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金烏と玉兎

「主上、またお酒をお過ごしになられたのですか?」
 真っ赤な顔の千鳥足でへろへろしながら後宮に帰ってきた尚隆はその背中に小さな少年を背負っている。
 もちろん、金色の頭―――六太だ。
「台輔まで…」
「じつにうまいさけだったぞ~」
 慌てて寝台まで肩を貸して、二人をなんとか並べる。
 少し狭いかもしれないが、我慢してもらうしかないだろう。
 幸い、寝台は広々としていて、二人ぐらいならゆうに眠ることが出来る。
「うさぎ!」
「はいっ」
「味噌汁が呑みたい!」
「・・・・・・・・・・・・・・は?みそしる、ですか・・・?」
 なんだろうそれは。
 長い人生で、聴いたこともない。
 …のむ、というからには飲み物なのだろう。
「うまい味噌汁だ!」
「あの、主上…それは、いかなるものなのでしょう…」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「主上?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「…眠っていらっしゃる…」
 くかーと大口開けて寝る大小はとても一国の王と台輔とは思えないけれど…
「みそしるって・・・何か教えて・・・」






 二日酔いのどんよりとした気分で目を覚ました尚隆の目に一番最初に飛び込んできたのは、美しく着飾った女性だった。
「緑花・・・」
「おはようございます、主上」
 にこやかに微笑む彼女の後ろに、尚隆と変わらない顔色の六太が額を押さえてうめいている。
「すっきりいたしますわよ」
 どろりとした青い煎じ薬はなじみの色だ。
 これがよく効くのだが、不味い。
「・・・呑みたくないのだが」
「まあ。そうおっしゃらず。すっきりされるのはご存知でしょう?今日は朝議の日ですから、お急ぎくださいませ」
 朝議なんて、とでかかった言葉を呑みこんで、受け取った湯飲みと一緒に盆に載せられているお椀に目がいった。
「・・・緑花、それはなんだ?」
「主上が飲みたい、と仰せでしたので。・・・その、美味しいかどうかは・・・わかりませんが・・・」
「なに?」
 昨日。
 ・・・何を言ったか覚えてもいない。
 けれど、そのにおいには覚えがある。
「味噌汁、か?」
「はい」
 味覚を破壊しそうな煎じ薬を一瞬であおり、伸ばした尚隆の手に、その黒塗りの椀が収まる。
「うまい!」
「それはよろしゅうございました」
 にこやかに笑う彼女に、おかわり、と言い、
「しかし、よく味噌汁なんて知っていたな」
「・・・・ええ、当然ですとも」
 その笑顔の背後の部屋に、連れてこられて一晩中味噌汁作りに付き合わされた海客が伸びていることも、失敗されて焦げ付いた鍋や怪しい色をたたえた鍋が転がっていることなどうかがい知ることもなく、尚隆は料理のうまい妾妃に満足しながら味噌汁をすすった。



 延王の機嫌と雁国の平和は、こうした一人の女性のたゆまぬ努力によって維持される。


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