このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

Credo ―我は信ず―




「さあ、好きなものを取れ」
 
 広い訓練場に、月光が細く差し込んでいた。
 その中で、狂気の皇子が笑う。

「お前の好きなものを選ぶがいい」
 けれど、少年はぴくりとも動かなかった。
 ルカの眉間にくっきりとしわが寄る。
「お前が選ばないのならこっちで選ぶぞ」
 ルカの投げた剣が、重い音を立てて床に落ちた。
 くるくると回って床をすべり、少年の足元で止まる。 


 けれど、少年が身動き一つすることはない。


「どうした…あの日は軽々と俺を翻弄したというのに」



 その空ろな視線を宙にさまよわせたまま、少年はその場にただ、立ち尽くしていた。



 ただ、待ち続けるルカがあきらめようと息を吐き出したとき、背後から小さな声が聞こえた。



「人の・・・」






「なに?」






 少年と出会ってから、初めて発せられた声だった。





「人の命を・・・なぜ・・・・・・?」





 生命の輝きを宿さない目が、ルカを捕らえる。



 その瞬間、その深遠な瞳に引きずり込まれるような錯覚にとらわれた。





「奪うのは、楽しいの・・・?」




 問い掛ける少年の瞳のあまりの静けさにルカが息を呑む。

 底の見えない、暗い茶色の瞳。作り物めいた、ガラスのようなその色。

 この、湖面のような静けさをたたえる少年に少なからず畏怖を抱いたのである。





「貴様は・・・誰、だ・・・・・・?」
 畏怖でもなく、恐怖でもなく、ただ、全てを貫くようにまっすぐな視線。


 

「………………………」





「答えろ」





 目の前に突きつけられた剣の輝きにも眉ひとつひそめることなく、少年は黙ってルカの目をまっすぐに見つめた。






「ルカ様!」


 クレメンスの悲鳴にも似た声が聞こえた。




 それは一瞬。振り下ろされた剣にひらりと舞った華奢な身体。




 視界からその姿が消えた。




「・・・・・なっ」





 気配を感じて振り返ったときには遅かった。
 床に落ちたはずの剣がルカの首を狙っていた。
 高い跳躍力――はるかに長身のルカの頭上にかかるほどに。
「くっ」
 かろうじて防いだ一撃はその小さな身体から繰り出されるものとは思えないほどに強い。
「・・・・・・・・・っ」
 返す刀の第2撃・・・
 身の軽さを生かしたすばやさと、すばやさゆえの破壊力・・・・・・
 とんでもない使い手だった。
 ルカより、一枚も二枚も上手。
 それも・・・ほぼ、確実に。
(こいつの得意とする武器は剣ではない・・・!)
 握り方も、扱い方も堂に入っている。
 国でも有数の使い手といわれるルカでさえ、初めて握る自分の身体の大きさにそぐわない剣などもてあますというのに。
 けれど。
 ルカの勘が告げている。
 こいつの武器は、剣ではない。
 身体の動きの微妙な違い。
 それは、剣使いのものではない。
「何者だ!」
 あんなちんけな村の生き残りなどでは断じてない。
 あのようなところに埋もれているべき使い手ではない。
 この幼さで、それだけのものを身に着けるには、相応の訓練と場数がいる。
 人の命を奪ったことのない剣は、このような気迫を備えることは出来ない。
「答えろ!」
 裂帛の気合をもって放った炎の一撃は、あっさりと霧散した。
 こどもが、たったひとふり、剣を振っただけで。


「この・・・・・・!」
 

「――――――っ」
 瞬間。
 子供の身体から、覇気が噴出した。
 噴出した、としか形容の出来ないそれ。
 それまで、微塵も感じられなかった・・・恐ろしいまでの覇気。
 ありえないことに・・・ルカの、身が竦んだ。
  
 覇気、と呼ばれるもの。
 文字通り、覇者の、王者の気配。
 覇者たろう、王者たろうとするものの、それを叶えるもののみが持ちうる、気迫。



 ルカの頭上に、剣が振り下ろされる。
 ただ、無表情に。
 

 その瞳には一片の慈悲もなく、凍てついた感情一つ浮かばない夜色の瞳がルカを見下ろしていた。
 

 その瞳から、目をそらすことなく。
 ルカは、笑った。





 がらん、とその手から剣がこぼれおちる。


 ぼんやりと、その手を眺める少年の瞳に、微かな光が宿った。



「・・・・・・わたしは・・・」


 こぼれた声は、かすれて、がさがさしていて、とても聞き取りにくいほど小さかった。
 



「気がついたか」

 夢から覚めたように周囲を呆然と見回していた少年がルカに焦点を合わせる。
「・・・・・・あなたは、だれ・・・?」



「俺か?俺は…」




















「殺戮者」















 その言葉に、少年はかすかに顔をしかめた。


6/10ページ
スキ