このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

Kyrie ―哀れみたまえ―

14


「ユエーっいるか?」
 にこやかにドアを開けたテッドの目の前を、見慣れた金髪が駆け抜けていった。
「・・・・・・あれ?」
 今度は紺色のメイド服のお姉さんである。
「・・・・・・?」
 ついに、出会ってこの方、慌てるところなど見たこともない執事までが走り去った後姿を呆然とみつめ、テッドはなにやら異常事態が起きているのを悟った。



「あれ?テッド」
 3人のメイドに囲まれて窮屈そうな服を着付けられている月がテッドに気づいてにこっと笑った。
 彼の名誉のために言っておくが、月は自分で服を着られる。
「おはよう。なんだか今日はばたばたしてんな」
「うん。今日は大切なお客様がいらっしゃるんだよ。だから大慌てなんだ」
 つややかな光沢のある生成りの絹で作られた礼装がほこりひとつにまで気を払われながら着付けられていく。
 身体の線に沿ったくるぶしまであるパオと呼ばれる上衣が月の動きにつられて揺らめく。
 腰の近くまで入ったスリットから除くズボンは紺色で。
 上位と相まって夜空と月のように見えた。
 着付けを終わらせて一礼して辞去するメイドにねぎらいの言葉をかけて振り向いた彼の姿にテッドは苦笑した。
 見事にかたっくるしく着飾らされて。
「客?昨日なんも言ってなかったじゃないか」
「急に決まったんだよ」
 だから今日はでかけられない、ごめん、と言われて肩をすくめる。
「いいぜ。それより、その人って一日いるのか?」
「うん。…夕食も食べていかれると思うよ。テッドも同席してくれる?」
 月の言葉に心臓が飛び上がった。
「冗談!俺は作法とかぜんっぜんわかんねえぞ!?」
 貴族同士の会食なんてごめんである。
「だいじょうぶ。普段どおりだから。ただ…クレオとパーンとグレミオは同席できないからさ」
「…そんな夕食やだ・・・」
 しくしくと泣きまねをしても、獲物に狙いを定めた月の心は動かない…なーんてね。
「いいぜ。心細いんだろう」
「冗談」
 冗談めかして言った言葉ににこっと笑う月の手が俺の服をつかんだ。
「心細くはないよ。ただ…いてもらったらうれしいなって」
「―――それを心細いっていうんだよ!」
 わかったか!といつもの調子で頭を抱え込んで髪をぐしゃぐしゃっと両手でかき混ぜた瞬間、盛大な悲鳴があがった。
「テッドくん!なんてことを!!」
「きゃああああ!!せっかく整えた御髪がっっ」
 思わず腕の中の顔を覗き込んだ。
「・・・・・・・・ごめん」
 返事は…重たいため息だった。



「テッド君」
 月の部屋から追い出されて行く当てもなくうろついていたテッドに見慣れた女戦士が手招きをした。
「クレオさん!」
「おはよう。今坊っちゃんからお聞きしたんだけれど、君もお客様と同席するんだって?」
「あ~…心細い親友に頼まれちゃいましたから~」
「そう」
 いつものとおりやさしい笑顔だった。
 ―――だまされた。



 
 どこから出してきたのか、明るい水色のきちんとした絹地の服を着せられて、髪にべったりと変なクリームを塗られて整えられて、テッドは玄関で客を迎える月の隣にいた。
「…なんで俺はここにいるんだろう…」
「僕の親友だから」
 ぴくりとも動かない笑顔でさらりと言ってのける月の足を踏んづけてやりたい気分になったが、グレミオさんの目がきらりとひかったのであきらめた。
「いらしたぞ」
 テオさまと月が並んで待つ場所に明らかに質素な一台の馬車が止まった。
 …んが。
 御者はやたら洗練されてるし、馬はもう…すばらしく上等だし、馬車も小さくて素材が質素なのに入り口がやたらでかい。
 どこからどうみても、すばらしく偉い人のお忍び専用っと看板を下げているような馬車だった。
「お待ち申し上げておりました」
 深々と頭を下げるテオさまに、同時に月とその場にいた人たちが頭を下げる。
 …って下げてないの俺だけ!?と、慌てて頭を下げた。
「急ですまぬな、テオ」
「いいえ」
 ゆったりと降りてきた壮年の男が笑う。
 どっしりとした、太い笑い声だった。
「息災だったか?」
 声を向けられて、傍らにあった熱が微かにゆれた。
「はい」
 緊張しきった声が応えを返す。
「そうか」
 ちらっと上目遣いで伺ったその顔は、ひどく優しそうだった。
 流された髪。蓄えられた髭。
 服装こそ貴族のもの。
 けれど、これは。
 無気力と、不穏な空気が彼を取り巻いていた。
「…彼は?」
「はい。私の友人です。テッド」
 名前を呼ばれてようやく顔を上げた。
 あー腰いてえ。
「テッド、です」
 なんて言っていいのかわからなくてとりあえずぶっきらぼうに言ってみる。
「私が引き取った戦災孤児です。ユエと良い友人になってくれました」
「そうか」
 笑った男が羽織っていたコートを執事に預けて。
 ようやく俺たちは家の中に戻ることが出来た。


 

 一番上等な客を迎えるためのサロンに通された男が上座にどっかと腰を下ろす。
 その隣にテオさま。そして反対側の3人がけのカウチに月が座り、俺はその隣に座らされた。
 グレミオさんや執事さんに恭しく給仕されるなんて経験がない俺はとてつもなく居心地が悪い。
 そんな俺をよそに3人は朗らかに会話を続けていた。
 …こういう時、俺とこいつの身分の差をひしひしと感じるよなぁ…。
 しかし、漏れ聞こえてくる会話がいまいちつかめない。
「それでは…」
「そうだ。あの地方は接収せねばならぬ」
 テオ様と客の間の会話を月と一緒にすわって聞くしかできない。
「ところで…テオ」
「は」
 客人の目がちらりと月をとらえる。
 それにつられるように、テオ様がこちらを見た。
「…計画を、少し早めたい」
 その瞬間にサロンに走った緊張感は、戦場のものかと思うほどだった。
「すまぬな…テオ……」




 ダイニングでの夕食を終え、客人はまた馬車に揺られて帰っていった。
「あれが皇帝か」
「そう。…よくわかったね」
 月が目を見張る。
「あのな。わかりやすすぎ」
 上等な馬車。
 それにテオさまと月の態度。
 見事なぐらいに自分より格上ですってかんじだった。
「そう…?たぶん近隣の貴族は気づいてないよ」
「…そうか」
 にぶいな・・・・・
「俺の知ってる王様って半ズボンにアロハシャツでやりもってサンダルで走ってるおっさんぐらいだもんなあ」
 いやあ。アレは衝撃だった。
 王様=着飾ってるの概念打ち壊された。
「・・・・・・・・・なにそれ」
 目をぱちくりしてる月がまたいつもの冗談か、と判断したらしく。
 興味を失ったように背を向けた。
 今日のユエは、いつもと違った。
 いつもの、まだ未発達だけれどそれでも周囲を惹きつける、強い気配が、どこかぼやけている。
「なんかさ、お前とあの人…すっげえぎこちなかったな」
「・・・・・・そう」
「…生き別れの親子みたいだった」
「・・・・・そうだよ」
 一瞬、何をいわれたのかわからなかった。
「なに言ってんだ?ユエの親父さんはテオさまだろうが」
 笑ってそういった俺に、ユエはにこりともしなかった。
 思いつめたような、翳った瞳が、じっと床の一点に向けられている。
「おい?どうしたんだよ・・・・・・ユエ?」
 親子じゃない…とかないよな?
 だったらテオさまがあの時おれに見せた顔が納得行かない。
 今までおれが出会ってきた父親と同じ顔をしていたんだ。
「・・・・・・僕の、母は…父と恋愛結婚だった」
 突然始まった話に、おれは目を白黒させた。
 どう考えたって、今の話とは関係ないのに…
「ユエ…?」
「母は…」
 その声に思わず息を呑んでいた。
「母は…皇帝陛下の、同母妹だった……」



 それから、ユエはぽつりぽつり、と話し始めた。
 テオさまと、奥さんの出会い…結婚。そして、その死…。
 押し付けられた、低い皇位継承権。
 そして…継承戦争。
 皇妃クラウディアの死。


 いろいろなことに納得がいった。
 学んでいる内容。
 教養。
 やってくる教師たち。
 あれは、皇帝になる教育だった。
 


「継承権がある男子は…陛下に味方した継承権を持つ男子は…僕だけだった……」
 だから、ある日、望まれたのだ、と。
 皇帝バルバロッサの継嗣に。
 そして養子縁組の手続きが進められている。
「だから…僕は、マクドールの…テオの息子ではなく…皇帝バルバロッサ・ルーグナーの息子なんだよ」
 生き別れ、ではないけれど。
 確かに親子なのだ、とそう言うユエの目は、なぜかおれを見ようとはしない。
 いつだって、話す相手を見つめていたユエが。
「ユエ、こっちみろよ」
 おい、と肩にかけた手が振り払われる。
 宙で手が、行き場所を失った。
 おれは、振り払われたことのほうにショックをうけた。
 もう一回手を伸ばせばいいだけのことなのに。
 今のユエをほっといていいわけがない。
 なのに。
「ごめん…でも……一人に、してほしい」
「できるかよ」
 反射的に、そう答えていた。
 一人ぼっちにして、こいつはどうなるんだ?
 なにをするんだ?
 そしてまた、こんな顔をしていたことなんてかけらもない笑顔でみんなの前に出てくるんだ。
「そんな顔してるお前を置いて、いけるかよ」
 恐る恐る、手を伸ばす。
 今度は振り払われなかった。
 そのことにほっとしているおれがいて。
 ごまかすように、ユエの頭をひきよせた。
「なにが、そんなに悲しいんだ?」
「…・・・いえない」
「親友のおれにも?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 迷うように唇を開いて、引き結んで、を繰り返して、ようやく、ユエの目がおれをみた。
 頼りないぐらい、ゆれてる目。
 おれには、今にも泣き出しそうに見えた。
「僕は、父上にとって…いらない子どもなのかもしれない…」
 おれは、瞬間的に噴出していた。
「笑うな!!」
 泣きそうな顔で怒鳴られても、笑いが止まらない。
 だって、この家を見れば、あのときのテオさまを見れば、誰だってわかる。
 グレミオさん、クレオさん、パーンさん…それに、執事さんやメイドさんたち。
 それに、俺。
 みんながユエが気持ちよく過ごせるように、なんの過不足もなく、物だけでなく、心まで豊かに、穏やかに過ごせるように整えられた家。
 あいつの友として、母代わりとして、姉として、兄として、あいつの身近になれる存在をすぐ側において。
 全部がユエのために集められているのに。
 あんなにも幸せそうな顔でお前のことを語るのに。
 いらない、なんてことありえない。
 本当に皇帝の子供を預かっているというだけなら、ここまで細やかな愛情は注がない。
「ありえないって。テオさま、ほんとにお前のこと大事におもってるし」
「……でも…」
「ばっか!胸張ってろよ。今のお前はテオさまの息子なんだから。自信もって僕の父ですって言っておけばいいんだよ」
 そう言って背中をたたいたのに。
 ユエは小さく首を振った。
「できないよ・・・・・・」




「だってね、テッド・・・・・・」





――――――父上は、僕のことを「息子」って、呼んでくれたことは、養子になって以来一度もないんだ………


14/15ページ
スキ