死だけの秘密の話

ある日のこと。

「なあ 月よ」

静かな声とともに、座っている月に影がかかった。
月が見上げると、そこには黒い衣装を身に纏った死がいた。
人によっては男にも女にも見える、その美しい存在。
開かれた衣装の隙間から、まるで誘っているかのように、艶かしい肌がちらりと覗いていた。
レースの下のこれまた美しい顔は妖艶に微笑み、月を見下ろしている。
小さな口を開き、先ほどよりも色を含んだ声で月に話しかけた。

「一緒に楽しいことをしよう」

覗き込むように、月へと顔を近付ける。
宝石のような青い瞳が月を捕らえた。
これから行う行為で得られる快楽を期待しているのか、その目には熱がこもり、うるうると潤んでいる。
月色の瞳はそんな死を捕らえた。
死の言う「楽しいこと」が何を表すのか分かったようだ。
ギラギラと鋭くなっていくそれを確認すると、死はさらに月へと近付き、慣れた動作で月の膝の上に腰を下ろした。
そっと手を伸ばし、月の頬を優しく包み込むと、ゆっくり顔を近付けていく。
死が何をするのか理解した月は、死を見つめたままじっとしている。
いつまで経っても受け身な態度の月に内心くすくすと笑いながら、死は目を閉じてその唇にちゅっと口付けた。
…少しだけ触れてから口を離す。
月の様子を確認しようと目を開けると、月はキスする前と同じく、じっと死を見ていた。
きっと最中もガン見していたのだろう。
早々に口を離した死に、少しだけ不満げな顔になる。

「…足りない」

これは月が死に対して、よく口にする言葉だ。「もっと欲しい」というおねだりの言葉。
今までの経験上、これを言うと必ず死が与えてくれると思っているらしい。
今だって、魔法の言葉を言うだけ言って、死からのキスを待っている。
自分から動こうとはしない。甘やかした結果がこれだ。
死はそんな月が面白く、と同時にかわいいとも思っていた。

「ふふ。これで終わりなわけないだろう」

相手を求めているのは死も同じだった。
先ほどから、体は月が欲しくてたまらなかった。
再び月へと顔を近付け、今後は深く口付ける。

「ん…んん…」

「ん、ん……」

お互いのくぐもった声が漏れ、唾液の混ざり合う音が無空間へと響く。
時々口を離しては、角度を変えてまた口付ける。
離れるたびに、ふたつの間には糸が引いていた。
死がその糸を舐め取りながら、もう片方の先にいる月へと顔を近付けていく。
ちらちらと見え隠れするピンクの舌が、月の興奮をより高めた。
そしてまるで月にも分け与えるかのように、死は糸を舐め取った舌を月の口内へと差し入れる。月もそれを受け入れた。
ぴちゃぴちゃと聞こえるいやらしい水音。
熱くてぬるぬるとした気持ちのいい感覚に、ふたつは夢中になっていた。
死は月との絡み合うようなキスを楽しみつつ、月の頬に触れていた左手を下へ下へと下ろしていく。
辿り着いた先にあったのは、月の雄の証。
ズボン越しにそれに触れた。

「…っ」

ぴくりと体を動かした月。
ここは特に敏感な部分だ。少し触れただけでも、体はそのわずかな刺激を感じとる。
月が反応したことを確認すると、死はさらにそこを優しく何度も撫で上げた。
時折揉み込むように手を動かすと、月からは熱い吐息が漏れた。
死は手で月のを可愛がりながら一度口を離し、今度は月の首筋へと顔をうずめて口付けはじめた。
死とのキスを名残惜しそうにしていた月だが、首筋から伝わるあたたかな感触、触れるとくすぐったいほど柔らかい髪、「ん…、ふ…」とすぐ真下で聞こえる死の息遣い。そのすべてにぞくぞくと背筋が震えた。だんだんと荒くなる息。
死も月が興奮状態であることに気付いていたが、ひとつだけ、不可解なことがあった。

「…?」

いくら刺激を与えても、手で触れている月のものが一向に反応しないのだ。
少しくらい勃ち上がってもいいものの、今もまったく形を変えずにただ静かにそこにあった。
こんなことは初めてだ。今までは少しの愛撫だけで、分かりやすいほど反応していたというのに。
月が感じていないわけではない。死がちらりと月を見上げてみると、そこには見るからに感じ入っている表情の月がいた。情事中に見せる表情そのものだ。それがさらに謎を呼んだ。

「ふむ……」

「………死?」

月のに触れていた手をとめ、考え込むような仕草をしはじめた死に、月は首を傾げる。
月には自身の体に起こっていることが分かっていないようだ。正確には起こっていないことが不思議なのだが。
早く続きをしてほしいのか、催促するように膝の上に乗っている死をじっと見つめながら、控えめに腰を揺らす。
月の動きに合わせて、死の体も少しだけゆらゆらと揺れた。
すると、揺さぶられたことで月からの視線に気付いたのかは分からないが、死は月を見上げた。ぱちりと目が合うふたつ。
…死はまるで感情なんてないかのような目で月を見たが、それは一瞬だけ。
次の瞬間には、妖しく色っぽく微笑んだ。

「なんでもないよ。…さて、今度は舐めてやろう」

そう言うと死は月から下りて、今度は足の間にぺたりと座り込んだ。
白く細い指でベルトをカチャカチャと外し、月のをずるりと取り出した。
手の平で包み込み、上下に軽く扱く。黒い手袋が汚れそうでもお構いなしだ。

「んっ…は…っ」

月から熱い吐息が漏れる。
しかし、それとは反対に月のが反応する気配はない。
死は両手で支え、先にちゅっと口付けた。
舌をちろりと出し、下から上へとゆっくり舐め上げる。
勃ち上がっていないので舐めにくいはずなのだが、そんな感じを一切出さずに舐め続けた。
一方、月はそんな死を上から蕩けた目で見ていた。
死の美しい顔にまったく似合わない、凶器のような自分のそれ。
しかし、それの近くに顔を近付け、さらに死は夢中になって舐めている。
まるで死を支配しているかのような背徳感に、月の中でだんだんと強い欲が生まれはじめた。
ついに抑えることができなかったのか、右手が死の頭の後ろに添えられた。このまま月が力を込めれば、死を引き寄せもっと奥深くまで自分のそれを咥えさせることができるだろう。
…しかし、控えめな月には死のフードをぎゅっと掴むので精一杯のようだった。
黒いフードを掴んだまま、険しい顔で目をつぶり、死から与えられる快楽に溺れている。
死はそんな月を下から観察していた。
頭に手を回された時点で月の欲を察していた死。何をしてくるのかと待っていたが、結局は何もできないままの月に少々呆れていたところだった。
心の中でため息を吐いた死は、自ら口を大きく開いて、ぱくりと月のを深く咥え込んだ。

「んっ…」

死のあたたかい口内に包まれ、月はその気持ちよさに体がびくびくと震えた。
死は口の中で月のを舐めたり、吸ってみたりと、男なら誰でも喜ぶ奉仕をたくさん月へと施した。
…しかし。

「ふ…っん……むぅ…」

月のが勃ち上がることはなかった。





それからというもの、死と月は今までのような交わりができなくなっていた。
何度刺激を与えても、どんな刺激を与えても、月のがまったく反応しないのだ。
ふたつにとって初めての経験だ。
原因が分からないため、物知りな死にも、そして当の本人にも、どうすることもできなかった。

「一体どうしたんだろうね。お前のこれは」

死が指でつんつんと、ズボン越しにつつく。
ぴくりと小さく体を動かす月。これを見るかぎり不感症ではない。月はちゃんと感じている。
無知な月には勃つ勃たないというのは難しい話かもしれないが、今までの死との交わりで、自分の股間にあるものを死の中に入れる、ということは理解していた。
その股間のものが死の中へと入れられない状況、つまりは「いつもの」ができない状況という認識でいるようだ。
月は無表情だが、どこか悲しげな顔をしている。
死といつものができないこともそうだが、何よりも死を気持ちよくさせることができないからだと思われた。
月はいつものをしている時の、楽しそうな、気持ちよさそうな死を見るのも好きだった。
よく分からないが、自分のせいで死が気持ちよくなれない。
そんな今の状況が月をだんだんと不安にさせていった。

「私との交わりが楽しくなくなったのかな」

「違う」

そんな月へと追い打ちをかけるかのような死の言葉に、思わず月は即答した。
月からの否定の言葉を聞いた死はにんまりと笑う。思ってもいないことを言って月を惑わせるのは楽しいものだ。
こんな状況でも死は月で遊ぶ。
思えば、月という存在は不思議なのだ。死んでも何度だって生き返るその体。
一度止まった心臓が再び動き出すという信じがたいことに比べたら、勃起しないなんて何のその。ある意味微笑ましいことではないか。
そう思った死は、このままでは不安の海にコポコポと沈んでしまいそうな月に助け船を出す。

「そう落ち込むな。月よ。それを使った交わりだけがすべてではないさ」

月にくるりと背中を向けた死は、猫のように体を前に倒れ込ませた。
四つん這いの体勢で、月へと尻を突き出す死。本当に猫のようだ。
振り返って、後ろにいるぽかんとした表情の月を見て、死は妖艶な笑みを浮かべる。
そのまま衣装をたくし上げると、小ぶりで可愛らしく、そして艶めかしい尻が顔をのぞかせた。
ふりふりと誘うように小さく揺れる美尻に、月の目は釘付けだ。
死はそこでふと思い出す。
そういえば、いつも交わる際は死が月の上に乗り上げ、そのまま腰を下ろしながら月のを受け入れていた。
寝転んだ状態では、あるいは死を膝の上に乗せたままの状態では、繋がる場所がよく見えない。
だから、この月が自分をいつも受け入れてくれる所をじっくり見るのは、おそらく初めてなのだ。
それなら、と死は月にお手本を見せることにした。

「ほら。この中に指を入れてごらん」

「…指?」

「ああ。こんな風に………ん…っ」

死は右手の人差し指を口へと含んでたっぷり濡らした。
そして、つぷつぷつぷ…と自分の指をゆっくり中へと埋め込んでいく。
付け根まで入りきると、今度はゆっくりと引き抜いた。
それを月の目の前で何度も繰り返す。だんだんと速くなっていく手の動き。

「あっ…んんっ…」

くちっ…くちっ…という音も、我慢できずに喘ぐ死の声も、指が何度も出入りしている死の中へと続く口も、そして自らそんな行為を行なっている死も、月の鼓動をドクドクと激しくさせるには充分だった。
死に言われたことも忘れ、死がどんどん乱れていく姿に目を奪われていた。

「んっ……なあ、お前も、早く…」

しかし反対に、死は自分を慰めつつ、月の様子も観察していた。
ずっと見ているだけの月にしびれを切らしたのか、少しだけ睨みつけるように月を見た。
死が怒っていると思った月はハッとなり、激しく鼓動が脈打つ中、恐る恐る右手を伸ばした。死と同じように、人差し指を口に近付ける。

「…死」

「大丈夫……私を気持ちよくさせたいんだろう?…早く」

「……ん」

死は自分の指を引き抜いた。
…すると、少しだけ月の纏う雰囲気が変わった。
目をすっと細め、弄られて ひくひく と喜んでいるはしたない口を見つめる。
死の言葉が図星だったのだ。月は死を気持ちよくさせたかった。
先ほどまでの淫らな死を思い出す。こんなに小さな穴だけで乱れていた死のことを。
月はドクンと大きく心臓が跳ねたと同時に、死の中へとその指を突き入れた。

「あっ…」

死の指よりも太くて長い月の指が中へと入ってきて、その感覚にぞくぞくとした死は背中をしならせる。
すると余計に尻を突き出した体勢となり、まるで「もっと」とねだっているようだ。
現に死の入り口は、奥へ奥へと月の指を美味そうに飲み込んでいる。

「……」

月は指から伝わるあたたかさと締め付けを静かに味わう。
気持ちよさでつい体が逃げてしまいそうになる死を、黒衣装を引っ張って引き止める。
そしてまるで生き物のようにうごめく死の口を見つめながら、月は先ほどの死の真似をして、中に埋め込んでいる指をずるりと引きずり出した。

「んんっ」

その動きに合わせて死が喘ぐ。
ギリギリ抜けないところまで引きずり出した指を、再び埋め込む月。そしてまた引きずり出す。学習したようだ。
ぐちゅぐちゅという音が響く中、時折ぐるりと円を描くように指を動かすというアレンジを加えながら、月は死の中をかき乱す。
死は月の自主性に感心しつつ、しかし心の奥底では物足りなさを感じていた。

本当に欲しいのはこれではない。

「はぁっ…はぁっ…ふ…っ」

ゆらゆらと揺さぶられる中、死はちらりと後ろを振り返る。
月のを見るも……反応はしていない。

「…どうした?」

死がこちらを見ていることに気付いた月は、動かしていた手を止めて首を傾げた。

「……」

一瞬だけ、すぅ…と表情が消える死。
…しかし、またすぐに笑みを浮かべ、口を開いた。

「足りない」

「…?」

「1本だけでは足りない。もっと」

ねだるようにいやらしく腰を揺らす死。貪欲に快楽を求める姿は、淫乱そのものだった。
そんな死を見て、月は腹の中がズクン…と疼く。
だが、それでも月のものは。

「欲しい。なあ。月よ」

まるで子供のようにねだる死。
今の月には、死が本当に欲しいものを与えることはできない。それは死にも分かっていた。
それでも、欲しくて欲しくて堪らない。
死の甘えるような声に誘われた月は、中指も一緒に死の中へと埋め込んでいく。

「んぅっ…」

死はびくびくと体を震わせた。先ほどよりも強い圧迫感に、その淫乱な体は喜ぶ。
さらなる刺激を求め、自ら律動するようにまたもや腰を揺らしはじめた。
その様子をじっと見つめる月。死が咥えている2本の指は、律動に合わせて引っ張られている。
それだとただ入れているだけだ。いいところには擦りもしない。
死は月におねだりするため、後ろを振り返った。

「もう1回 気持ちよくして」

今日の死はなんだかいつもと違う。

「………ん」

月は若干戸惑ったが、それでも大好きな死からのお願いだ。
それに、また乱れていく死が見たい。
そんな欲望が生まれた月は、固定するように空いている方の手で片方の尻を掴んで、中に入れた指を先ほどよりも激しく動かす。

「あ あッ…」

求めていた月からの刺激に、嬌声を上げる死だが

「はぁっ……は……」

最後まで、満たされることはなかった。
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