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Kyrie ―哀れみたまえ―





 目が覚めたら、空が、白く染まっていた。

 時たま、稀にこんな日がある。

 青いはずの空。

 くもりでも、雨でもないのに、青い空が・・・真っ白に染まる日。

 その日だけ、俺は、あの人たちを思い出す。






 街で花を買う。

 小さな白い花を。

 きっと、あいつが好きだから。

 花びらを一枚ずつ、水に浮かべる。

 真っ白な花びらが、小さな木の器をうめつくして。

 きれいだろう?

 きっと、お前は好きだと思うんだ。

 

 お前が好きだった子守唄を口ずさみながら、はなびらをゆるゆるとかきまぜる。

 これを歌うと、うれしそうに笑いながら、俺に手を伸ばした。

 ちいさなもみじのような手。

 ふっくらとして、瑕一つなくて。

 抱きしめれば、ミルクの甘い匂いがした。

 しあわせのにおいがした。

 

 お前が残した、弓をみがく。

 俺の手には、鉄の弓は重たくて。

 いつも違和感があったのに、いつの間にかこの手になじんでいた。

 前の持ち主を忘れたみたいに。

 お前は、いつだって笑ってたな。

 戦う男の、力強い手が、触れる時はひどく優しかったな。




 あなたの作ってくれた、やさしい味のシチュー。

 きんいろの油がきらきらしてた。

 ほんのりクリーム色の、心まであたたかくなるようなシチュー。

 おなじくらい、あなたはあたたかかったね。

 働き者のあなたの顔も手も、日に焼けて真っ黒だったけれど。

 頬をよせると――――





 こんこん、とノックの音がしたような気がした。

「テッド・・・・・・・・・?」 

 きぃ、と扉がきしむ音と、凛と澄んだ声が、俺を呼んだ。
 
「あの、今日・・・来なかったから・・・」

 来なかったから?

 来なかったら、なんだ?

 そう思って・・・気がついた。

 ああ、そうか。

 俺は、こいつに会ってから、毎日・・・こいつの家に行っていた。

「・・・・・・今日は、そんな気分じゃなかったから」

「そっか・・・そうだね・・・ごめん・・・・・・その、なにしてるのか、気になって・・・」

 いっしょうけんめいだな。

 そう思った。

 なんで、俺に・・・そんな言い訳をする?
 
「じゃあ、ぼく・・・帰る、ね・・・」

 そういって寂しそうに笑った顔が、目に、やきついた。

 なんで、そんなことを言ったのか。

 それは、俺にもわからなかった。

 けれど、俺は。

「・・・・・・・入れよ」

 気がついたら、ユエを家に招き入れていた。




 静かな時間が、過ぎていく。

 居心地悪そうにするでもなく、ユエはただそこに、存在していた。

 悠然と、あたりに溶け込むように、けれど、浮き出るように。

 部屋の空気が、変わったような気がした。

 おもく、とろりとしていた不思議な時間。

 それが、さらさらと流れていくような気がして。

「・・・今日は、弔いの日だから・・・」

「とむらい・・・?」

「・・・・・・俺の、妻と」

 俺に食われてしまった、哀れな少女。

「俺の、子どもと」

 死神を父親に持ってしまった、運に見放された子ども。

「俺の友人と」

 あれほどついてくるな、と言ったのに。

 俺を友に選んだ物好きな男。

「俺の、母のようだった人の」

 さまよい歩く俺を、亡くした息子のようだと言って愛してくれた女性。

「弔いの日なんだ・・・・・・」

「あ・・・・・・」

「だから・・・静かに、送ってやりたいんだ」 

 その魂が、いつの日か。

 呪われた死から解放されるように。

 祈りを捧げて。

 どうか。

 こんな日だけは。

 ただただ、静かに。



 祈りを捧げて。








 帰る、と言い出したのは、どれくらいたった頃か。

 帰り支度をしたユエが、穏やかに微笑った。

「・・・今日、家に入れてくれたね」

「・・・ああ」

「うれしかった」

「・・・・・・・・・・・」

「ありがとう」

「・・・べつに」

 そうだ。

 別に、礼を言われるようなことじゃない。

 ただ、気が向いただけだ。

「また、あした」

「ああ・・・」

 帰っていく後ろ姿を見送って。

 俺は、花びらを、捨てた。

 またいつか。

 こんな空の日がおとずれたら。

 また、お前たちを思い出すから。

 その日まで・・・・・・
















  さよなら
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