかった!そしたら友達がぼくのもあげるって言ってて、でも美味しいからきみも食べてみてって言ったら、友達も美味しいって言ってた!」
あとね、あとね、と止まることなく楽しそうに話をする死。伝えたいことが多すぎて、両手の指を全部折り曲げても足らないようだ。
「………」
しかし、そんな話を聞いている月はなんだか楽しくなさそうだった。
…死が小学校に入る前は、いつもふたりで遊んでいた。しかし今では死は学校、月はひとりで死が帰ってくるのを待つという関係性になっていた。しかも死は毎日楽しそうに、自分以外の存在と遊んだことを話してくる。
それは月にとって、とてもとても耐えがたいことだった。
「…死はがいねんになるんじゃなかったの」
月はふいにぽつりと呟いた。それを聞いた死は、考えるように上を向いた。
「んー。今は学校のほうが楽しいから。でもがいねんのお仕事のおてつだいもしてるよ。せんだいは好きなほうでいいって言ってる」
死は学校に通いながらも、時々だが先代についていくこともあった。学校に行っているからといって、概念の役目に行ってはいけないという決まりはない。先代は死の好きなようにさせていた。
「……」
黙り込む月。なんだか不満がありそうだった。そんな月に、死は明るく笑いかける。
「月も学校に来れば楽しいってなると思う!月が来るの楽しみ!来たらわたしが学校のこと案内してあげる」
体をゆらゆらとご機嫌に揺らしながら、死は月にそんな約束をしたのだった。
今の時点でそれぞれなりたいと思うのは、死は人間、月も死が人間になりたいなら…自分も、という感じだった。
死は楽しいことが好きだ。概念が楽しいと思えば概念、人間が楽しいと思えば人間を選ぶだろう。
月には自分の意思がない。役目も学校も、正直どうでもいいのだ。死がどちらになるのかがすべてである。
死と月それぞれの先代は集まり、そんな近況報告と情報交換を行っていた。
「あの子は学校だけでなく、役目も楽しいものだと思っている」
死の先代は目を伏せ、死の無邪気な笑顔を思い出していた。
「…しかし、死という役目が楽しいだけではないのは当たり前だ。時には目も当てられないほど酷い死に方をする存在もいる。あの子はまだ小さいからね、その場合はまだ連れて行かないようにしている」
死の先代は、まだ死に闇の部分を見せてはいなかった。それは先代からまだ幼い死への優しさだった。
「だが、いずれは大きくなったあの子に、このすべてを含めて死の役目だと教えてやるつもりだ」
だから今はまだ、楽しい時間を過ごさせてあげたい。それが死の先代の思いだ。
…そんな話を静かに聞いていた月の先代。寡黙な存在だ。彼の影響で、月も大人しい性格になったのかもしれない。そして放任主義でもあり、役目の時はまだ付き添っているが、月が死のところに行きたい時は今は月ひとりで好きに行かせていた。死の先代も、月がひとりで死に会いに来るのはもはや見慣れた光景だった。そんな月を見て思う。
「お前のところのは、昔のお前にそっくりだね」
死の先代は月の先代の昔を知っているかのように言った。
「…ああ」
月の先代もそう思うようだ。死の先代はくすくすと笑い、月の先代は懐かしむように目を閉じた。…何があったのかはふたつしか知らない。
それより今はあの子たちだ。死と月の概念としての仕事ぶりはまだまだであるが、それでもふたりとも確実に成長していっている。あの子はどちらの道を歩むのか。
先代たちはまるで我が子を見守る親のような気持ちで、これからも死と月の成長を見守りたいと思うのだった。
死が学校へ通い続けて1年が経った。学校デビュー1年目は、文句なしの大成功だ。
友達もたくさんでき、成績も優秀、そして給食を全部残さず食べたで賞をもらっていた。
死は何も問題なく友達と共に2年生に上がることになった。…となると、次の新1年生に入ってくるのは
「月、学校はこっち!」
そう、月だ。
月の入学初日。先輩風を吹かせた死に手を引っ張られて、月は学校へと向かっていた。死とおそろいの紺色のリュックと制服は、もちろん先代が用意したものだった。
道中は「このバスに乗る!席はここ!」「ここで降りる!」と死に細かく行き方を教えてもらっていた。
「ちこくしたらダメだよ!せんせいに怒られちゃう!だから月がちこくしないように、わたしが毎日一緒に行ってあげる!」
「…うん」
月は、死と繋いでいる手をぎゅ…と握りしめた。そこからぽかぽかとあたたかいのがあふれる。
最初は学校に行くのが不安な月だったが、今こうやって死とお話できている。1年前と違って、たくさん死と一緒にいることができる。それはとても嬉しいことだった。まるで昔に戻ったように感じた。たった1年、でも月にとっては長い長い時間だったのだ。
学校に近付いてくると、死の友達の姿が見えた。
「死ちゃんおはよ〜その子だあれ?」
「ウゴ!おはよー!」
死は元気いっぱいに挨拶すると、月と繋いでいる手を高く上げた。
「これは
「……」
しかし無愛想な月は、死以外と仲良くする気はないらしい。腕をぶらーん…と上げられたまま、ウゴから顔をそらしている。
「月、友達のウゴだよ。おはよーって」
「……」
死が顔を覗き込むが、ぷいっと知らんぷりだ。
「月くん恥ずかしがり屋さん?」
ウゴはそんな月に怒ることはなく、死にたずねた。
「んー。ちょっとだけ」
死は月に「ウゴとも仲良くしよー」と伝えるが、月は死の手を握ったまま何も言わない。死は月と繋いでいる手を左右にゆらゆらさせていたが、ふと学校のことを思い出した。
「あっ!学校!はやく行こ!ちこくしちゃう!」
「ほんとだ!」
ウゴも思い出し、少し気まずいなか3人で学校へと向かった。月は死が話しかけるとぽつぽつと喋りはしたが、ウゴとは一言も喋らなかった。
…学校というのは学年が振り分けられていて、それぞれの学年の教室がある。死は2年生だが、今日が初登校である月は当然1年生だ。学校へ着いてすぐに、月は死と離れ離れにならなければならなかった。それが嫌だったのだ。月の教室はここだと言っても、月は死の手をぎゅっ…と握りしめて離さなかった。
「どうしたの?月」
「……」
「…ねえ 月」
月が寂しがっていると思った死は、無理に振り払おうとはせず、目線を合わせるようにかがんで優しく話しかけた。
「休みじかんになったら会いに行くから」
「………」
「授業楽しいよ!終わったらどうだったか聞かせて。ね?」
…月はうつむいたまま、ゆっくりと手の力を緩めた。本当は離したくなんてなかったはずだが、これ以上 死を困らせるわけにはいかなかったのだろう。
手がほどけると、死は優しい笑顔を浮かべて月の頭をぽんぽんと撫でた。
「頑張って」
最後にそう伝えると、「じゃあね」と手を振り自分の教室へと向かっていった。死の姿を最後まで見つめていた月は、しばらくしてから自分の教室へと入った。
同じクラスの新1年生たちは、今日からクラスメイトになる子はどんな子だろうとみんなお互いに興味津々だ。月にもチラチラと様子をうかがうような視線が集まったが、そのすべてを無視して自分の名前が書かれた席へと座る。隣の席の女の子が話をしたそうにチラチラと見ていたが、月はまったく興味がなかった。はやく授業を終えて死に会いたい。それしか考えていなかったのだ。初授業はお互いの自己紹介だったが、月は席に書かれた自分の名前を指差すだけで、口を開こうともしなかった。クラスメイトにも先生にも困惑の目で見られたが、そんなことはどうでもよかった。
そんなこんなでやっと初授業の1時間目が終わった。そして約束通り、死は休み時間に月に会いに来た。…しかし。
「みんな 月 見たいって言ってて。ついてきちゃった」
少し困ったような顔をした死の後ろには、死のクラスメイトたちが数人いた。みんな、死の幼なじみである月を見てみたかったらしい。口々に「この子が月?」「かわいい!」「死の友達だよー」「よろしくね月くん!」と喋りかけていた。
…だが、月が待っていたのは死だけだ。きっと死はひとりで来ようとしたが、クラスメイトたちが勝手についてきたのだ。うつむていた月は、密かに死のクラスメイトたちを睨みつける。そのことに気付いてかは知らないが、死は隠すように月の前に立ち、口を開いた。
「月は大人しいから、お話するのはちょっとにがてかも」
朝のウゴとの一件もあり、死は月をかばったようだ。
「えー。そーなんだ」
「友達になりたかったなあ」
「ざんねーん」
死は落ち込むクラスメイトたちに苦笑いをした。
「2時間目始まっちゃうから、そろそろ戻ろ?」
「そうだね」
「次なんだっけー」
ゾロゾロと教室に戻り始めるクラスメイトたちと一緒に、死も教室へ戻るようだ。月に向き合う死。
「お話できなくてごめんね。帰ったらしよう。じゃあね」
最後にそう伝えると、死は手を振ってまた自分の教室へと帰っていった。先ほどと同様に、月は死の姿が見えなくなるまで見つめてから、また教室へと入ったのだった。
…やはりというべきか、月には学校というものが合わなかったようだ。
知らない場所。知らない人間。知らない生活。そのすべてが嫌だった。
学校へ行けば死とずっといられると思っていたが、何せ学年が違うわけだから、短い休み時間やお昼休みにしか会えなかった。しかもその時に、クラスメイトの誰かしらは死についてくるのだ。死に会えるのは嬉しいが、死のクラスメイトは邪魔でしかなかった。そしてそれ以外の時間は、知らない大勢の人間と箱の中に閉じ込められ、その大勢の人間より一段と大きな人間の話を聞かなければならない。それは、ひとりで死の帰りを待っていた時よりもずっとずっと苦痛に感じた。
「……」
いつしか月は、授業中でも窓の外をぼーっと見ることが多くなった。クラスメイトたちが手を上げて大きく「はい!はい!」と言っている声なんて、聞こえていない。外では、たまに死の学年が体育の授業をしている様子が見えた。月はその中から死を見つけて、じっと観察していることもあった。グラウンドを元気に走り回っている死は、とても楽しそうだ。その姿を眺めているだけで、時間はあっという間に過ぎていった。
クラスメイトの中には、そんな一匹狼な月とも仲良くしたい子もいた。例えば、隣の席の女の子。
「月くん、お話しよ」
「……」
女の子は休み時間に毎日話しかけているが、月は「嫌」と言うどころか返事もしなかった。さらにいえば、その子のことを見ようとすらしない。それでもその子は根気よく話しかけていたのだ。…しかし。
「ねえ、月く…」
月からすれば、毎日鬱陶しくて仕方なかった。ガタッと音を立てて、月は席を立つ。その子から距離をとるかのように。
「あ…」
そんな声が聞こえたが、月は無視して教室を出た。
……少しして、授業が始まる時間に月は教室に戻った。すると、その子の周りには数人のクラスメイトがいた。戻ってきた月に、全員が鋭い目を向ける。クラスメイトに囲まれていたその子は、机に顔を伏せて泣いていた。
「月くんのせいだよ!」
「無視するなんてひどいよ!」
クラスメイトたちから非難の声があがるが、
「……」
それでも月は何も感じなかったのだ。自分の席近くにもクラスメイトたちがいて、座ることができない。…邪魔だ。
そんなことを思っていると、先生が教室へと入ってきた。教室内の異様な空気に、何があったのかとたずねる。
「月くんがエマちゃんのこと無視した!それでエマちゃんが泣いちゃった!」
当事者ではないクラスメイトたちが、口々に先生にそう告げた。先生は大体把握すると、泣いているエマに声をかけた。
「大丈夫?」
「…うん…」
エマは静かに頷いた。それを見て先生は優しく背中をさする。
「よしよし。じゃあそのまま耳だけで授業聞いててもいいから、終わったあとに1回お話しようね。月くんも」
先生は月のほうを見たが、月は無表情で目だけを動かし、先生を見るだけだった。
授業のあと、月とエマは先生に連れられ、「ごめんね」「いいよ」という形だけの仲直りをさせられた。もちろん月は一言も喋らなかったが。
そしてそれ以来、もともとひとりだった月はクラスの中で完全に孤立した。自分から離れたのだ。先生からは扱いにくい問題児、クラスメイトたちからは「月くんはボクたちと仲良くしたくないんだ」という仲間はずれが起きていたが、月はそのことをまったく気にしなかった。死以外から何を思われたって、そんなもの興味もないのだ。月には死さえいればそれでよかった。
たまに死は月に学校について聞いていた。なんとなくではあるが、学校での月の様子は知っていた。
「学校はどう?」
「…普通」
「ふーん。授業は?楽しい?」
「……」
「…友達とはどう?」
「…いらない」
「…ふーん」
月を気遣ってか、死は月にあまり学校のことについて話さなくなった。
そんな四面楚歌の状態でも約1年もったのは、まあ頑張ったほうだろう。
…1年生の終わり頃から2年生の初めくらいの時期に、月は不登校になった。用意してもらった紺色のリュックも制服も、それきり使われていない。先代はそんな月に特に何も言わず、ただ「合わなかったのか」と思うだけだった。
「…月。学校に行かないの?」
3年生になった死は、不登校の月に声をかけた。
「…行かない」
「…ふーん。そっか」
そんな月を無理矢理連れて行こうとはしなかった。普段は感情の赴くままに動いていると思われがちな死だが、だからと言って嫌がっている相手にあまり執着はしない。気持ちを察して放っておいてくれるのだ。楽しくないことには興味がないというただの自分優先な考え方なのかもしれないが、そのあっさりさは逆に心地よさを感じさせることもあった。しかし自然と、死と月ふたりの会話も少なくなっていったのだ。
月が来なくなり、2年生に上がったクラスメイトたちはザワザワヒソヒソしていたがそれは最初だけだ。慣れれば誰も気にしなくなった。現に今、教室にぽっかりと空いている席がひとつあるのはいつもの見慣れた風景だった。先生はたびたび不登校になった月の元を訪れているようだが、会えているのだろうか。いつも持って行ったプリントを手に持ったまま学校に帰ってきていた。
…学校に行かなくなった月は、概念としての役目により時間を費やすようになる。それしかやることがないだけかもしれないが。朝も昼も、先代と共に街を見渡せる高台へと足を運んでいた。
実力としては、照らしたいところに難なく光が当てられるほどに。その光はまだふわふわと不安定だが、それでも月の月としての才能は充分に開花し続けている。先代ははっきりとそう感じていた。
それからすぐに、1年、2年…と時は過ぎていった。
死、12歳。月、11歳。選択までの年齢は、いつの間にか折り返しを過ぎていた。
この頃から死には落ち着きが出てきて、少し大人びた印象の子になっていた。
「死くんおはよう」
「おはよう、ウゴ」
「今日 野外活動があるね。一緒に行こうよ」
「ふふ。私も誘おうとしていたところだよ」
にこにこと可愛らしかった子が、凛とした美しい子に成長した。今まで「死ちゃん」と呼んでいたウゴも「死くん」と呼ぶようになっていた。
「あ~。でもみんなも死くんと行きたがりそうだなあ」
「そうかな」
「絶対そうだよ~。大人数になりそう。先生許してくれるかな」
「許してくれるんじゃないかな。先生優しいから」
そんな他愛もない話をしながら、死とウゴは学校へと向かっていた。
「今度通う中学校の前も通るみたいだから、少しだけ校舎も見てみたいよね」
「…うん。そうだね」
死の小学校生活も残りわずかだ。…本来なら月も一緒の小学校に通っているはずだったが、月は不登校になってから今まで一度も学校に来ていなかった。最近は夜だけでなく、朝も昼も役目に行っているらしい。死も学校から帰ると、持ち帰った宿題を片付けたり、先代と役目に向かったりと、会う機会も少なくなっていた。しかし会えたところで、共通の話題も見当たらない。
そんな小さなすれ違いが積み重なり、ふたりの間にはいつしか大きな溝が出来ていた。
…少しだけ寂しく感じることもあったが、きっと月は月の道を歩んでいるのだ。そう思った死は、体の成長と共に大きくなった心で、彼の進む道を応援するのだった。