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Credo ―我は信ず―




「…つまらん。手ごたえがなさ過ぎる」
 どさり、と倒れた女に視線を一瞬落とし、ルカは血のりを剣から振り払った。
「ルカ様」
「ソロン」
 幼いころからなにを好んでかそばにいる男は膝をついてから、白い鎧が血で汚れるのを嫌そうに顔をしかめた。
 その様子に声を上げて笑えば顔を真っ赤にする。
 昔から、その生真面目さが妙に気に入っていた。
 潔癖なところもだ。
「立て。かまわん」
「はい」
 さっと立ち上がり、軍人らしいきびきびした身のこなしでルカに歩み寄る。
 一般の兵士よりは貴族出身な分、優雅でもあるが、クレメンスに比べれば、実に軍人らしい。
「この辺りにいた者たちはこれですべてです」
「そうか」
 剣を収めながらあたりを見渡す。
「今回も皆殺しですか?」
 やれやれ、と言いたげな顔のソロンにくつくつ、と笑い、恐れられる笑顔を作ってやった。
 どうも血を浴びてにやり、と笑うというのは恐れられるらしい。
 今も、側にいた一般兵たちがおもわず、といった様に逃げ腰になった。
「ルカ様。悪趣味な」
 慣れている、といわんばかりにふん、と鼻をならしながらソロンがいやみったらしくそんなことを言う。
 そう。この度胸もなかなかに気に入っているのだ。
 貴族出身とは思えないほど胆が座っている。
「それでは、引き上げるか」
「そういたしましょう。これ以上滞在が長引いてまた予算が、とクレメンスに嫌味を言われるのはごめんです」
「あいつは口うるさい」
 なにしろ、ルカにすら細々と予算と遠征について説教をする。
 ルカの幼少時から文官となるべくして側に仕えるクレメンス・ルーデンドルフは、そんな男だった。
 20年以上ルカに仕えているのは、もはや、このソロン・ジーとクレメンスの二人だけだ。
 そんなことを思いながらくるり、と背中を向けた。
「帰るぞ」
「はっ」

 もはや何も残っていない、と思っていたその戦場に何かを感じたのと、ソロンが声を上げたのは、同時だった。
「何者だ!」
 鋭い誰何の声に振り返れば、それは、いた。


 ペタ、と血にぬれた地面を踏んだのは、真っ白な、なににも覆われていない足だった。
 血に染まる足の裏を気にするふうでもなく、ぺた、ぺた、とぬれた音をまとわりつかせながら、進む。
 それは、白い衣をまとった子どもだった。
 空に翻るうすぎぬは、火の粉をかすめ、風に流れる黒髪が、その顔を覆っていた。
 髪の隙間から見える目は。



 死人の目だった。




「……何者だ」
 答えが返る、などと期待すらしていない。
 正気を失っている曇った目は現実を写していないのだ。
 ガラスのような、ということすらできないにごった瞳には、辺りを燃やす炎と、眼下に広がる血すら区別がついていない、と思わせた。
「どれがお前の縁者だ?」
 転がる胴体と恐怖に引きつった首。
 一人ぐらい失った首を抱いて起き上がってこないものか。そんな戯言を思ったのはいつだったか。
 ぺちゃ、と音を立てて子どもの足が止まった。
 ルカの、目の前だった。
「ルカ様!」
 叫び声に片手で抑える。
 手出しなどいらない。
 こんな子ども、片手で事足りる。



 さあ。
 切り殺してやろうか。
 首をはねようか。
 それとも、この手でくびり殺してやろうか…?


 
 最後の考えは、気に入った。
 この手でその細い首をつかみ上げ、じわりと締め上げれば、その顔は苦悶に染まるだろうか。
 それとも…?



 無造作に手を伸ばした。




 次の瞬間に感じたのは。
 首筋に、ひやり、とした感触。

 
 なにが、起こったのか。
 そう、思った。


 ただの子どものはずだった。
 何かを殺されたのだろう、と思った。


 死んだような瞳に、どうせなら殺してやろう、と思った。


 今、この首に剣を突きつけているのは誰だ?



 殺気一つ見せるでもなく、ただ、淡々と剣を首筋に沿わせている。
 だが、身動き一つでもしようものなら、確実にこの首が落ちる。
 それも、表情一つ変えず、何のためらいもなく、刃を引くだろう。


 誰もが緊張感に身動き一つ出来なかった。
 誰かが、恐怖に喉を鳴らした、と思った。
 次の瞬間。
 子どもは興味をなくしたように、ふっと、剣を落とした。



 ガラン、と重い音がして剣が地面に突き刺さる。

 


 誰も、動けなかった。



「……なにものだ」
 答えの返らない問いは、燃え盛る火の粉の中に溶けて、夜の森の闇の中に、消えていった―――
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