Credo ―我は信ず―
7
何があったのか。
よく、わからなかった。
気がついたら、男が、笑っていた。
笑って、いた。
手に、剣を握って。
それを振り下ろそうとしたユエの前で、笑っていた。
なぜ、と思った。
どうして、この男は殺されようとしているのに、笑っているのか、と。
だから、聞いた。
お前は、誰だ、と。
「殺戮者」
ぽつん、と呟いた言葉が、広い部屋に反響した。
自らを殺戮者、と名乗った。
殺戮・・・・・・
重い言葉を、平然と吐く男が、よく、わからなかった。
殺戮者、というのなら…もっとふさわしいものがいるのに。
そう。
全てを殺すものが・・・死を呼び寄せる紋章が・・・・・・
疼く感触に、右手を見下ろす。
呪わしい、紋章。
この、呪わしい力。
けれど、託された、力。
テッドを不幸にした力。
テッドに託された力。
父上を、オデッサさんを、グレミオを死なせた力。
彼らを糧として付与された力。
ぐるぐると、顔が回る。
この力で失ったもの、得たもの、消えたもの、傷つけたもの、全て―――
たまらなくなった。
ぜんぶ、こいつのせいだ。
こいつの・・・!
気がついたら、手が、血まみれだった。
左手に握ったペーパーナイフが、右手に突き刺さっていた。
鈍く光る刃が手のひらから生えているのが不思議だ。
なぜ生えているんだろう。こんなものが。
刺したからだ。自分で、自分を。
「は・・・」
無性に、笑いたくなった。
なにかを、笑いたかった。
「あはははは・・・・・・」
ざまあみろ、と思った。
お前なんか消えてしまえ。
消えてしまえ・・・!
そのまま、右手を机に打ち付ける。
何度も、何度も。
顔に、ぴしゃり、となにかがとんだ。
血だった。
不意に、力が抜けた。
ばかばかしくなった。
なにをやっているのか、わからなくなった。
座り込んだら、投げ出した手が、血をあふれさせているのが見えた。
ささったナイフが、こっけいだった。
ふと、気配を感じて扉を見た。
いつからいたのか。
男が、扉によりかかっていた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
あの男だ、と思った。
それだけだった。
ため息をついた男が近づいてきて、床に座り込んだユエの前に膝をついた。
「貸せ」
首を傾げた。
なにを?
何を貸せと言われている?
舌打ちをして、男が右手を持ち上げた。
右手を返し、傷を眺めて顔をしかめている。
水盆と、水差しが目の前に置かれた。
「抜くぞ」
ずっと、手の中で何かが動いていったのがわかった。
ずるずると、刃が抜けていく。
身体の中を這う感触に顔をしかめる。
気持ち悪い。
ちぎれた皮膚をこすっていくのも、不愉快だった。
カシャン、と音がして、抜け落ちたペーパーナイフが水盆に転がった。
なぜか、ぽっかり穴が開いたような気がした。
すーすーと、風が手の真ん中を通り抜けるのが、不思議な感じだった。
傷口が、水で丁寧に清められる。
透明な水が、赤くにごった液体を洗い流していくのが、綺麗だと思った。
傷口を抑えながら、男が口の中で何かをつぶやいた。
流れ出ていた血が止まった。
不意に、痛みを感じた。
カッと傷口が熱くなる。
熱い熱い熱い。
「ちょっと待ってろ」
立ち上がった男が、引き出しから箱を取り出して広げる。
ガーゼ、包帯、軟膏…。
軟膏をぬったガーゼで包まれた手に大きな手が、驚くほど優しい手つきで、包帯をまきつけていく。
どれぐらい黙っていただろう。
男が、ぽつり、と言った。
「満足か?」
「・・・・・・・・・・・・」
丁寧に巻かれていく包帯を、ただぼんやりと眺めていた。
すこしずつ、すこしずつ。
傷口が・・・あの紋章のあったところが覆われていく。
すっかり覆われた右手を、そっと包んで…優しいぬくもりが離れた。
手が、熱い。
傷口が、じくじくと痛みをうったえていた。
「・・・・・・痛い」
「痛いだろうな」
なぜか、目が熱かった。
手と同じぐらい、目が熱かった。
「痛い・・・・・・」
ぐっと、手を抱きしめる。
「ごめん・・・ごめんなさい・・・・・・・」
ただ、それだけ繰り返していた。
それしか言葉が出てこなかった。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
死なせてしまって。
ごめんなさい。
何があったのか。
よく、わからなかった。
気がついたら、男が、笑っていた。
笑って、いた。
手に、剣を握って。
それを振り下ろそうとしたユエの前で、笑っていた。
なぜ、と思った。
どうして、この男は殺されようとしているのに、笑っているのか、と。
だから、聞いた。
お前は、誰だ、と。
「殺戮者」
ぽつん、と呟いた言葉が、広い部屋に反響した。
自らを殺戮者、と名乗った。
殺戮・・・・・・
重い言葉を、平然と吐く男が、よく、わからなかった。
殺戮者、というのなら…もっとふさわしいものがいるのに。
そう。
全てを殺すものが・・・死を呼び寄せる紋章が・・・・・・
疼く感触に、右手を見下ろす。
呪わしい、紋章。
この、呪わしい力。
けれど、託された、力。
テッドを不幸にした力。
テッドに託された力。
父上を、オデッサさんを、グレミオを死なせた力。
彼らを糧として付与された力。
ぐるぐると、顔が回る。
この力で失ったもの、得たもの、消えたもの、傷つけたもの、全て―――
たまらなくなった。
ぜんぶ、こいつのせいだ。
こいつの・・・!
気がついたら、手が、血まみれだった。
左手に握ったペーパーナイフが、右手に突き刺さっていた。
鈍く光る刃が手のひらから生えているのが不思議だ。
なぜ生えているんだろう。こんなものが。
刺したからだ。自分で、自分を。
「は・・・」
無性に、笑いたくなった。
なにかを、笑いたかった。
「あはははは・・・・・・」
ざまあみろ、と思った。
お前なんか消えてしまえ。
消えてしまえ・・・!
そのまま、右手を机に打ち付ける。
何度も、何度も。
顔に、ぴしゃり、となにかがとんだ。
血だった。
不意に、力が抜けた。
ばかばかしくなった。
なにをやっているのか、わからなくなった。
座り込んだら、投げ出した手が、血をあふれさせているのが見えた。
ささったナイフが、こっけいだった。
ふと、気配を感じて扉を見た。
いつからいたのか。
男が、扉によりかかっていた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
あの男だ、と思った。
それだけだった。
ため息をついた男が近づいてきて、床に座り込んだユエの前に膝をついた。
「貸せ」
首を傾げた。
なにを?
何を貸せと言われている?
舌打ちをして、男が右手を持ち上げた。
右手を返し、傷を眺めて顔をしかめている。
水盆と、水差しが目の前に置かれた。
「抜くぞ」
ずっと、手の中で何かが動いていったのがわかった。
ずるずると、刃が抜けていく。
身体の中を這う感触に顔をしかめる。
気持ち悪い。
ちぎれた皮膚をこすっていくのも、不愉快だった。
カシャン、と音がして、抜け落ちたペーパーナイフが水盆に転がった。
なぜか、ぽっかり穴が開いたような気がした。
すーすーと、風が手の真ん中を通り抜けるのが、不思議な感じだった。
傷口が、水で丁寧に清められる。
透明な水が、赤くにごった液体を洗い流していくのが、綺麗だと思った。
傷口を抑えながら、男が口の中で何かをつぶやいた。
流れ出ていた血が止まった。
不意に、痛みを感じた。
カッと傷口が熱くなる。
熱い熱い熱い。
「ちょっと待ってろ」
立ち上がった男が、引き出しから箱を取り出して広げる。
ガーゼ、包帯、軟膏…。
軟膏をぬったガーゼで包まれた手に大きな手が、驚くほど優しい手つきで、包帯をまきつけていく。
どれぐらい黙っていただろう。
男が、ぽつり、と言った。
「満足か?」
「・・・・・・・・・・・・」
丁寧に巻かれていく包帯を、ただぼんやりと眺めていた。
すこしずつ、すこしずつ。
傷口が・・・あの紋章のあったところが覆われていく。
すっかり覆われた右手を、そっと包んで…優しいぬくもりが離れた。
手が、熱い。
傷口が、じくじくと痛みをうったえていた。
「・・・・・・痛い」
「痛いだろうな」
なぜか、目が熱かった。
手と同じぐらい、目が熱かった。
「痛い・・・・・・」
ぐっと、手を抱きしめる。
「ごめん・・・ごめんなさい・・・・・・・」
ただ、それだけ繰り返していた。
それしか言葉が出てこなかった。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
死なせてしまって。
ごめんなさい。