死にお持ち帰りされた花婿と月が穴兄弟になる話2

「……ん…」

…目が覚めると、花婿は自分の家にいた。
見慣れたリビング。そこに置かれた椅子に座っていた。
窓の外は明るく、いつものように外には葡萄畑の景色が広がっていた。

「…夢…?」

レオナルドに貫かれた自身の胸を見てみるも、そこには傷一つない。服も血に染まってはおらず、綺麗なままだった。

「……はぁ~…」

花婿は片手で顔を覆い、座っている椅子からズルズルとずり落ちる。最悪な気分 半分、安堵 半分といった感じだ。
どうやら自分はいつの間にか眠ってしまい、夢を見ていたようだった。
とんでもない悪夢だ。婚礼の晩に花嫁を奪われ、追いかけた自分が最後にはあの男に殺されるなんて。芝居の演目にでも出来そうな悲劇の物語である。あっちからすれば喜劇かもしれないが。
花婿は結婚を控えていた。もちろん楽しみで喜ばしいことだが、母親と花嫁の仲を懸念したり、自分の生きる道にふと疑問を抱いてしまったりと、どこか無意識のうちにマリッジブルーのような状態になっていたのかもしれない。その不安から、あのような夢を見てしまったのだろうか。刺された際の痛みだって鮮明に思い出せるほどの、妙に生々しい夢だったのだ。

「……はぁ…やめよう」

夢のことを思い出そうとしていた花婿だったが、思い出したところで最悪な気持ちになるのは目に見えていた。わざわざ自分から心をえぐることはない。もう忘れよう。それよりも、眠っている間に出来なかった仕事を片付けなくては。もしかしたら、母親が今もひとりで畑の世話をしているかもしれない。
そう思った花婿は、椅子から立ち上がり、歩いてリビングから出ようとした。
その時。

「…!?」

向こうからやって来た知らない男と鉢合わせたのだ。
花婿は咄嗟に後ろへと下がった。

「誰だ!」

すぐにでも動けるような姿勢をとり、目の前の男に語気を強めてたずねた。
ここは自分の家だ。相手は泥棒か、不審者か。

「……」

しかし男は、警戒した様子の花婿に驚くことも焦ることもなかった。
白いコートを着ていて、背丈は花婿と同じくらいの大きな男だ。顔つきもどことなく似ている。顔付近で縫い目が緩められているフードの下から、まるでガラス玉のような月色の目が、じっと覗いていた。
…だが、その男は花婿を見ているようで見ていない。
男が見ているのは


「もうここの探検は終わったのかい?月よ」


後ろから聞こえた声に、花婿の心臓はドクンッと跳ねた。

バッと勢いよく振り返る。

「…ッお前は…!」

そこには、あの夢に出てきた黒い衣装の男がいたのだ。先ほどまで花婿が座っていた椅子に、足を組んで座っていた。
月と呼ばれた男はこくりと頷き、花婿には一切目もくれず、その横を通り過ぎて黒い衣装の男の元へと歩いていった。月が近くまで来ると、男は月を見上げてにっこりと微笑んだ。
花婿は信じられないといった表情で、その光景を見ていた。

どういうことだ…!?何故あの男が…!?

理解が追いつかず、花婿は頭を抱える。忘れようとしていた夢の内容が鮮明に頭に浮かび、心臓がうるさいくらいにバクバクと鳴り響いていた。
そんな花婿を見て、男は夢で見せたのと同じ笑みを浮かべる。

「ふふ。私が作ったここはどうだ?お前の家そっくりにしてみたんだ」

「…お前が…作った…?」

「そう。死の世界だよ」

「………、」

花婿は目を見開き、呆然とした表情で立ち尽くすしかなかった。
あれは夢ではなかったのだ。花婿は花嫁を奪われ、そしてレオナルドと死によって殺された。
その事実を受け止めきれない花婿に対して、死はひどく優しい笑顔を浮かべた。

「はは。死んだ後も大好きな家で暮らせるなんて、嬉しいだろう?」

優しい笑顔。しかし、どこか張り付いたような笑顔に見えるのは、花婿は死んでも村から逃げ出すことはできないという皮肉が込められているからだろう。

「…ふざけるな」

死は花婿を間接的に殺したようなものでもあるくせに、それをちっとも悪いことだとは思っていない。そして、死してなお狭い世界に捕らわれ続ける花婿を馬鹿にしたように嗤っていた。
花婿は、ふつふつと怒りが込み上げる。
ぎゅうっ…と握られた拳が、わなわなと震えていた。

「…何故俺をここへ連れて来た」

「ふむ。お前は家庭を持ちたがっていただろう?だから、私と月がお前の新しい家族になってやろうと思ってね」

死はそう言うが、月が本当にそう思っているのかは不明だ。現に、今も目の前の死ばかりをその目に映していて、花婿のことは一切見ようともしなかった。死と花婿の会話を聞いているのかすら分からない。
…それに死だって、花婿のためを思って、というよりは、ただこの状況を楽しんでいるかのように見えたのだ。
死の馬鹿げた提案に、花婿は眉間に皺を寄せ心底くだらなさそうな顔を見せた。

「結構だ」

そう冷たく言い放つ。こんな悪趣味な奴やよく分からない奴と一緒にいるくらいなら、たとえ自分の家そっくりの場所だろうが、ひとりで森やら丘やらを放浪していたほうがずっとましだ。自分はもう死んでしまっているのだから、野垂れ死ぬこともないだろう。
花婿は死に背を向け、すぐ近くの玄関へと向かう。

「おや。どこへ?」

「ここから出て行くだけだ。ここはお前が作った場所なんだろ。なら俺の家じゃない」

後ろから聞こえた声に、花婿は振り向くことなく答えた。迷うことなく偽物の家の中を進み、玄関にたどり着くと、外へと繋がる扉に手をかけた。キィ…と扉を開け、花婿は外へと出た。

はずなのだが。

「……は…?」

目の前に広がったのは、先ほどのリビング。死と月の姿もあった。

「おや?出て行くんじゃなかったのかい?」

戻ってきた花婿を見て、死はくすくすと笑っていた。まるでこうなることを知っていたかのようだ。
花婿はもう一度 玄関へと走り、扉を勢いよく開けて外に出るが

「今度はどうした?忘れ物か?」

「…ッ」

またしてもリビングへと戻っていた。
扉を開けると、確かに外の景色は広がっている。しかし扉をくぐると、気が付いたらその景色は家の中のリビングへと変わっているのだ。
花婿は外に出ることができなかった。

「……お前のしわざか」

「なんのことかな?」

この謎の空間の創設者である死を睨み付けるも、とぼけた様子で首を傾げていた。しかしその顔はにやにやと笑っており、隠す気はないらしい。
残念ながら、花婿にはここから逃げ出す術はなにもなかった。

こうして、花婿、死、月、という奇妙な疑似家族ができあがったのだ。
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