第二章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
彼の父と別れた後。
病室の前まで戻ってきた鈴はひょこっと室内を覗き込むと、キョロキョロと辺りを窺っていた。
「父上と千寿郎なら先程帰ったぞ」
「え……あ、はい」
その様子を眺めていた煉獄は、ふっと口元を吊り上げると彼女に向かって小さく手招きをする。
それに習って、漸く病室へと足を踏み入れた鈴は、寝台横にある椅子にちょこんと腰掛けると、困ったように眉を下げた。
「あの……さっきは返事もせず、病室を飛び出してしまって、すみませんでした」
「そんな事構わないさ。気を使ってくれたんだろう?此方こそすまなかったな」
そう言って優しく眉を下げた煉獄は、話しておきたいことがあったんだと言葉を続けた。
「…‥話しておきたい事ですか?」
それに鈴が不思議そうに首を傾げれば、煉獄は笑みを深めて頷いた。
「眠り続ける俺を暗闇から救い出してくれたことは昨日伝えたが……実はそれ以前に、鈴に命を救われてな」
そう言って千寿郎が置いて行った荷物から何やら取り出した煉獄は、鈴の前にそれを差し出す。
「……これっ、」
「うむ、君がくれたお守りだな。どうやら鎹鴉が煉獄家へと届けたようだ」
紐がちぎれてしまったそれはあちこちが擦れて汚れているが、それと同時に、彼が肌身離さず持ち歩いていたと物語っているようで。
鈴は何も返事を返せぬまま、ボロボロになったお守りを見つめた。
そんな鈴に柔らかく目尻を下げた煉獄は、自分の手に収まるお守りに視線を移し、あの任務での戦闘を思い出していた。
「あの時俺は……乗客を守りきる事だけを考えていた。それこそ自分の命が燃え尽きる事も覚悟した」
「っ、……」
「それほど迄に、上弦とは今までの鬼と何もかもが違っていた。凄まじい威圧感と破壊力、再生速度一つ取っても、下弦の鬼とは比べものにならない速さだ」
その高すぎる身体能力に限界まで追い込まれた、とその後も煉獄は淡々と当時の状況を口にした。
背後には二百人余りの怪我を負った乗客達。
共に任務に携わった隊士には荷が重すぎる上弦の襲撃。
自ずと一人で対峙する他、道はなかった。
彼の説明を息を呑みながら聞いていた鈴は、その光景を想像して顔を歪めた。
柱である彼に致命傷を負わせる程の上弦の力も、
それを前に屈する事なく立ち向かった彼の背中も、
彼が命を投げ打つ事に迷わなかっただろうことも。
その全てがまるで目に浮かぶようで……
「俺が持てる全ての力で放った大技も、上弦の前ではまるで歯が立たなかった」
今、目の前で優しく笑いかける彼を失っていたかもしれない恐怖に、鈴は改めて背筋を凍らせた。
「……だが、あの時確かに鬼は動きを止めた」
そう言って顔を上げた彼が続けた言葉に、鈴は不自然に動きを止めた。
「腰に付けていたお守りが、激しい戦闘の末ちぎれて落ちたその瞬間。ほんの数秒にも満たない時間だが……拳を振り上げたまま、あの鬼は目を見開いて動きを止めたんだ」
全く予想すらしていなかった言葉に鈴は反応もできぬまま彼を見つめた。
「その一瞬では、体の軸を僅かに逸らすのが精一杯だったが……あれがなければ臓器のど真ん中を貫かれていた。きっと今頃俺は此処に居なかった筈だ」
「そ、んな事……どうしてっ、」
確かに藤の花の香り袋を仕込んであるが、このお守りにそれ程までの効力はない筈だ。上弦ともなれば尚更だろう……
何がどうしてそうなったのか。
混乱した頭では恐らく結論も出ないであろうが……
「偶然でも、奇跡でも、……なんでもいいです……それで煉獄さんを失わずに済んだんだから、それだけで私は充分です」
「俺も……鈴にもう一度会えた事を心から嬉しく思っている」
その言葉は鈴の涙腺を最も簡単に崩壊させた。
俯き必死に声を押し殺しながら肩を震わせる鈴を見て、君は存外に泣き虫だったのだな、と煉獄は優しく笑みを溢す。
「……揶揄わないで下さい」
「ハハッ、揶揄ってる訳ではないさ。鈴に辛い思いをさせただけ、存分に甘えてもらっても構わない」
俯く彼女の頭に手を伸ばし、優しくその髪を撫でてやる。
「気を失う直前、母上を見た気がしたんだ。……守りたい人がいるならば、何があっても彼女の元へと帰りなさい。そう諭してくれた」
「………っ、」
「竈門少年に言葉を託した時は正直もう駄目だと思っていたが……俺は諦めが悪い男でな。母上の言葉で気づいてしまった……何を捨てるよりも、自分が死ぬことなんかよりも、鈴に会えない事がこんなに苦しい事だとはな」
そう言って苦笑いを浮かべた煉獄は、君のおかげで今俺は此処にいると小さな声で呟いた。
それにピクリと反応した鈴が恐る恐る顔を上げれば、いつもより幾分か弱々しく眉を下げた煉獄が目に映り、鈴も小さく笑みをこぼす。
「……煉獄さんも存外に泣き虫ですね」
未だに涙を浮かべる鈴と違って、彼の瞳には涙なんて浮かんでいない。
しかし、その表情はまるで泣き出してしまいそうな程、弱々しく見える。
きっと込み上げるものが彼にもあった筈だ。
あんな大怪我を負っても尚、乗客を守り抜いたこと。
千切れたお守りがその戦いの壮絶さを物語り、その時の感情だって思い返したことだろう。
諦めかけた命を、亡き母の言葉が救い、
ずっと心を閉ざしていた父が彼に向き合う事を決めたのだ。
その沢山の奇跡のような必然があったからこその今がある。
それを誰よりも理解しているからこそ、彼はきっとこんな表情を浮かべているのだ。
「本当に煉獄さんが生きててくれて良かったです」
頬を伝う涙を拭う事も忘れ、鈴は勢いよく立ち上がる。そしてそのまま驚く煉獄の頭を抱え込むと、泣きたい時はいつでも私を頼って下さいと口を開いた。
「……ハハハッ、君には敵わないな」
「いいんですよ!偶には甘えてください!」
涙を流して言う台詞でもなければ、格好なんてまるでつかないが……
「……そうだな。少しだけこうしていたい」
それでもその気遣いにふっと頬を緩めた煉獄は、彼女の背中へと腕を伸ばし、ぎゅっと優しく抱きしめ返す。
それに鈴も安心したように目尻を下げると、二人は暫くの間抱きしめ合った後、互いの目を見てクスクスと幸せそうに破顔するのだった。