第三章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
上機嫌の女将に背を押され、連れてこられた部屋の前で、鈴は頭を抱え青褪める。
〝……ど、どうしよう。断る言葉が見つからなくて此処まで来ちゃったけど〟
そんな鈴の脳裏には、任務前に宇髄からかけられた言葉が蘇る。
『何を今更……どうせ煉獄とやる事はやってんだろ?万が一客がついちまったら、まぁ……上手く流しとけ』
あの時は、宇髄のなんとも無責任な言葉に、呆れてため息を漏らすことしか出来なかったが、なんであの時もっと反論しなかったのだろうと今更ながら後悔する。
〝煉獄さんとだって、まだ何もないのに……〟
彼が目覚めてからは、見舞いやら稽古やらで忙しくしていた。
勿論、想いは伝え合ったし、世間で言う〝恋仲の二人〟という関係にまでは発展したのだが……彼が無理をしないか心配するばかりで、今までそんな甘い雰囲気になどなった事がない。
だからこそ、初めての相手がどこの誰かも分からぬ男では困るのだ。
しかし、今更ながら断る理由を必死で考える鈴を、女将は問答無用で客が待つ部屋へと押し込んだ。
「きゃっ、「お客さんお待たせしました。ごゆっくり」
鈴が短い悲鳴を上げたのにもお構いなしで、女将はピシャリと襖を閉める。その為、突然押し込まれた部屋で、鈴は膝を突き、顔を上げられぬまま固まった。
「全く……」
しかし、すぐさま聞こえてきた聞き馴染みのある声に鈴は恐る恐る顔を上げ……
「千寿郎から話を聞いた時は、自分の耳を疑ったが」
「………へ?」
彼と目を合わせたことを後悔する。
「随分、楽しそうな任務についているな……ここに行き着くまでの俺の苦労も知らないだろう?」
「れ、んごくさん……」
スッと立ち上がった煉獄に、鈴は思わず後ずさる。
「何故逃げる?」
そう言って口元を吊り上げた煉獄だが、眼帯で隠されていない片目は、まるで獲物を見つけたかのようにスッと細められていて。
最悪の状況で再会した恋人に、鈴は慌てて口を開く。
「す、すみません。鴉を飛ばしたかったのですが、音柱様から止められていて……」
「ああ、それは聞いている」
「……え?」
「此処に来る前に宇髄に会ったからな。鈴がどんな任務に就いたか……事前に聞かされて合同任務に就いたことまで筒抜けだ」
そう言って煉獄がジリジリと距離を詰めた分だけ、鈴もゆっくりと後ずさる。
しかし、すぐに背中に当たった硬い感触に、壁まで追いやられてしまったことを悟る。
「遊郭とはどんな場所か、……それくらい知ってるだろう?もし他の男に買われていたら?任務だからと受け入れるのか?」
「ちがっ、……その、色々と誤解してます」
「……誤解?鈴が遊郭だと知っておきながら任務に参加した事を、か……それとも、任務ならば俺が許すとでも思っていたのか」
「そ、そうじゃなくて……」
「俺がいつも、どれだけ我慢していると思ってるんだ」
固まる鈴のすぐ横……
壁に彼女を縫い付けるように片手を置き、逃げ道を塞いだ煉獄は、空いている方の手で鈴の髪を一掬いすると笑いかける。
「今此処で君の全てを奪ってしまう事も出来るんだぞ」
普段の優しい笑みとは違う男の色気に当てられて、鈴は真っ赤な顔でオロオロと視線を泳がせる。
「ご、ごめんなさいっ、……あの今更なのは分かっていますが、任務地は聞かされていなくてっ、……音柱様が合同任務だと言うから着いてきただけでっ、私だって先に聞いていたら断ってました」
「……」
「本当はこんな任務嫌だけど、鬼の被害が出てるって聞いたら……こ、断れなくて」
しかし、謝罪を耳にしても無言を貫く煉獄に、悪く思われてしまったと勘違いした鈴は、次第に涙を浮かべ始める。
「でも、本当に煉獄さん以外となんて考えられなくてっ、……なら早く鬼を見つけて、早く煉獄さんの所に戻ろうって……、思ってたけど……中々思うように動けなくてっ……」
「……そうか」
「本当なのっ、……信じてくださいっ、……煉獄さんじゃなきゃ嫌でっ、煉獄さんになら、私……「少しだけ黙ってくれ」
涙を浮かべ必死で弁明する鈴に、煉獄は額を抑えてため息を吐く。
しかし、隙間から除く彼の顔は、鈴にも負けないくらい赤く染まっていた。
惚れた弱みと言うやつだろうが……
何度も彼女の口から〝煉獄さんじゃなきゃ嫌〟だなんて直球で伝えられてしまったものだから、次第に怒りも鎮まって、思わず照れてしまった訳である。
まぁ、そもそも……鈴が宇髄につれ拐われた上に、潜入先が遊郭だなんて聞いたものだから嫉妬心に駆られてしまったのだが、千寿郎から鈴を連れ去った状況を聞いていた煉獄は、彼女には何も非がないと鼻から分かっていたのだ。
だが、こんな表情を見られてしまっては情けないと思い立ち、煉獄はもう一度深く呼吸をすると、緩みかけていた頬に力を入れ、鈴へと向き直る。
「……すまない。鈴を疑っている訳ではないんだ。ただ、もしも君が誰かのものになってしまったらと考えてしまってな……」
「……怒って、ないんですか?」
「ああ、……すまない、少し意地悪を言ったな」
そう言って煉獄が鈴の髪を優しく撫でれば、堪らず鈴は彼の胸へと抱きついた。
「良かったぁ……、嫌われちゃったのかと思いました」
「む!嫌う訳ないだろう!」
優しく笑う煉獄に、鈴も安心したように目尻に溜まった涙を拭う。
しかしその直後、煉獄が鈴を抱き締め返した事で、自分から彼に抱きついてしまった事に、はたと気づく。
「だが、鈴に悪い虫が付いては困るのでな!毎晩、俺が鈴を買いに来るとしよう!」
そんな鈴の耳には、先程と打って変わり、上機嫌で笑う煉獄の声が響いていた。