Credo ―我は信ず―
10.
ルルノイエに雪が降った。
いつもの光景だ。ここからしばらくは白い景色に国全体が閉ざされる。
それが珍しいのか。
ぼんやりと外を座り込んで眺めているだけの子どもにルカはいらだたしげに目を細めた。
出かける前と帰ってきてから。まったく動いていない。
座っている位置も姿勢も全部同じ。
この前は少し話をしたが。
それもぼんやりしているところに話しかけただけで、話を聞いているのだか聞いていないだかわからない反応だった。
いるのはいつもルカの部屋の、窓のそば。
外の景色が眺められるその場所でただじっと床に膝を抱えて座り込んでいる。
おおよそそれ以外の姿勢を見たことがない。
身分は妾妃と発表した。
身分も名前もないものがいつまでも皇城にいられるわけもない。
父にも同じことを告げた。
貴族の豚どもはなにやらニヤニヤしていたが、抱えていったのがあからさまに子どもであることと、男だと告げたことでそれなりにおとなしくしている。
もっとも、それ以来部屋から出したことも顔を見させたこともないが。
名前は豚だと言ったらさすがにとソロンとクレメンスが適当につけた。
なんとつけたか知らぬが。
「付き合え」
ひょい、とその腕に抱えあげた。
逆らわずに首に回る細い腕にほっとする。
二の腕に座わらせるように抱き上げて、外套でくるみ込むように抱きしめた。
漆黒の厚い外套は、ルカと一緒に小さな身体を包み込む。
触るたびに思うが、この体のどこにあれほどの膂力が隠されているのか。
馬に乗せて、城を離れる。
15分も走らせただろうか。
どうせどこまで行っても、白い景色しかない。
「…どうして?」
ぽつり、と言葉が返ってきたのは、ずいぶんとたってからだった。
「よく、冬になるとここにくる」
雪原の端。遠くに皇城が見える。
だが、目の前には何もない。ただ雪があるだけだ。
馬から降りることもなく、ただ見つめる場所。
「何もないのが、気に入ってる」
一面が純白に覆われて。
白一色の世界が広がる。
音すらも雪に飲み込まれ。
空気も凍り付き。
しん、とした静けさの中、あるのは雪と、空と、風だけだ。
だが、その景色が、落ち着くと思うようになったのはいつからだろう。
「泣きたいときは、ここにきた」
驚いたように、黄色の目がルカを映した。
フクロウみたいな目だと思う。
「泣く…?」
「昔はな」
泣いたところで何一つ解決しないのに。
何も変わらないのに。
泣いていたあの頃。
「クレメンスもソロンも知っている。…だから、ついてくるかと、言わなかった」
長い間、側に仕える二人だからこそ。
この季節になると、黙ってルカを行かせる。
帯剣すらしないで、ただ衣服に外套をまとう皇子を。
「どうして?」
僕を連れてきた?
言葉の裏の問いに微かに、笑う。
「わからない」
なぜ、彼をここにつれてくる気になったのか。
今まで、誰一人ここにつれてこようとは思わなかった。
「だが、お前を連れてきたいと思った」
ずいぶんたってから、泣かないの、とつぶやくように言った。
「―――泣かない」
もう、たくさんだ。
しばらく、だまって雪原を見つめていた。
不思議だ。
不思議と、邪魔をしない。
存在がないからか、一人でしか来ないこの空間に、この少年がいることが、自然に思えた。
「………戻るか」
そう独り言ちて、馬を操ろうとしたとき、名を呼ばれた。
「…ルカ」
「なんだ」
「…ここに、いてもいい?」
初めてこの少年が口にした願い。
「いればよい。役割を果たすなら」
すでに果たさせているが。
「…いいの?ひょっとしたら…死神に魅入られたのかもしれないよ?」
黙り込んで。
お互いの真意を探ったのは一瞬。
ルカは、大口を開けて笑い出した。
「それこそわが望みだ!」
ルルノイエに雪が降った。
いつもの光景だ。ここからしばらくは白い景色に国全体が閉ざされる。
それが珍しいのか。
ぼんやりと外を座り込んで眺めているだけの子どもにルカはいらだたしげに目を細めた。
出かける前と帰ってきてから。まったく動いていない。
座っている位置も姿勢も全部同じ。
この前は少し話をしたが。
それもぼんやりしているところに話しかけただけで、話を聞いているのだか聞いていないだかわからない反応だった。
いるのはいつもルカの部屋の、窓のそば。
外の景色が眺められるその場所でただじっと床に膝を抱えて座り込んでいる。
おおよそそれ以外の姿勢を見たことがない。
身分は妾妃と発表した。
身分も名前もないものがいつまでも皇城にいられるわけもない。
父にも同じことを告げた。
貴族の豚どもはなにやらニヤニヤしていたが、抱えていったのがあからさまに子どもであることと、男だと告げたことでそれなりにおとなしくしている。
もっとも、それ以来部屋から出したことも顔を見させたこともないが。
名前は豚だと言ったらさすがにとソロンとクレメンスが適当につけた。
なんとつけたか知らぬが。
「付き合え」
ひょい、とその腕に抱えあげた。
逆らわずに首に回る細い腕にほっとする。
二の腕に座わらせるように抱き上げて、外套でくるみ込むように抱きしめた。
漆黒の厚い外套は、ルカと一緒に小さな身体を包み込む。
触るたびに思うが、この体のどこにあれほどの膂力が隠されているのか。
馬に乗せて、城を離れる。
15分も走らせただろうか。
どうせどこまで行っても、白い景色しかない。
「…どうして?」
ぽつり、と言葉が返ってきたのは、ずいぶんとたってからだった。
「よく、冬になるとここにくる」
雪原の端。遠くに皇城が見える。
だが、目の前には何もない。ただ雪があるだけだ。
馬から降りることもなく、ただ見つめる場所。
「何もないのが、気に入ってる」
一面が純白に覆われて。
白一色の世界が広がる。
音すらも雪に飲み込まれ。
空気も凍り付き。
しん、とした静けさの中、あるのは雪と、空と、風だけだ。
だが、その景色が、落ち着くと思うようになったのはいつからだろう。
「泣きたいときは、ここにきた」
驚いたように、黄色の目がルカを映した。
フクロウみたいな目だと思う。
「泣く…?」
「昔はな」
泣いたところで何一つ解決しないのに。
何も変わらないのに。
泣いていたあの頃。
「クレメンスもソロンも知っている。…だから、ついてくるかと、言わなかった」
長い間、側に仕える二人だからこそ。
この季節になると、黙ってルカを行かせる。
帯剣すらしないで、ただ衣服に外套をまとう皇子を。
「どうして?」
僕を連れてきた?
言葉の裏の問いに微かに、笑う。
「わからない」
なぜ、彼をここにつれてくる気になったのか。
今まで、誰一人ここにつれてこようとは思わなかった。
「だが、お前を連れてきたいと思った」
ずいぶんたってから、泣かないの、とつぶやくように言った。
「―――泣かない」
もう、たくさんだ。
しばらく、だまって雪原を見つめていた。
不思議だ。
不思議と、邪魔をしない。
存在がないからか、一人でしか来ないこの空間に、この少年がいることが、自然に思えた。
「………戻るか」
そう独り言ちて、馬を操ろうとしたとき、名を呼ばれた。
「…ルカ」
「なんだ」
「…ここに、いてもいい?」
初めてこの少年が口にした願い。
「いればよい。役割を果たすなら」
すでに果たさせているが。
「…いいの?ひょっとしたら…死神に魅入られたのかもしれないよ?」
黙り込んで。
お互いの真意を探ったのは一瞬。
ルカは、大口を開けて笑い出した。
「それこそわが望みだ!」