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Credo ―我は信ず―

9.



 身分は赤月帝国の貴族の息子。
 名前はあかせない。
 年は15、とそれだけをクレメンスに告げた。

 間違ってはいないし、深く語ることを回避する身分なことも間違いないので、それでなんとなくごまかされたようだ。

 ルカ皇子の状況はだいぶ前から聞いていた。
 ハルモニア神聖国に留学していた時、仲良くしていたラトキエ家のナッシュがが最近までこの周辺の状況を手紙にしてくれていた。
 もちろん、検閲に合うのでそれとなくだったり、貴族間で使われる隠語だったりを駆使しての話だ。
 襲われた皇妃と皇子。助けなかった皇帝。そして身ごもった姫を生んで皇妃が死んだこと。
 その姫は皇女として認められたこと。
 襲った犯人がいまだわからぬこと。

 まあ、おおよそ検討はついているのだろうし、こちらも仮説はある。
 だが、それも首を突っ込む話ではない。
 
 今のユエの状況は謎だらけだ。
 なぜかルカ皇子に拾われて、ルルノイエに滞在しているが、何の目的もやることもなく。
 かといってトランに戻る気持ちも今は起きず。
 どうしてここにいるのかすら把握できない状況でとりあえず現状を見ているだけだから。
 滅ぼすのも悪くないとは思ったけれど。
 別に積極的に滅ぼしに行きたいわけでもない。
 そうなるならそれでもくらいの思いでしかない。


「家にいたような気がするんだよなあ……」
 戦争が終わって以来、後始末に建国準備に忙しすぎて、慌ただしい日々を過ごしていた。
 最後の記憶ももう曖昧で。
 リュウカンに食べて休め、と怒られたことと。
 アレンとグレンシールが日々送り迎えをしてくれていること。
 そして、少しずつ建て直している城の修理にめどが立ったことくらいか。
 やっと一時的な政府になっていたマクドール邸から文官が城に行って、自分の家にもどったな~使用人のみんなにもねぎらいをとか思っていたのは覚えている。
 それ以外は、あの戦いが終わって以来ひどく曖昧で、記憶が遠い。

「ビッキーか…ルック…?」
 恐ろしいほど何も持っていない状況を考えると、どっちかに飛ばされたのかと首をかしげるばかりである。
 身に着けていたはずのインタリオ。
 肌身離さなかった棍。
 トレードマークになっていた服やバンダナ…は、家に帰ってから改めたが。
 財布の果てすらもたずに、なにをどうしてここにいるのか。
 謎でしかない。

 そして、なによりも。
 なぜか帰ろうとか帰らなきゃという気にならないのだ。
 やることは山積みなはずで。
 自分がまだ手を放すとかそういう段階ですらなかった。
 なのに、その思考がすとんと抜け落ちてしまっている。
「困ったな…」
 何をしたいともなく。なにかをすることもなく。
 とりあえず、クレメンスが入れてくれた紅茶を飲むくらいしかやることがない。やれることも、ない。

「ハルモニア…にでも行く…?」
 そんなつぶやきが聞こえたのだろうか、部屋に入ってきたクレメンスが驚いた顔をした。
「ハルモニアにお知り合いが?」
「いなくはない…ラトキエ家に幼いころ世話になっていたので」
「ラトキエ家…」
 民衆派の、とつぶやくクレメンスはそれなりに把握はしているらしい。
「連絡をいたしましょうか?」
 少し考えて、首をふった。
「いや、今来られても困るでしょう」
 身分を証明できるものなど何も持っていない。しかも、相手は情報は揃えているだろう。あの国には組合がある。
 クレメンスは故郷に家族はいないと思っているだろう。実際いない。
「俺の近習にでもなるか」
 そんなことを言ったのは、クレメンスに続いて入ってきたルカで。
「やることもないのだろう。役職につけてもいいが、使えるならな」
「いや、まったく求めてない」
 むしろやることはなくていい。
「何も果たさないものを養う義理はない」
 それはそうだ。
 王城にある以上、すべては血税だ。
「………妾でもやるか」
「………………………は?」
 人生で初めて提案された。
 将軍の跡取り、皇帝の跡取り、解放軍のリーダー、軍師、踊り子、外交官、賭博師、船乗り、鍛冶師、まあ、おおよそいろいろなものに勧誘されてきたが。
「妾‥・・・・・・は初めてだな」
「何もやりたくないのだろう」
「僕は男だよ?」
「知っている。子ができぬから毒殺もされない。ちょうどよい」
 クレメンスをちらりと見ると、肩をすくめるところからしてこれまでに何人か毒殺や謀殺がされているのだろう。
 しかし…
「男相手の閨教育は……受けてないよ…?」
 何をするのだろう。
 やや、途方に暮れる、ユエだった。
 
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