Credo ―我は信ず―
3
「…つまらん。手ごたえがなさ過ぎる」
どさり、と倒れた女に視線を一瞬落とし、ルカは血のりを剣から振り払った。
「ルカ様」
「ソロン」
幼いころからなにを好んでかそばにいる男は膝をついてから、白い鎧が血で汚れるのを嫌そうに顔をしかめた。
その様子に声を上げて笑えば顔を真っ赤にする。
昔から、その生真面目さが妙に気に入っていた。
潔癖なところもだ。
「立て。かまわん」
「はい」
さっと立ち上がり、軍人らしいきびきびした身のこなしでルカに歩み寄る。
一般の兵士よりは貴族出身な分、優雅でもあるが、クレメンスに比べれば、実に軍人らしい。
「この辺りにいた者たちはこれですべてです」
「そうか」
剣を収めながらあたりを見渡す。
「今回も皆殺しですか?」
やれやれ、と言いたげな顔のソロンにくつくつ、と笑い、恐れられる笑顔を作ってやった。
どうも血を浴びてにやり、と笑うというのは恐れられるらしい。
今も、側にいた一般兵たちがおもわず、といった様に逃げ腰になった。
「ルカ様。悪趣味な」
慣れている、といわんばかりにふん、と鼻をならしながらソロンがいやみったらしくそんなことを言う。
そう。この度胸もなかなかに気に入っているのだ。
貴族出身とは思えないほど胆が座っている。
「それでは、引き上げるか」
「そういたしましょう。これ以上滞在が長引いてまた予算が、とクレメンスに嫌味を言われるのはごめんです」
「あいつは口うるさい」
なにしろ、ルカにすら細々と予算と遠征について説教をする。
ルカの幼少時から文官となるべくして側に仕えるクレメンス・ルーデンドルフは、そんな男だった。
20年以上ルカに仕えているのは、もはや、このソロン・ジーとクレメンスの二人だけだ。
そんなことを思いながらくるり、と背中を向けた。
「帰るぞ」
「はっ」
もはや何も残っていない、と思っていたその戦場に何かを感じたのと、ソロンが声を上げたのは、同時だった。
「何者だ!」
鋭い誰何の声に振り返れば、それは、いた。
ペタ、と血にぬれた地面を踏んだのは、真っ白な、なににも覆われていない足だった。
血に染まる足の裏を気にするふうでもなく、ぺた、ぺた、とぬれた音をまとわりつかせながら、進む。
それは、白い衣をまとった子どもだった。
空に翻るうすぎぬは、火の粉をかすめ、風に流れる黒髪が、その顔を覆っていた。
髪の隙間から見える目は。
死人の目だった。
「……何者だ」
答えが返る、などと期待すらしていない。
正気を失っている曇った目は現実を写していないのだ。
ガラスのような、ということすらできないにごった瞳には、辺りを燃やす炎と、眼下に広がる血すら区別がついていない、と思わせた。
「どれがお前の縁者だ?」
転がる胴体と恐怖に引きつった首。
一人ぐらい失った首を抱いて起き上がってこないものか。そんな戯言を思ったのはいつだったか。
ぺちゃ、と音を立てて子どもの足が止まった。
ルカの、目の前だった。
「ルカ様!」
叫び声に片手で抑える。
手出しなどいらない。
こんな子ども、片手で事足りる。
さあ。
切り殺してやろうか。
首をはねようか。
それとも、この手でくびり殺してやろうか…?
最後の考えは、気に入った。
この手でその細い首をつかみ上げ、じわりと締め上げれば、その顔は苦悶に染まるだろうか。
それとも…?
無造作に手を伸ばした。
次の瞬間に感じたのは。
首筋に、ひやり、とした感触。
なにが、起こったのか。
そう、思った。
ただの子どものはずだった。
何かを殺されたのだろう、と思った。
死んだような瞳に、どうせなら殺してやろう、と思った。
今、この首に剣を突きつけているのは誰だ?
殺気一つ見せるでもなく、ただ、淡々と剣を首筋に沿わせている。
だが、身動き一つでもしようものなら、確実にこの首が落ちる。
それも、表情一つ変えず、何のためらいもなく、刃を引くだろう。
誰もが緊張感に身動き一つ出来なかった。
誰かが、恐怖に喉を鳴らした、と思った。
次の瞬間。
子どもは興味をなくしたように、ふっと、剣を落とした。
ガラン、と重い音がして剣が地面に突き刺さる。
誰も、動けなかった。
「……なにものだ」
答えの返らない問いは、燃え盛る火の粉の中に溶けて、夜の森の闇の中に、消えていった―――
「…つまらん。手ごたえがなさ過ぎる」
どさり、と倒れた女に視線を一瞬落とし、ルカは血のりを剣から振り払った。
「ルカ様」
「ソロン」
幼いころからなにを好んでかそばにいる男は膝をついてから、白い鎧が血で汚れるのを嫌そうに顔をしかめた。
その様子に声を上げて笑えば顔を真っ赤にする。
昔から、その生真面目さが妙に気に入っていた。
潔癖なところもだ。
「立て。かまわん」
「はい」
さっと立ち上がり、軍人らしいきびきびした身のこなしでルカに歩み寄る。
一般の兵士よりは貴族出身な分、優雅でもあるが、クレメンスに比べれば、実に軍人らしい。
「この辺りにいた者たちはこれですべてです」
「そうか」
剣を収めながらあたりを見渡す。
「今回も皆殺しですか?」
やれやれ、と言いたげな顔のソロンにくつくつ、と笑い、恐れられる笑顔を作ってやった。
どうも血を浴びてにやり、と笑うというのは恐れられるらしい。
今も、側にいた一般兵たちがおもわず、といった様に逃げ腰になった。
「ルカ様。悪趣味な」
慣れている、といわんばかりにふん、と鼻をならしながらソロンがいやみったらしくそんなことを言う。
そう。この度胸もなかなかに気に入っているのだ。
貴族出身とは思えないほど胆が座っている。
「それでは、引き上げるか」
「そういたしましょう。これ以上滞在が長引いてまた予算が、とクレメンスに嫌味を言われるのはごめんです」
「あいつは口うるさい」
なにしろ、ルカにすら細々と予算と遠征について説教をする。
ルカの幼少時から文官となるべくして側に仕えるクレメンス・ルーデンドルフは、そんな男だった。
20年以上ルカに仕えているのは、もはや、このソロン・ジーとクレメンスの二人だけだ。
そんなことを思いながらくるり、と背中を向けた。
「帰るぞ」
「はっ」
もはや何も残っていない、と思っていたその戦場に何かを感じたのと、ソロンが声を上げたのは、同時だった。
「何者だ!」
鋭い誰何の声に振り返れば、それは、いた。
ペタ、と血にぬれた地面を踏んだのは、真っ白な、なににも覆われていない足だった。
血に染まる足の裏を気にするふうでもなく、ぺた、ぺた、とぬれた音をまとわりつかせながら、進む。
それは、白い衣をまとった子どもだった。
空に翻るうすぎぬは、火の粉をかすめ、風に流れる黒髪が、その顔を覆っていた。
髪の隙間から見える目は。
死人の目だった。
「……何者だ」
答えが返る、などと期待すらしていない。
正気を失っている曇った目は現実を写していないのだ。
ガラスのような、ということすらできないにごった瞳には、辺りを燃やす炎と、眼下に広がる血すら区別がついていない、と思わせた。
「どれがお前の縁者だ?」
転がる胴体と恐怖に引きつった首。
一人ぐらい失った首を抱いて起き上がってこないものか。そんな戯言を思ったのはいつだったか。
ぺちゃ、と音を立てて子どもの足が止まった。
ルカの、目の前だった。
「ルカ様!」
叫び声に片手で抑える。
手出しなどいらない。
こんな子ども、片手で事足りる。
さあ。
切り殺してやろうか。
首をはねようか。
それとも、この手でくびり殺してやろうか…?
最後の考えは、気に入った。
この手でその細い首をつかみ上げ、じわりと締め上げれば、その顔は苦悶に染まるだろうか。
それとも…?
無造作に手を伸ばした。
次の瞬間に感じたのは。
首筋に、ひやり、とした感触。
なにが、起こったのか。
そう、思った。
ただの子どものはずだった。
何かを殺されたのだろう、と思った。
死んだような瞳に、どうせなら殺してやろう、と思った。
今、この首に剣を突きつけているのは誰だ?
殺気一つ見せるでもなく、ただ、淡々と剣を首筋に沿わせている。
だが、身動き一つでもしようものなら、確実にこの首が落ちる。
それも、表情一つ変えず、何のためらいもなく、刃を引くだろう。
誰もが緊張感に身動き一つ出来なかった。
誰かが、恐怖に喉を鳴らした、と思った。
次の瞬間。
子どもは興味をなくしたように、ふっと、剣を落とした。
ガラン、と重い音がして剣が地面に突き刺さる。
誰も、動けなかった。
「……なにものだ」
答えの返らない問いは、燃え盛る火の粉の中に溶けて、夜の森の闇の中に、消えていった―――