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金烏と玉兎

 ごろんごろんと寝台の上で転がる六太が暑い、とうめいた。
 どうして雲海の上なのにこんなにも暑いのか。
 たまったもんじゃない。
 それもこれもあの馬鹿王が悪いからだ。
 あの昼行灯がろくなことしやがらないわ、ろくなこといわないわ。
 だから暑くなるんだ。
 ああ、きっとこれで雁は滅ぶんだ。
 きっとそうだ。
 ああやだやだ。


「台輔」


 かけられた声に、ゆるり、と目を開ければ、机に載せられた玻璃の器が目に入った。
 目に涼やかな柔らかい新緑。
 冷たさをあらわすようにその肌に水滴が伝っている。
「お召し上がりください」
「…いいの?」
「はい。すっきりいたしますわ」
 いそいそと手を伸ばし、嚥下した冷たい緑茶は爽快感を伴ってのどを通り過ぎた。
「ぷは」
 なんだかたった一杯で頭の芯まですっきりしたような気がするほど、キンと冷えた緑茶は美味しかった。
「おいしかった!」
「よろしゅうございました」
 おかわりは、と聞かれて首をふる。
 ぽんぽん、と寝台の上をたたけば、微笑みながらそこに座ってくれた。
「えへへ」
 膝に乗るようにしてそのお腹に頭をくっつけて抱きつく。
 あたたかくて、やわらかくて、いいにおいがして。
 六太はその人が大好きだった。
「どうなさいました?暑いのではありませんの?」
「いいの。暑くても」
 たとえくっついて暑くなっても、ぜんぜんかまわないのだ。
 そっと、頭の後ろからたてがみをすくように優しい手がなでてくれる。
 彼女は絶対に、角のある額の近くには手をふれない。
 頭のてっぺんにも手を触れない。
 それを寂しいと思うこともあるけれど、そんなやさしさが嬉しいから、六太はいつもそうしてもらう。
 ふと、その手が止まった。
 衣擦れの音と、髪がさらりと絹の上を揺れる音がした。
「主上」
 むか。
 嫌な呼び名を聞いた。
 さっきまでめちゃめちゃむかついていた男。
「・・・・・・・・・・・・・六太」
「んあ?」
「なぜお前がこいつの、それも寝台の上でやさしくされてるのだ!?」
「いーじゃん。俺、台輔だしぃ」
「よくないっ」
「へえ、なんで?」
「これは俺のものだ」
「へえ。おっかしいなぁ!延王尚隆には妃も妾もいないはずだけどぉ?」
「うるさいうるさいうるさいっ」
「いいだろー。お茶も淹れてもらったし~」
「なにぃ!?」
「主上、お茶をどうぞ」
 声をかけられたとたんに得意げに胸を張る尚隆にばかばかしくなる。
 お前、ほんとうに王なのか・・・。
 いや、俺が選んだんだし・・・。
「主上と台輔は本当に仲がよろしくて、うらやましゅうございます」
 にこにこっと言われて、二人そろって毒気がぬけた。
「・・・どうして、そう思うんだ?」
「だって、主上。わたくし、とってもとっても大切なことを知っているんですもの」
「なんだ?」
「台輔は、主上が大好きでいらっしゃいますのよ」
「緑花!」
「え…」
「そして、主上も台輔をお気に召していらっしゃいますもの」
「・・・・・・・・・・・・・・・緑花・・・」
「ですから、わたくしは嬉しいのです。わたくしの大好きな方々がお互いを大切に思っていてくださるということが」
 そういってあまりにも嬉しそうに微笑むから。
 二人は仕方ないな、と肩をすくめるしかできないのだった。
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