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Kyrie ―哀れみたまえ―

13



「――――――――――――っ」





「なんで・・・・・・っ」

 心臓が早鐘のように脈打っていた。
 会わない歯の根がカチカチと音を立てて。
 体中が、震えていた。


 あの頭は。
 俺のこの腕の中にあった頭は。


 綺麗な黒髪。
 さらさらと指の間から零れ落ちる艶やかな感触を、俺は知っている。
 夜の闇でもヒルの光の下でも、変わらず輝きを放つ金色の瞳。
 強い光を持っているそれが、柔らかく澄んだ琥珀色になるのを、知っている。


 テオさまに拾われる前に見たあの夢と寸分たがわぬそれに出てきた、あの、首は・・・、

「なんでユエなんだ…っ」


 細心の注意を払ってきたはずだった。
 好きにならないように。
 この、のろわれた紋章に目をつけられないように。
 距離を置いて、近づき過ぎないように。

 あいつに、気づかれて…傷つけてしまわないように。

「なんで・・・っ」
 

 たのむから・・・もう・・・俺から奪わないで。


 もう、嫌だ。


 嫌なんだ。





 もう、お前の歓喜の声など聞きたくない―――!






―――――コンコン


「・・・・・・・・・テッド?」






 俺は、絶望した。
 
 もう、だめだ。

 終わりだ。

 食われてしまう。


 夢が、あるのに。

 誰よりも重い責任があるのに。

 それを奪ってしまう。

 きっと。






「テッド?」



 

 来るな、と言おうとした。

 なのに。

 俺は、抱きしめられた。






「だいじょうぶ?」



「・・・悪い・・・おれ、声出したか・・・?」



 ふふ、と笑う小さな声。




「それなら、今頃家中がおきて飛び出して来てるよ」
 ここ、武人の家だよ、と笑う。
「テッドがね、呼んでるような気がしたんだ」
「呼んでない」
 呼んだのは、俺じゃない―――ソウルイーターだ。
「うん…でも、時々…テッドに呼ばれてるって思うことがあるんだ」




「そんなとき、いつだって・・・テッドは一人でいる。とても冷たい目をして、どこかを見つめてる」




 そっと身体を離したユエが俺の隣に座った。
 それが、右側なのに気づいて、反射的に立ち上がろうとした刹那。
 俺の右手に、手が、重なった。



「――――――――――っ」




「右手を抱えるみたいにして、冷たい目をしているんだ」
 驚きに声も出ない俺の目を覗き込む金色の目が、優しい色をしているような気がした。




「テッドの心が・・・凍えてるんだ」




 俺の右手を取って、暖めるように抱きしめるユエに、俺は呆然とすることしか出来なかった。
「ごめん。・・・テッドが、右手を触られるの嫌いなのは知ってる。もう・・・触らないから」
 話された俺の手が、力なくシーツに落ちた。
「テッド・・・?」
 俺は、反応することも出来なかった。
 息をすることも忘れたんじゃないかと思うくらい驚いていた。





 ユエが俺の右手に手を重ねた瞬間。
 ソウルイーターの波動が、消えた。
 これをもっている間、ずっと俺の身体にはソウルイーターの・・・疼き、感情・・・そんなものが感じられていた。
 それが、強くなったり、静かになったり、ということはあった。
 けれど、消えたことなんて初めてだった。
 ユエが触れたら、喜ぶと思った。
 その魂を喰らい尽くす、と。
 なのに。その波動が、まったく感じられなくなった。
 まるで・・・眠るように・・・・・・。




「テッド・・・?ごめん・・・そんなに・・・」
 ユエの言葉が、唐突に途切れた。
「テッド・・・・・・・・・?」
 ユエの手が俺の頬に触れる。
「泣いているの・・・?」
 指先が、俺の頬を拭って、俺は、初めて泣いていることに気づいた。




「寂しかった?」


 どうして、こいつの手はこんなに優しいのだろう。
 どうして、こいつの声はこんなに心地よいのだろう。


「つらかったの?」


 
 唇が、震えた。
 なんて、言っていいのかわからなくて。



「ずっと・・・ずっと・・・・・・」



 ようやく、出たのは・・・かすれた声で。
 そんな、言葉だった。



「本当は、誰かに側にいてほしかった・・・ッ」
 寂しかった。
 たった一人、時の中に取り残されて。
 愛したものを、根こそぎ食い尽くされて。
「望んじゃ…いけないんだと……っ」



 なんで俺はこんなことを言っているんだ?
 ソウルイーターが、たまたま静かになっただけじゃないのか?
 言っては、だめだ。
 こんなこと。
 こいつが食われたら?
 そんなの、いやだ。
 俺は、こいつを…失いたくない………!
 ユエの一言が、俺をつきくずした。



「望んで・・・」



「テッド・・・・・・ねえ・・・望んでよ」



 望みたい、と今にも吐き出してしまいそうだった。
 心は誘惑に揺れて。
 だけど、絶対に願ってはいけない、と。
 かつて奪った魂の主たちの声が、そう言っている。



「俺の願いは・・・っかなえられない・・・」



 もういやだ。
 ひとりじゃない、と喜んだ瞬間に、この右手の紋章は全てを奪いつくす。


 その力はあまりにも強くて。
 全てを津波のように飲み込んでいく。
 俺は、ただその様を呆然と見つめていることしか出来なくて。
 ただ、立ち尽くすことしか出来なくて。


 記憶の彼方の人にすがることしか、できないほどに。
 あの人なら俺のそばにずっといてくれるのではないか、と微かな希望を抱いて。
 


「そんなこと、わからないじゃない」

 

 まるで駄々をこねる子どもみたいに、頭を振って。
 それしか、出来なかった。
 口を開けば、望んでしまいそうだから。
 想いが、あふれ出てしまいそうだから。


「テッド・・・・・・」

「どうして・・・っそんな風に俺を呼ぶんだ・・・」

 
 やさしくて。
 あたたかくて。
 誰も、お前みたいに俺の名前を呼んだ人はいない。
 全てを受け入れるよ、と名前を呼ばれるたびに言われている気がした。


「テッド」



 さあ、とその声が、俺を動かす。

 望んでもいいのだろうか。

 こののろわれた紋章を持つ俺が。

 もう一度、望んでもいいのだろうか。

 お前の側にいることを。 


 お前の側にいるうちに、俺の心はすっかり弱くなって。

 全てを許してもらえるやさしさに、お前の、笑顔に、どんどん心が弱くなっていく。

 俺の理性が、やめろ、と叫ぶ。

 こいつを失いたいのか、と。

 こいつを食らわせたいのか、と。


 でも・・・ソウルイーターが、反応しなかった。

 こいつなら、だいじょうぶかもしれない、と心が揺らぐ。




 偶然かもしれない。

 ソウルイーターが反応しないなんて。

 そんなこと、ありえない。

 でも・・・・・・・



 もう、一人はいやだ・・・・・・っ




「俺の側に・・・っいてくれ・・・・・・っ」



「いるよ」




 あまりにもあっさりと、その言葉は告げられた。


 ずっと、ほしかった言葉だった。






「ずっと、いるよ・・・どんなことがあっても」



「俺の隣で、笑って。

 俺の隣で、ないて。

 俺の隣で、怒って。

 俺の隣で・・・・・・・っ」


 額に、柔らかいものがふれた。


「テッドの、側にいる。…楽しいことも、悲しいことも、苦しいことも、全部・・・君と一緒に感じたい」


 ユエの唇が触れた場所から、俺の身体に、温かい熱が広がっていく。

 凍えた心に、身体に、もう一度、熱がともる。


 心が溶けていく。

 
「・・・死なないで」


 お願いだから。


 死なないで。



「君が待っているなら、いつだって帰ってくる。君が呼んだら、どこからだって駆けつける」




「僕はテッドが・・・・・・好きだから・・・」

 どっと、涙があふれた。
 目の前の身体に、ぎゅっと抱きつく。
 暖かい。
 冷たくない。
 抱きしめてくれる腕の力がうれしい。
 
 
 ソウルイーター。
 お願いだから。
 この人だけは、食らわないでくれ。
 この人だけは。
 この人を食うぐらいなら、俺を喰らい尽くして。
 どうか、このぬくもりを・・・俺から奪わないで。
 お願いだから。





「俺も・・・好きだよ・・・ユエが・・・・・・」

 


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