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Credo ―我は信ず―




 何があったのか。
 よく、わからなかった。
 気がついたら、男が、笑っていた。
 笑って、いた。
 手に、剣を握って。
 それを振り下ろそうとしたユエの前で、笑っていた。



 なぜ、と思った。
 どうして、この男は殺されようとしているのに、笑っているのか、と。
 だから、聞いた。
 お前は、誰だ、と。



「殺戮者」
 


 ぽつん、と呟いた言葉が、広い部屋に反響した。 
 

 自らを殺戮者、と名乗った。
 

 殺戮・・・・・・


 重い言葉を、平然と吐く男が、よく、わからなかった。




 殺戮者、というのなら…もっとふさわしいものがいるのに。

 そう。
 全てを殺すものが・・・死を呼び寄せる紋章が・・・・・・


 

 疼く感触に、右手を見下ろす。
 呪わしい、紋章。
 この、呪わしい力。
 けれど、託された、力。
 テッドを不幸にした力。
 テッドに託された力。
 父上を、オデッサさんを、グレミオを死なせた力。
 彼らを糧として付与された力。
 ぐるぐると、顔が回る。
 この力で失ったもの、得たもの、消えたもの、傷つけたもの、全て――― 
 たまらなくなった。
 ぜんぶ、こいつのせいだ。
 こいつの・・・!
 

 気がついたら、手が、血まみれだった。
 左手に握ったペーパーナイフが、右手に突き刺さっていた。
 鈍く光る刃が手のひらから生えているのが不思議だ。
 なぜ生えているんだろう。こんなものが。
 刺したからだ。自分で、自分を。
「は・・・」
 無性に、笑いたくなった。
 なにかを、笑いたかった。
「あはははは・・・・・・」
 ざまあみろ、と思った。
 お前なんか消えてしまえ。
 消えてしまえ・・・!
 そのまま、右手を机に打ち付ける。
 何度も、何度も。
 顔に、ぴしゃり、となにかがとんだ。
 


 血だった。



 不意に、力が抜けた。
 ばかばかしくなった。
 なにをやっているのか、わからなくなった。
 座り込んだら、投げ出した手が、血をあふれさせているのが見えた。
 ささったナイフが、こっけいだった。


 

 ふと、気配を感じて扉を見た。
 いつからいたのか。
 男が、扉によりかかっていた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 あの男だ、と思った。
 それだけだった。



 
 ため息をついた男が近づいてきて、床に座り込んだユエの前に膝をついた。
「貸せ」
 首を傾げた。
 なにを?
 何を貸せと言われている?
 舌打ちをして、男が右手を持ち上げた。 
 右手を返し、傷を眺めて顔をしかめている。
 水盆と、水差しが目の前に置かれた。


「抜くぞ」
 

 ずっと、手の中で何かが動いていったのがわかった。
 ずるずると、刃が抜けていく。
 身体の中を這う感触に顔をしかめる。
 気持ち悪い。
 ちぎれた皮膚をこすっていくのも、不愉快だった。
 カシャン、と音がして、抜け落ちたペーパーナイフが水盆に転がった。
 なぜか、ぽっかり穴が開いたような気がした。
 すーすーと、風が手の真ん中を通り抜けるのが、不思議な感じだった。
 傷口が、水で丁寧に清められる。
 透明な水が、赤くにごった液体を洗い流していくのが、綺麗だと思った。
 

 傷口を抑えながら、男が口の中で何かをつぶやいた。
 流れ出ていた血が止まった。
 不意に、痛みを感じた。
 カッと傷口が熱くなる。
 熱い熱い熱い。


「ちょっと待ってろ」


 立ち上がった男が、引き出しから箱を取り出して広げる。
 ガーゼ、包帯、軟膏…。
 軟膏をぬったガーゼで包まれた手に大きな手が、驚くほど優しい手つきで、包帯をまきつけていく。
 
 
 どれぐらい黙っていただろう。
 男が、ぽつり、と言った。


「満足か?」
「・・・・・・・・・・・・」
 丁寧に巻かれていく包帯を、ただぼんやりと眺めていた。
 すこしずつ、すこしずつ。
 傷口が・・・あの紋章のあったところが覆われていく。
 すっかり覆われた右手を、そっと包んで…優しいぬくもりが離れた。




 手が、熱い。
 傷口が、じくじくと痛みをうったえていた。




「・・・・・・痛い」

「痛いだろうな」
 



 なぜか、目が熱かった。
 手と同じぐらい、目が熱かった。
「痛い・・・・・・」
 ぐっと、手を抱きしめる。
 

「ごめん・・・ごめんなさい・・・・・・・」
 

 ただ、それだけ繰り返していた。
 それしか言葉が出てこなかった。



 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 
 
 
 死なせてしまって。



 ごめんなさい。


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