第三章
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鈴が目を覚ましたその日、煉獄は鈴に宣言した通り、潔く炎柱を引退した。
二度も上弦と対峙して、尚且つ今回は上弦を打ち負かした彼だからこそ、隊士達の間で驚きの声が広がったのは言うまでもない。
しかしその一方で、お館様の代わりに話を聞いて下さったあまね様始め、煉獄と共に肩を並べてきた他の柱達からも、彼を責める声は一切上がらなかった。
それは勿論、彼との信頼関係があるからこそだが……
今まで努力を惜しまず、その責任と戦い続けてきたこと。
更には仲間を危険に晒さぬ為、苦渋の決断を下した事を皆が理解していたからである。
きっと柱を引退することは正義感の強い煉獄にとって、とても辛い決断だったはずだ。
それでも、その事実に打ちひしがれる事なく、再び鬼殺隊のためにと前を向いた彼を、一体誰が責めるだろう。
寧ろ、労いの言葉をかける者もいた程である。
そんな煉獄が現役を退いてから、はや半月。
「煉獄さんのおかげで、随分調子が戻ってきた気がします」
「ははは、それは良かった!だが、それは鈴の努力があってこそだ。もっと自分に自信を持つといい」
「ありがとうございます」
煉獄家の道場で、彼と共に稽古に励む鈴の姿がそこにはあった。
******
煉獄同様、吉原での一件で大怪我を負った鈴。
しかしその傷は、蝶屋敷の娘達の介抱のおかげもあり、目覚めてからニ週間ほどで自宅療養の許可がおりる程までに回復していた。
だが、幾ら全集中の呼吸を極めていようが、肋骨を何本か折られた上に、腹を貫かれるほどの傷を負い……
それに加えて、禰󠄀豆子が浄化してくれたとはいえ、猛毒が全身に回っていた状態で体を酷使したのだ。
蝶屋敷を出る時にも、許可がおりただけでまだ完治した訳ではない。無茶は禁物だ、と皆から口を酸っぱくして注意を受けたのは記憶に新しい。
しかし実際問題、上弦を討ち取った今、鬼側がどんな動きを見せるか分からないこの状況。
それに加えて、今回の任務で甲へと階級を上げた彼女は、鬼殺隊を支える屈指の実力者として数えられるだろう。
それを理解しているからこそ、鈴は蝶屋敷を出ると同時に機能回復訓練に励むつもりでいた訳だが……
「鈴、胡蝶からも言われたとおり焦りは禁物だ。無茶をすれば治るものも治らないからな」
「はい。それは、理解していますが……長い間、刀を握っていないせいで、体が鈍っていないかと心配で……でも、そうですね。義勇にも、緩めの稽古からつけて貰おうと思います」
「………むう」
「煉獄さん?どうかしました?」
今まで通り兄弟子の元で稽古に励もうと考えていた鈴に、煉獄は腕を組み難しい表情を浮かべる。
「……鈴の稽古は俺がつけてもいいだろうか?」
「煉獄さんが見てくださるんですか?」
「うむ。それから、これを機に鈴も煉獄家で一緒に暮らさないか?……実は、父上や千寿郎には既に了承を得ているんだが」
「え?」
「……駄目だろうか?」
そう言って、こちらを伺うように眉を下げた煉獄に、鈴はキョトンと彼を見上げた。
こうして体の心配をしてくれることだって勿論嬉しく思っているし、そもそも結婚の承諾をしたのだから、鈴にはその誘いを断るなんて考えはないのだが。
初めて結婚を申し込まれた時はあんなに強引だった筈なのに、鈴の想いを知ってからの方が不安そうだなんて何だか可笑しくて。
「ふふっ、駄目な訳ないじゃないですか」
「では!」
「はい。不束者ですが、よろしくお願いします」
パァと表情を明るくさせた煉獄に、鈴が小さく笑みを溢したのはほんの数日前のこと。
だが、あれから、あれよあれよと事は進み……
「それから鈴、呼び名がまた戻っているぞ」
「…きょ、杏寿郎さん」
「うむ!夫婦になるのだから、少しずつ慣れていかないとな!」
まさか任務に復帰する前に祝言を挙げる話になるなんて、彼女には想像できる筈もなかった。
まぁ、幾ら煉獄が決断力の早い人間だからと言って、今回ばかりは彼一人の要因ではない。
あれは遡ること数日前ー……、
煉獄が柱達のもとを尋ね、引退する旨を皆に伝え歩いていた時のことだった。
******
「すまない。俺が離脱することによって、皆の負担も増えるだろうが…」
「そんな、煉獄さんが謝ることなんて……」
「だが、それと同時に、皆がいてくれるから俺は安心して引退する決断が出来た!皆には本当に感謝している!無論、甘露寺の活躍にも期待しているぞ!」
「は、はいっ!勿論です!」
恋柱邸に訪れていた煉獄は、背筋を正した元教え子の様子に笑みを溢す。
当時、弱音を吐きながら稽古に励んでいた少女が、こんなにも逞しくなったことを嬉しく思う。
それと同時に、鈴との間を取り持ってくれたのも彼女だったことを思い出し、煉獄は先日の出来事を口にした。
「それから、甘露寺には直接礼を言わなければと思っていた」
「……お礼?」
「うむ。先日、鈴から結婚の了承をもらってな」
「え?え、ええーっ!!煉獄さん、おめでとうございます!!」
「ははは、ありがとう!甘露寺には色々と世話になったからな!」
「いえ、そんな!でも二人がこれからは夫婦になるだなんてっ、キャー!!私、なんだか自分のことみたいに嬉しくて!!」
「ははは、甘露寺は大袈裟だ「それで祝言はいつあげるんですか!?」……む?」
蜜璃は興奮したように煉獄の言葉を遮ると、こういうのはタイミングも大切だからと言葉を続けた。
「鈴ちゃんも年頃の女の子ですもの!結婚の話を先延ばしにし過ぎるのはよくないと思いますが……きっと煉獄さんの事だから、そこら辺の準備は抜かりないですよね!!」
「……うむ」
その話に耳を傾けながら煉獄は、最愛の彼女を思い浮かべて考え込む。
『不束者ですが、よろしくお願いします』
……あれは間違いなく、煉獄家へと嫁ぎにやってくるような言い回しだった。
そもそも結婚の了承も得ているし、そう言う意味で鈴も承諾してくれたに違いない。
甘露寺に言われたからと言う訳ではないが、確かに何事も先延ばしにするのはよくない、とは思う。……いや、断じて、結婚を先延ばしにしようとしていた訳ではないが。
ただ、先日の任務からまだ目覚めぬ者もいる中で、鈴の体も本調子ではないのに、縁談を進めるのはどうかと踏みとどまっていたのもまた事実。
……しかし、だ。物は考えようである。
再び鈴が任務に復帰すれば、彼女は今より忙しくなる。それこそ、祝言すら挙げられず結婚が先延ばしになってしまう可能性だって出てくるだろう。
「むう。そうか、ならばその前に……」
「……え?煉獄さん、何か言いました?」
「いや、大した事ではないさ!それより甘露寺、急用を思い出したので今日はここらでお暇しようと思う。美味しい茶菓子をご馳走になったな!」
「ええ?そうなんですか……、もっと二人の話が聞きたかったのに……」
しゅん…と肩を落とす蜜璃に、煉獄は明後日の方角を向きながら高らかに言い放つ。
「今度、家を訪ねるといい」
「…‥煉獄さんのお家へ?」
「うむ!鈴もきっと喜ぶからな!」
「わあ、ありがとうございます!」
それに蜜璃が笑顔で返事をしたのを見届けて、煉獄は恋柱邸を後にした。
無論、彼の急用とは、鈴との祝言をどうするかで。
一直線に蝶屋敷を目指した煉獄が、病室に着くなり鈴へと詰め寄ったのは言うまでもない。
******
……とまぁ、そんな経緯を経て今に至るのだ。
「…きょ、杏寿郎さん」
「うむ!夫婦になるのだから、少しずつ慣れていかないとな!」
頬を赤くさせながら、恥ずかしそうに名前を口にした鈴の様子に、煉獄は自身の口元が緩んでいくのを感じていた。
そして、胸の奥が温かい気持ちで満たされていくような感覚に、こんな穏やかな日々が続けばいいと願いながら、彼は静かに瞳を伏せた。