死だけの秘密の話
その日の夕方。
死は彼の前へと姿を現した。
「…!」
その姿を捉えた彼は、一目散に死へと駆け寄る。
やがて目の前まで来ると、心配しているような、しかし安心したような表情で死を見つめた。
「…よかった。元気そうで。急に来なくなったから、なにかあったのかなって」
そう言って胸をなでおろす彼。数週間前と変わらず優しげだった。
そんな彼をじっと見たあと、死は静かに笑みを浮かべた。
「気分が乗らなかったから。悪いね」
悪いと言いつつも、悪びれた様子はまったくない。
要するに、数週間 彼とセックスする気にならなかったということだ。
前まではおよそ週に1、2回。死の気分が高まっている時には連日会うことだってあった。
その時と比べると、頻度は極端に少なくなっていた。死の気分というのはよく分からないものだ。
「あはは…そういうこともありますよね」
まるで猫のように自由気ままな死に、彼はあせあせと笑う。
…それでも、こうして会いに来てくれたことへの喜びは何よりも大きい。
彼は素直な言葉を口にする。
「でも、また会いに来てくれて嬉しいです。すごく…」
…それに、会いに来たということは
「…えっと、今日はそういう気分ですか?」
いつものお誘いということだろうか。
彼は密かに期待が高まる。
そんな彼の熱視線をすぐに感じとった死は、何も言わずに、ただ彼へと妖艶に微笑んだ。
太陽が隠れ、月が顔を出した夜。
彼がいつもの教会へとやって来た時には、もうすでに死がいた。黒い布を肩に羽織り、長椅子に足を組んで座っている。
まるで初めて会った時のようだった。その姿はあの時と変わることなく、とても美しい。
しかしそれを除いて、死が先にいることは今までなかったので彼は少し驚いた。
「あっ、ごめんなさい。お待たせしてしまって……寒かったですよね」
もう真冬の季節だ。
しかし、相変わらず薄着に裸足という、まるで寒さなんて感じないとでもいうような格好の死。彼がずっと不思議に思っていることのひとつだった。
それでも気遣いの言葉をかける彼は、やはり優しい性格だ。
「そうだな。ここは寒い」
寒さに震えた声でも、体を縮こませた小さな声でもない、淡々とした声で返事をしながら、死は座っている木製の長椅子に視線を落とし手で撫でる。
「これも固い」
「…? えっと…」
死の考えていることが分からない彼は戸惑い、首を傾げる。
…しばらくして、死は伏せていた顔を上げると、にこりと笑った。
「場所を変えよう」
それは思いがけない提案だった。今日の死はいつも以上に分からない。
しかし、死がそうしたいのなら、と彼は死の気持ちを優先させる。
「いいですけど、どこへ?」
「ふふ。とてもいいところだよ」
そう言って死はすっと立ち上がり、羽織っている布をひらひらとさせながら彼へと近付く。
やがて密着するほど近くまで来ると、広げた布をふわりと頭から被り自分と彼を覆い隠した。
「わ…」
少し驚いた彼が声を上げた。その反応が面白かったのか、死はくすくすと笑う。
キスもできるほどの距離のため、お互いの息遣いがとても近く感じた。
死の吐息に、彼の鼓動はドキドキと高鳴る。
…少しして、死はふたりを覆っていた布をぱっと取り払った。
目の前に広がるのは先ほどまでの教会…
「…えっ?」
ではなく、何故か知らない部屋の中だった。
大きなベッドに机、椅子、窓。家具や配置を見るに、まるでどこかのホテルの一室のようである。
しかし、窓の外は暗く、夜景はおろか月明かりすらない。ぼんやりと部屋の中で灯る照明だけが明かりのようだった。
死が連れて来たであろうその不思議な場所に、彼はキョロキョロと分かりやすく混乱していた。
「えっ えっ?ど、どうやって??ここは…???」
そう言って死を見るも、当の本人はこれが当たり前のことのようにベッドに腰かけ、そのふかふかの感触を楽しんでいた。よく見ると、先ほどまで手に持っていた布はいつの間にか消えている。
……やっぱり、不思議な人だ。…いや、もしかしたら人なんかでは。
魔法のような信じがたい出来事。酷く驚きはしたが、…それでも彼が死を恐れることはなかった。
一方 ベッドにごろんと横になった死は、ちらりと彼へと視線を送る。
色を含んだその目に誘われるように、彼もベッドへ向かった。
彼が近くまで来ると、死は横向きの体勢から仰向けの体勢へと変える。そのわずかな動きで衣装の前が少しはだけ、ちらりと艶かしい肌が覗いていた。
薄暗い部屋の中、ベッドに身を委ねている死の姿を見て、彼の心臓はうるさいくらいに激しくなっていった。
体が、腹の中が、熱い。
「……ふふ」
「…っ」
色っぽい笑みを向けられ我慢できなくなった彼は死に覆い被さり、その小さな口に深く口付ける。
「んんっ…」
…窒息しそうになる寸前で口を離し、角度を変えてまた深く、何度も何度も口付ける。
しばらくキスを交わし合ったあとに口を離すと、混ざり合った唾液が、ふたりの間をまるで鎖のように繋いでいた。
死の口の端からは、あふれた唾液がたらたらと垂れ落ちている。
彼はそれを舐め取ると、今度はレースの奥に見える白い首筋へと顔をうずめた。すうっと息を吸い込み、死の匂いを体の奥深くに取り込む。
しばし匂いを堪能すると、次は愛おしげにチュ、チュ…とキスを落としていく。
「ん……んっ…」
くすぐったさに身をよじる死。
その唇はだんだん下へと下りていき、鎖骨、やがては胸へと辿り着いた。
彼が黒衣装に手をかけ前を全開にすると、すぐに白くて美しい肌が晒された。その中のピンク色をしたふたつの突起は特に目を惹くものだ。
引き寄せられるように、彼は突起のひとつにちゅう…と吸い付いた。
「んッ…」
顔を仰け反らせ、シーツを手でぎゅっと掴む死。
口の中に含んだまま、彼は舐めたり吸ったり甘噛みしたりして、たくさんたくさん可愛がる。
片方だけでなく、寂しそうなもう片方も同じように口で刺激を与え始めた。
「んっ……んん…っ」
その気持ちよさに、死は腰をゆらゆらと揺らし始めた。彼から与えられる快楽に、死のそれも徐々に勃ち上がっていく。
上にいる彼もそのことに気が付いた。
「……ふふ。貴方もよくなっているようでよかった。…僕のも、見て。ほら」
彼は体を起こし、跨って死に股間を見せる体勢となった。
促された死がそこを見ると、完全に勃ち上がったそれが、窮屈そうにズボンを押し上げていた。ずっと足に当たっていたから、気付いてはいたが。
その光景を見て、死はふっと笑う。
「苦しそうだ」
「ええ。最初の方からこんなだったから、すごく。…解放してくれますか?」
そう言いながら彼がズボンと下着を下にずらすと、大きなそれがブルンッと勢いよく飛び出した。
死が何よりも大好きである、男のそれ。
目の前のそれをうっとりとした表情で見つめた死は、「はぁ…」と熱い息を吐いた。
物欲しそうな顔を見せる死に、彼のはまたズクン…と大きくなる。
「ああ…可哀想に。…ふふ。おいで」
その言葉を聞いた彼が腰を浮かすと死は下から自分の足を抜き、彼の前で自ら足を開いた。
膝裏を両手で持ち、自分でさらに ぐいっ と大きく開かせる。
…ひくひくとうごめく はしたない口が、彼の目の前に晒された。
「…ふッ ふふ…っ」
ゾクゾクゾク…と彼の体は震えた。
自ら足を開いていいところを見せてくる死の姿は、ねだるように口をぱくぱくしている死の後孔は、そしてかわいい色した死の中は、彼をこれ以上ないくらい興奮させたのだ。
彼は自身の先を死の口に押し当てる。
「入れますね」
死の返事も待たずに、彼は腰を一気に奥まで押し進めた。
「あぁっ」
奥をゴッと突かれ、体を大きく仰け反らせて死は喘いだ。
彼は死の手の上に自分の手を重ねると、そのまま腰を振って激しく律動を始めた。
ぬぢゅっぬぢゅっとだんだんと大きくなる水音と共に、死はゆっさゆっさと彼に揺さぶられ続ける。
「あっ あッ…」
ずっと開いている足が疲れて閉じてきても、死の手に重ねられた彼の手がまた大きく開かせてくる。
ぎゅうっ…と押さえ付ける彼の熱い手には力がこもっていた。死が手を離したくてもそんなことは許してくれないようだ。
とまらない彼は、激しく死を攻めたてる。
「はぁッ はぁッ…」
「あ…ッ あっ んんッ…」
「はぁっ……ねえ…」
…しばらくすると、彼は腰を動かしながら体を倒し、死に顔をグッと近付けた。
死はぼやける視界の中、彼を見上げる。
「…貴方の名前が知りたい。名前を呼びたい」
彼はそう言うと、少しだけ動きをゆっくりにした。死が喋りやすいようにだ。
…ずっと前から聞きたかったこと。これまで何度かたずねてはみたが、この人からはっきりとした返答はなかった。
深く詮索はしない、と決めていたのだが…やはり知りたいという欲には勝てなかった。
セックスの最中なら、この人が心も体も蕩けている時なら、もしかしたら。…ずるい考えだが、そう思ったのだ。
彼は快楽を与え続けながら、死の言葉を待つ。
「あっ……ん…っ」
「教えて」
「あッ …ふふ……じきに分かるさ」
…またしてもはぐらかされてしまったが、今までと違って、これから先になんだか希望が持てるような返答だった。
彼が本当に欲しい答えではなかったが、そう遠くない未来に知ることができる。…正しくないやり方で聞き出そうとしたから、それを知れただけで充分かもしれない。これ以上は罰が当たりそうだ。
死への欲は尽きないが、それでも優しい心を持っている彼はそう思った。
「…分かりました。貴方から教えてくれるのを楽しみにしてますね」
死へ愛おしげに微笑んだ彼は、ふたりで絶頂を迎えるべく、ゆっくりだった律動を再び速くしていくのだった。
…それから、死と彼は共に2回は絶頂を迎えた。
久しぶりのセックスだったため、2回戦はじっくりと時間をかけて楽しんだ。
何もかもが満たされた彼はとても満足げな表情で、ゆっくりと体を起こす。
そしてずっと死の中に挿入したままだったそれを、腰を引いてようやく抜き取った。
すると、蓋がなくなった穴からはドロドロと白い液体が大量にあふれ出てきて、シーツに染みを作っていた。自分が出したものだが、その量の多さに苦笑いを浮かべる。
「わ…こんなに……苦しかったですよね…ごめんなさい」
腹の中にずっとこれだけの量を溜め込んでいた死に優しい言葉をかける彼。どんな時でも気遣いを忘れない。
死はそんな彼を下からじっと見つめると、言葉は発さずに、ただ にっ と笑った。
彼も死ににこりとだけ笑いかけた。事後で疲れているのかも。そう思ったのだ。
液体が染みついたシーツに裸同然の格好で横になっていては風邪を引きそうだという心配はあるが…
まあここは部屋の中だし、なにより気だるげそうな死にこれ以上声をかけるのも気が引けた。
…死が連れて来たこの場所。帰る方法も死しか知らない。
しかし、すぐに帰りたいわけでもなかった。この場所は静かで、死とふたりきりで、居心地がいい。
彼は死が回復するまで自分の後処理でもしていようと、何か拭えそうなものを探すためベッドから離れようとした。
その時。
「なあ」
後ろから声がかかった。
彼が振り返ると、体を起こした死が微笑みながらこちらを見ていた。
色んな液体にまみれた体、まだ頬がほんのりと赤いその顔は、凄まじい色気を感じさせた。
思わず見惚れてしまう彼に、近寄る死。
そして再び口を開いた。
「私が綺麗にしてやる」
そう言ってベッドから降り、腰かけている彼の足の間に体を滑り込ませた。彼も突然のことに少し驚く。
行為を終えたばかりだというのに、死はまだまだ元気いっぱいという感じだった。
彼の精液や死の体液にまみれてすでに萎えているそれを手袋をしたまま手で支え、汚れを掃除するように下から上へと何度も舐め上げる。
彼はそんな健気な死を、恍惚とした顔で上から眺めていた。
「はぁ……そんなことされたら、また勃っちゃいます」
「そうならないよう我慢すればいい」
「あはは。無茶言いますね…」
小さな舌でぺろぺろと液体を舐め取っている死に右手を伸ばし、今にも脱げそうなほど浅く被っているフードの中にそっと差し入れる。髪の毛を優しく撫で、そのふわふわとした手触りを彼は楽しんでいた。
余裕そうに見える彼だが、それを舐め続ける死を前にして、余裕なんてあるはずもない。気を抜けば本当にまた勃ってしまいそうだった。…その時 死はまた相手をしてくれるだろうか。
そんなことを思っている間にも、彼のそれは死によってどんどん綺麗になっていく。いいことなのに、なんだか名残惜しい。
…まもなく終わりを迎えようとしていた時、死は彼の顔を下からじっくりと見ていた。上目遣い気味のその顔はとても可愛らしい。
「どうしました?」
彼はにこりと笑って首をかしげ、声をかける。
すると、猫のようにじっと無表情で見ていた死も、少ししてから同じように笑った。
「お前はいい男だね」
彼への褒め言葉を口にする死。
好きな人からの甘い言葉に、彼も心が躍る。
「貴方からそんなことを言われるなんて、嬉しいです」
「ふふ。月の次に好みだよ」
「……月?」
ついうっかり口に出してしまったのか、それともわざとか、死は彼に、初めて月の存在を明かした。
「…誰ですか。月って」
先ほどまでの嬉しそうな顔とは一変し、彼から笑顔がすっと消えた。
……夜空に浮かぶ月のことだろうか、と一瞬考えはした。
しかし、死の直前の言葉や 好み という言い方からして、それはおそらく 人物 だ。
死と彼はお互いの名も口に出したことはないというのに、死は自分の名よりも先に、知らない誰かの名を口にした。それは彼からすれば全く面白くないことだった。
「うん?…ふふ」
死は首を傾げて笑うだけで、彼の質問には答えない。そのはぐらかすような態度に、彼の中で黒い感情がふつふつと募り始める。…その感情に支配された頭では、死への不信感がどんどん強くなっていった。
彼は死の肩をぐっと掴む。
「まさか、ずっと会えなかった間、貴方はその月という人のところにいたんですか」
「さあ。どうだろうね」
「正直に言ってください」
怒りをあらわにした低い声。肩を掴む手にも力がこもる。
しかし死は気にした様子もなく、舐めて綺麗になった彼のそれをごそごそと下着の中へと仕舞い込んだ。
「これで終わりだ」
「ねえ、貴方は」
「お前はそろそろ帰ろうか」
肩の手を払い除けながら、彼の言葉を遮る死。
そして、最初に持っていた布をどこからともなく取り出した。
一瞬にして大きく広がったそれで彼を覆い隠す。
「待って!」
仕組みは理解できないが、不思議な力を持っているその布。ここへ連れて来てもらった時に、彼もその魔法を目の当たりにしている。
今、布の中には彼しかいない。
手を伸ばし、死の腕を掴もうとするが
「っ…!」
黒い壁がそれを阻んだ。
…もがいてもがいて、何とか暗闇から抜け出した時には、周りはいつもの教会の景色が広がっていた。
「…ッ…、…」
木製の長椅子に座っていた彼は、必死になって辺りを見渡すが
先ほどまでの布も、そして死の姿も、
跡形もなく消えていた。
彼を元の場所へと戻した後、死は自身の格好も綺麗に整えてから、月が待ついつもの無空間へと帰った。
「……死」
死を待っていた月は、死の姿が見えるとその名を呼んだ。心なしか、その表情は少し嬉しげだ。
死は月の姿をその目に映すと、ふわりと近寄って月の顔や体をじっくりと観察する。
「……」
「…?」
首を傾げて死を見つめる月。
…死は妖艶な笑みを浮かべると、さらに近寄り月の胸元へ手を添えてゆっくりと撫で上げる。
服の上からでも、その胸板のたくましさが感じ取れた。相変わらずとても好みな月の体に、死は満足げに笑う。
「ああ。いい男だ」
月の顔を見上げてそう呟いた死は、今度はその唇に自身の唇を押し当てた。
突然のキスに少し驚いたものの、月もそれを受け入れる。死が自分に与えてくれるものは、なんだって嬉しいのだ。
自分以外の存在にも、死は同じように与えているということを月は知らないが。
…しばらくの間、ふたつは特に会話することもなく、ただただキスを楽しんでいた。
死は彼の前へと姿を現した。
「…!」
その姿を捉えた彼は、一目散に死へと駆け寄る。
やがて目の前まで来ると、心配しているような、しかし安心したような表情で死を見つめた。
「…よかった。元気そうで。急に来なくなったから、なにかあったのかなって」
そう言って胸をなでおろす彼。数週間前と変わらず優しげだった。
そんな彼をじっと見たあと、死は静かに笑みを浮かべた。
「気分が乗らなかったから。悪いね」
悪いと言いつつも、悪びれた様子はまったくない。
要するに、数週間 彼とセックスする気にならなかったということだ。
前まではおよそ週に1、2回。死の気分が高まっている時には連日会うことだってあった。
その時と比べると、頻度は極端に少なくなっていた。死の気分というのはよく分からないものだ。
「あはは…そういうこともありますよね」
まるで猫のように自由気ままな死に、彼はあせあせと笑う。
…それでも、こうして会いに来てくれたことへの喜びは何よりも大きい。
彼は素直な言葉を口にする。
「でも、また会いに来てくれて嬉しいです。すごく…」
…それに、会いに来たということは
「…えっと、今日はそういう気分ですか?」
いつものお誘いということだろうか。
彼は密かに期待が高まる。
そんな彼の熱視線をすぐに感じとった死は、何も言わずに、ただ彼へと妖艶に微笑んだ。
太陽が隠れ、月が顔を出した夜。
彼がいつもの教会へとやって来た時には、もうすでに死がいた。黒い布を肩に羽織り、長椅子に足を組んで座っている。
まるで初めて会った時のようだった。その姿はあの時と変わることなく、とても美しい。
しかしそれを除いて、死が先にいることは今までなかったので彼は少し驚いた。
「あっ、ごめんなさい。お待たせしてしまって……寒かったですよね」
もう真冬の季節だ。
しかし、相変わらず薄着に裸足という、まるで寒さなんて感じないとでもいうような格好の死。彼がずっと不思議に思っていることのひとつだった。
それでも気遣いの言葉をかける彼は、やはり優しい性格だ。
「そうだな。ここは寒い」
寒さに震えた声でも、体を縮こませた小さな声でもない、淡々とした声で返事をしながら、死は座っている木製の長椅子に視線を落とし手で撫でる。
「これも固い」
「…? えっと…」
死の考えていることが分からない彼は戸惑い、首を傾げる。
…しばらくして、死は伏せていた顔を上げると、にこりと笑った。
「場所を変えよう」
それは思いがけない提案だった。今日の死はいつも以上に分からない。
しかし、死がそうしたいのなら、と彼は死の気持ちを優先させる。
「いいですけど、どこへ?」
「ふふ。とてもいいところだよ」
そう言って死はすっと立ち上がり、羽織っている布をひらひらとさせながら彼へと近付く。
やがて密着するほど近くまで来ると、広げた布をふわりと頭から被り自分と彼を覆い隠した。
「わ…」
少し驚いた彼が声を上げた。その反応が面白かったのか、死はくすくすと笑う。
キスもできるほどの距離のため、お互いの息遣いがとても近く感じた。
死の吐息に、彼の鼓動はドキドキと高鳴る。
…少しして、死はふたりを覆っていた布をぱっと取り払った。
目の前に広がるのは先ほどまでの教会…
「…えっ?」
ではなく、何故か知らない部屋の中だった。
大きなベッドに机、椅子、窓。家具や配置を見るに、まるでどこかのホテルの一室のようである。
しかし、窓の外は暗く、夜景はおろか月明かりすらない。ぼんやりと部屋の中で灯る照明だけが明かりのようだった。
死が連れて来たであろうその不思議な場所に、彼はキョロキョロと分かりやすく混乱していた。
「えっ えっ?ど、どうやって??ここは…???」
そう言って死を見るも、当の本人はこれが当たり前のことのようにベッドに腰かけ、そのふかふかの感触を楽しんでいた。よく見ると、先ほどまで手に持っていた布はいつの間にか消えている。
……やっぱり、不思議な人だ。…いや、もしかしたら人なんかでは。
魔法のような信じがたい出来事。酷く驚きはしたが、…それでも彼が死を恐れることはなかった。
一方 ベッドにごろんと横になった死は、ちらりと彼へと視線を送る。
色を含んだその目に誘われるように、彼もベッドへ向かった。
彼が近くまで来ると、死は横向きの体勢から仰向けの体勢へと変える。そのわずかな動きで衣装の前が少しはだけ、ちらりと艶かしい肌が覗いていた。
薄暗い部屋の中、ベッドに身を委ねている死の姿を見て、彼の心臓はうるさいくらいに激しくなっていった。
体が、腹の中が、熱い。
「……ふふ」
「…っ」
色っぽい笑みを向けられ我慢できなくなった彼は死に覆い被さり、その小さな口に深く口付ける。
「んんっ…」
…窒息しそうになる寸前で口を離し、角度を変えてまた深く、何度も何度も口付ける。
しばらくキスを交わし合ったあとに口を離すと、混ざり合った唾液が、ふたりの間をまるで鎖のように繋いでいた。
死の口の端からは、あふれた唾液がたらたらと垂れ落ちている。
彼はそれを舐め取ると、今度はレースの奥に見える白い首筋へと顔をうずめた。すうっと息を吸い込み、死の匂いを体の奥深くに取り込む。
しばし匂いを堪能すると、次は愛おしげにチュ、チュ…とキスを落としていく。
「ん……んっ…」
くすぐったさに身をよじる死。
その唇はだんだん下へと下りていき、鎖骨、やがては胸へと辿り着いた。
彼が黒衣装に手をかけ前を全開にすると、すぐに白くて美しい肌が晒された。その中のピンク色をしたふたつの突起は特に目を惹くものだ。
引き寄せられるように、彼は突起のひとつにちゅう…と吸い付いた。
「んッ…」
顔を仰け反らせ、シーツを手でぎゅっと掴む死。
口の中に含んだまま、彼は舐めたり吸ったり甘噛みしたりして、たくさんたくさん可愛がる。
片方だけでなく、寂しそうなもう片方も同じように口で刺激を与え始めた。
「んっ……んん…っ」
その気持ちよさに、死は腰をゆらゆらと揺らし始めた。彼から与えられる快楽に、死のそれも徐々に勃ち上がっていく。
上にいる彼もそのことに気が付いた。
「……ふふ。貴方もよくなっているようでよかった。…僕のも、見て。ほら」
彼は体を起こし、跨って死に股間を見せる体勢となった。
促された死がそこを見ると、完全に勃ち上がったそれが、窮屈そうにズボンを押し上げていた。ずっと足に当たっていたから、気付いてはいたが。
その光景を見て、死はふっと笑う。
「苦しそうだ」
「ええ。最初の方からこんなだったから、すごく。…解放してくれますか?」
そう言いながら彼がズボンと下着を下にずらすと、大きなそれがブルンッと勢いよく飛び出した。
死が何よりも大好きである、男のそれ。
目の前のそれをうっとりとした表情で見つめた死は、「はぁ…」と熱い息を吐いた。
物欲しそうな顔を見せる死に、彼のはまたズクン…と大きくなる。
「ああ…可哀想に。…ふふ。おいで」
その言葉を聞いた彼が腰を浮かすと死は下から自分の足を抜き、彼の前で自ら足を開いた。
膝裏を両手で持ち、自分でさらに ぐいっ と大きく開かせる。
…ひくひくとうごめく はしたない口が、彼の目の前に晒された。
「…ふッ ふふ…っ」
ゾクゾクゾク…と彼の体は震えた。
自ら足を開いていいところを見せてくる死の姿は、ねだるように口をぱくぱくしている死の後孔は、そしてかわいい色した死の中は、彼をこれ以上ないくらい興奮させたのだ。
彼は自身の先を死の口に押し当てる。
「入れますね」
死の返事も待たずに、彼は腰を一気に奥まで押し進めた。
「あぁっ」
奥をゴッと突かれ、体を大きく仰け反らせて死は喘いだ。
彼は死の手の上に自分の手を重ねると、そのまま腰を振って激しく律動を始めた。
ぬぢゅっぬぢゅっとだんだんと大きくなる水音と共に、死はゆっさゆっさと彼に揺さぶられ続ける。
「あっ あッ…」
ずっと開いている足が疲れて閉じてきても、死の手に重ねられた彼の手がまた大きく開かせてくる。
ぎゅうっ…と押さえ付ける彼の熱い手には力がこもっていた。死が手を離したくてもそんなことは許してくれないようだ。
とまらない彼は、激しく死を攻めたてる。
「はぁッ はぁッ…」
「あ…ッ あっ んんッ…」
「はぁっ……ねえ…」
…しばらくすると、彼は腰を動かしながら体を倒し、死に顔をグッと近付けた。
死はぼやける視界の中、彼を見上げる。
「…貴方の名前が知りたい。名前を呼びたい」
彼はそう言うと、少しだけ動きをゆっくりにした。死が喋りやすいようにだ。
…ずっと前から聞きたかったこと。これまで何度かたずねてはみたが、この人からはっきりとした返答はなかった。
深く詮索はしない、と決めていたのだが…やはり知りたいという欲には勝てなかった。
セックスの最中なら、この人が心も体も蕩けている時なら、もしかしたら。…ずるい考えだが、そう思ったのだ。
彼は快楽を与え続けながら、死の言葉を待つ。
「あっ……ん…っ」
「教えて」
「あッ …ふふ……じきに分かるさ」
…またしてもはぐらかされてしまったが、今までと違って、これから先になんだか希望が持てるような返答だった。
彼が本当に欲しい答えではなかったが、そう遠くない未来に知ることができる。…正しくないやり方で聞き出そうとしたから、それを知れただけで充分かもしれない。これ以上は罰が当たりそうだ。
死への欲は尽きないが、それでも優しい心を持っている彼はそう思った。
「…分かりました。貴方から教えてくれるのを楽しみにしてますね」
死へ愛おしげに微笑んだ彼は、ふたりで絶頂を迎えるべく、ゆっくりだった律動を再び速くしていくのだった。
…それから、死と彼は共に2回は絶頂を迎えた。
久しぶりのセックスだったため、2回戦はじっくりと時間をかけて楽しんだ。
何もかもが満たされた彼はとても満足げな表情で、ゆっくりと体を起こす。
そしてずっと死の中に挿入したままだったそれを、腰を引いてようやく抜き取った。
すると、蓋がなくなった穴からはドロドロと白い液体が大量にあふれ出てきて、シーツに染みを作っていた。自分が出したものだが、その量の多さに苦笑いを浮かべる。
「わ…こんなに……苦しかったですよね…ごめんなさい」
腹の中にずっとこれだけの量を溜め込んでいた死に優しい言葉をかける彼。どんな時でも気遣いを忘れない。
死はそんな彼を下からじっと見つめると、言葉は発さずに、ただ にっ と笑った。
彼も死ににこりとだけ笑いかけた。事後で疲れているのかも。そう思ったのだ。
液体が染みついたシーツに裸同然の格好で横になっていては風邪を引きそうだという心配はあるが…
まあここは部屋の中だし、なにより気だるげそうな死にこれ以上声をかけるのも気が引けた。
…死が連れて来たこの場所。帰る方法も死しか知らない。
しかし、すぐに帰りたいわけでもなかった。この場所は静かで、死とふたりきりで、居心地がいい。
彼は死が回復するまで自分の後処理でもしていようと、何か拭えそうなものを探すためベッドから離れようとした。
その時。
「なあ」
後ろから声がかかった。
彼が振り返ると、体を起こした死が微笑みながらこちらを見ていた。
色んな液体にまみれた体、まだ頬がほんのりと赤いその顔は、凄まじい色気を感じさせた。
思わず見惚れてしまう彼に、近寄る死。
そして再び口を開いた。
「私が綺麗にしてやる」
そう言ってベッドから降り、腰かけている彼の足の間に体を滑り込ませた。彼も突然のことに少し驚く。
行為を終えたばかりだというのに、死はまだまだ元気いっぱいという感じだった。
彼の精液や死の体液にまみれてすでに萎えているそれを手袋をしたまま手で支え、汚れを掃除するように下から上へと何度も舐め上げる。
彼はそんな健気な死を、恍惚とした顔で上から眺めていた。
「はぁ……そんなことされたら、また勃っちゃいます」
「そうならないよう我慢すればいい」
「あはは。無茶言いますね…」
小さな舌でぺろぺろと液体を舐め取っている死に右手を伸ばし、今にも脱げそうなほど浅く被っているフードの中にそっと差し入れる。髪の毛を優しく撫で、そのふわふわとした手触りを彼は楽しんでいた。
余裕そうに見える彼だが、それを舐め続ける死を前にして、余裕なんてあるはずもない。気を抜けば本当にまた勃ってしまいそうだった。…その時 死はまた相手をしてくれるだろうか。
そんなことを思っている間にも、彼のそれは死によってどんどん綺麗になっていく。いいことなのに、なんだか名残惜しい。
…まもなく終わりを迎えようとしていた時、死は彼の顔を下からじっくりと見ていた。上目遣い気味のその顔はとても可愛らしい。
「どうしました?」
彼はにこりと笑って首をかしげ、声をかける。
すると、猫のようにじっと無表情で見ていた死も、少ししてから同じように笑った。
「お前はいい男だね」
彼への褒め言葉を口にする死。
好きな人からの甘い言葉に、彼も心が躍る。
「貴方からそんなことを言われるなんて、嬉しいです」
「ふふ。月の次に好みだよ」
「……月?」
ついうっかり口に出してしまったのか、それともわざとか、死は彼に、初めて月の存在を明かした。
「…誰ですか。月って」
先ほどまでの嬉しそうな顔とは一変し、彼から笑顔がすっと消えた。
……夜空に浮かぶ月のことだろうか、と一瞬考えはした。
しかし、死の直前の言葉や 好み という言い方からして、それはおそらく 人物 だ。
死と彼はお互いの名も口に出したことはないというのに、死は自分の名よりも先に、知らない誰かの名を口にした。それは彼からすれば全く面白くないことだった。
「うん?…ふふ」
死は首を傾げて笑うだけで、彼の質問には答えない。そのはぐらかすような態度に、彼の中で黒い感情がふつふつと募り始める。…その感情に支配された頭では、死への不信感がどんどん強くなっていった。
彼は死の肩をぐっと掴む。
「まさか、ずっと会えなかった間、貴方はその月という人のところにいたんですか」
「さあ。どうだろうね」
「正直に言ってください」
怒りをあらわにした低い声。肩を掴む手にも力がこもる。
しかし死は気にした様子もなく、舐めて綺麗になった彼のそれをごそごそと下着の中へと仕舞い込んだ。
「これで終わりだ」
「ねえ、貴方は」
「お前はそろそろ帰ろうか」
肩の手を払い除けながら、彼の言葉を遮る死。
そして、最初に持っていた布をどこからともなく取り出した。
一瞬にして大きく広がったそれで彼を覆い隠す。
「待って!」
仕組みは理解できないが、不思議な力を持っているその布。ここへ連れて来てもらった時に、彼もその魔法を目の当たりにしている。
今、布の中には彼しかいない。
手を伸ばし、死の腕を掴もうとするが
「っ…!」
黒い壁がそれを阻んだ。
…もがいてもがいて、何とか暗闇から抜け出した時には、周りはいつもの教会の景色が広がっていた。
「…ッ…、…」
木製の長椅子に座っていた彼は、必死になって辺りを見渡すが
先ほどまでの布も、そして死の姿も、
跡形もなく消えていた。
彼を元の場所へと戻した後、死は自身の格好も綺麗に整えてから、月が待ついつもの無空間へと帰った。
「……死」
死を待っていた月は、死の姿が見えるとその名を呼んだ。心なしか、その表情は少し嬉しげだ。
死は月の姿をその目に映すと、ふわりと近寄って月の顔や体をじっくりと観察する。
「……」
「…?」
首を傾げて死を見つめる月。
…死は妖艶な笑みを浮かべると、さらに近寄り月の胸元へ手を添えてゆっくりと撫で上げる。
服の上からでも、その胸板のたくましさが感じ取れた。相変わらずとても好みな月の体に、死は満足げに笑う。
「ああ。いい男だ」
月の顔を見上げてそう呟いた死は、今度はその唇に自身の唇を押し当てた。
突然のキスに少し驚いたものの、月もそれを受け入れる。死が自分に与えてくれるものは、なんだって嬉しいのだ。
自分以外の存在にも、死は同じように与えているということを月は知らないが。
…しばらくの間、ふたつは特に会話することもなく、ただただキスを楽しんでいた。