第三章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……え?」
煉獄が発した言葉が理解出来ず、鈴は呆然と彼を見つめた。
勿論その反応を想像していた煉獄も困ったように笑みを落とすと、もう一度、今度は彼女の目を見てはっきりとその言葉を口にした。
「俺は炎柱を…、いや鬼殺隊を引退する」
「……引、退?」
「ああ。お館様には既に了承を頂いてはいるが、明日にでも直々に挨拶をと思っている」
あまりに唐突な報告に鈴は何も言えず、ただ呆然と彼の言葉に耳を傾ける。
「本当は随分前から分かっていた。傷は癒えた筈なのに、思い通りに動かない体。それどころか軽い鍛錬ですら乱れる呼吸……自分の限界から目を逸らし、いつかまた炎柱として責務を全う出来ると淡い夢を描いていた。忙しい日々の中、沢山鍛錬に付き合わせたと言うのに悪かったな」
「いえ…謝られる事なんて、何も……」
「ふっ、そんな謙遜しなくてもいい。鈴の優しさに甘えすぎていた自覚はあるんだ。君の支えがなければ、きっと俺の心は当に折れていた。いつも傍にいてくれた鈴には、本当に感謝しているんだ」
「……煉獄さん」
鈴を気遣うように優しく笑いかける煉獄に、鈴は思わず泣きそうになる。
本当は、鈴だって随分前から気づいていた。
煉獄が負った傷は、彼に大きな致命傷を与えたことも……傷が塞がっても尚、彼を苦しめ続けていたことも。
〝隊士にとって一番大切な呼吸が上手く使えない〟
その事実にどれほど打ちのめされ、彼をどれほど苦しめたのか……
その想いが鈴にも十分過ぎるほど分かるから、必死でもがき苦しむ彼を前に鈴は何も言えなかった。
ただ傍にいることしか出来なかったのだ。
「今回の戦いで身をもって痛感した。命懸けの戦場では、俺はただの足手纏いだ」
「そんなことっ……、」
「ないとは言い切れないだろう?」
まるで自分を責めているかのような物言いに鈴が堪らず声を上げれば、煉獄は彼女の手を優しく包み込み諭すように言葉を重ねた。
そして、まるであの時を思い出すように……
静かに瞳を伏せると、ポツリと小さく呟いた。
「鈴を目の前で失う所だった」
「……」
「本当に怖かったんだ」
そう言って声を震わせた彼は、その心情を現すかのようにぎゅっと包み込む掌に力を込めた。
その悲痛な表情に、初めて聞く彼の弱音に……
鈴は胸の奥がぎゅっと締めつけられる感覚を覚えた。
「そんなの、私だって同じです。上弦の鬼の強さは異次元で……正直誰も命を落とさずにいられたのは奇跡だと思います」
「……ああ、」
「……もしもあの時誰かが違う立ち回りをしていたら、違う未来があったかもしれません。誰かが命を落としていたかもしれないし……煉獄さんを失っていたかもしれない……そんな想像をするだけで、こんなにも胸が張り裂けそうになる……」
「……」
「列車の任務で一人大怪我を負った煉獄さんを思い出して……正直、何度も後ろ髪引かれる思いで鬼と対峙していました。煉獄さんの元へ駆け出したいと……不安に駆られていたのは私だって一緒です」
そう言って彼の顔を覗きこむと、眉を下げこちらを見つめる煉獄に鈴は優しく微笑んだ。
「でもあの戦場で私が迷わずいられたのは、煉獄さんが私を信じて送り出してくれたからです。煉獄さんの言葉に背中を押されたんですよ?」
「……鈴」
「それはきっと、炭治郎君も……善逸君も、伊之助君だって同じです。煉獄さんの背中を見てきた彼らだからこそ、きっと最後まで迷わず戦えたんですよ?彼らの活躍がなければ、きっと私はここに居ません」
だから足手纏いだなんて思わないで、と言葉を続けた鈴に煉獄は一瞬キョトンとした表情を浮かべる。
それが何だか可愛らしくて。
鈴がクスクスと笑みを溢せば、煉獄も彼女に吊られるように口元を緩ませた。
「ははは……本当に、…鈴には敵わないな」
それからそっと鈴の手を解放した煉獄は、照れ隠しの様に自分の顔を掌で覆うと、確かに今回の戦いでは竈門少年達の活躍に驚かされたと言葉を続けた。
無限列車で共に戦った時よりも随分と力を身に付けていた彼ら。
鍛錬に付き合って貰っていた鈴の実力は言わずとも知っていたが、若い隊士達の成長に驚かされたのもまた事実で。
それが鈴の言う様に……
若い隊士達の成長に自分が影響を与えられるのだとしたら、それはとても嬉しいことだと素直な気持ちを口にした。
「俺は隊士を引退するが……これからは、若手の育成に手を貸していきたい」
その思いを口にした煉獄からは先程の様な思い詰めた表情は無くなっていて……
代わりに何処か安心した様に優しく目尻を下げる彼の姿に、鈴もほっと肩を撫で下ろす。
「煉獄さんなら素敵な育てになると思います」
「ありがとう。鈴にそう言って貰えるだけでも嬉しく思う」
「ふふっ、本当の事ですから」
だが穏やかな表情を浮かべていた筈の煉獄が、突然俯き、きゅっと口元を引き締める。
「俺は炎柱を引退する」
「はい」
「……隊士でもなくなる」
「……はい、?」
先程から何度も聞いた宣告を、煉獄は何故か念押しするように口にする。
突然雰囲気の変わった彼に鈴は不思議そうに首を傾げるが、それらに相槌を打っていく。
「……柱でもない、ただの男になる訳だが」
「はい、分かっているつもりですけど……えっと、何が言いたいんです?」
だが、よく分からないやり取りに鈴が堪らず聞き返せば、煉獄はすっと背筋を正した。
それから彼女の目を正面から見つめ直すと、意を決したように口を開く。
「柱でも、隊士でもなくなる。鈴を守ってやる事も出来ない無力な男だ……だが、それでも、鈴だけは手放したくはないんだ」
「……へ?」
「こんな俺だが、これからも変わらずに……いや、これからは妻として俺の傍にいてくれないだろうか?」
真剣な表情で問いかけてきた恋人に鈴はパチパチと瞬きを繰り返すと、ぷっと小さく吹き出した。
「ふっ、ふふ……」
「鈴?」
「何を今更……そんな事で私が離れるとでも思っていたんですか?」
鈴からのまさかの問いかけに、煉獄は一瞬驚いた表情を浮かべる。
すると、そんな彼の反応に苦笑を落とした鈴は、彼に向かってそっと手を伸ばす。
無理に動かした事で一瞬傷口に痛みが走ったが、先程離れていった彼の掌へ構わず自身の手を重ねた。
「煉獄さんは、煉獄さんです。隊士だから、ましてや柱だから貴方に惹かれた訳じゃないですよ?世話好きで、責任感も人一倍……誰よりも優しい煉獄さんだから、私は好きになったんです」
「……鈴、じゃあ!」
「ふふっ、勿論お受けします。〝俺の妻になって欲しい!〟って、最初に此処で言われてから随分お待たせしてしまいましたが……」
頬を赤く染めながらふにゃりと鈴が笑みを落とせば、彼の手に重ねていた腕を突然引き寄せられる。
その瞬間、再び走った傷口の痛みに鈴がピクリと反応しても、煉獄は嬉しさのあまりそれには全く気づかない。
それどころか、そのまま彼の腕の中に閉じ込められ、力任せに抱き締められ始めた鈴は小さく呻き声を上げ始めた。
「煉獄さん?そのくらいにしておかないと、鈴さんの怪我が悪化してしまいますよ?」
そこへ、いる筈のない第三者の声が響き、二人は徐に動きを止める。
「「胡蝶(しのぶちゃん)!!!」」
「……全く。鈴さんが目覚めて嬉しいのは分かりますが……煉獄さん、まずは此方にも声を掛けて頂かないと困りますよ」
「す、すまない」
しのぶの小言に、煉獄は即座に謝罪を口にする。
それにしのぶが、今回は特別に見逃してあげますが次はないですよ?なんて可愛らしく笑いかけるが、こんな大怪我そう何度もあっては困るだろうと鈴は苦笑いでそれを見ていた。
「ところでお二人とも」
「「?」」
「いつまでそうしているんです?」
しのぶに問いかけられて、煉獄に抱きしめられたままだった事を思い出した鈴は、咄嗟に彼の胸を押し返す。
すると、思ったよりも簡単に彼の体は離れていって。
それにほっと肩を撫で下ろした鈴だが……
「鈴さんなら、可愛いお嫁さんになりそうって_言ったじゃないですか!ふふっ、二人のなり染めを知っている身としては、何だか感慨深いですねぇ〜」
「し、しのぶちゃんっ!!」
「はははっ、胡蝶の言う通り!!こんなに可愛らしい妻を貰う俺は、一等幸せな男だな!!」
しのぶの爆弾発言に、鈴は全身真っ赤になりながら悲鳴をあげる。
そんな彼女とは相反して、煉獄は至極楽しそうに豪快な笑い声を上げるものだから。
この二週間ほどずっと静まり返っていた病室から、やかましい程の喧騒が響いていたと、たまたま蝶屋敷に居合わせた者達は後に語るのだった。