第二章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
千寿郎に引っ張られるように病室に顔を覗かせた彼らの父親に、鈴はピシリと固まった。
「父上?」
「……杏寿郎」
だが、それは鈴だけじゃないようで、お互いを呼んだ後口を閉ざした二人もまた、なんて声を掛けるべきかと戸惑っていた。
「あ、あの……私は大した用ではないので先に出ます」
そんな中、一番に声を上げた鈴は、ガタンッと椅子の音を立てながら立ち上がる。
そして、そのまま足を踏み出した直後、煉獄に手首を掴まれて、驚きながら振り返った。
「すまない鈴、気を使わせてしまったな……もう帰るのか?」
「あ、いや……」
手を掴まれた事に頬を染め、気にしないでと口にしかけた所で、はたと気づいた三人からの視線。
「……あの!し、失礼します!」
それに居た堪れなくなった鈴は慌てて言葉を紡ぐと、するりと煉獄の手を解き病室を飛び出して行った。
******
風に揺れる洗濯物を眺めながら、鈴は小さなため息を吐く。
〝…‥さっきの私、感じ悪かったよね〟
慌てて飛び出してきたが、彼の父親とは初対面だったのだ。挨拶の一つもしないなんて、失礼にも程がある……
そんな事を考えながら、鈴が一人落ち込んでいると背後でギシリと床が鳴る。
それに驚き振り向けば、今まさに考えていた人物が鈴の後ろに立っていて、首の後ろに手をやりながら遠慮がちに口を開く。
「先程はすまなかった……杏寿郎の父、煉獄愼寿郎だ」
「あ、いえ。そんな‥‥こちらこそ挨拶もせずにすみません。煉獄さ……杏寿郎さんにはいつもお世話になっています」
それに釣られて、鈴もペコリと頭を下げれば、彼の父は困ったように眉を下げた。
それから、少し隣をいいだろうか?と問いかけられて、鈴は戸惑いながらも頷いた。
「千寿郎が話していた。眠り続ける杏寿郎の側に、君は毎日寄り添ってくれていたらしいな。……本来なら父親である私が杏寿郎を支えるべき所だと言うのに……すまない。なんて感謝していいか……」
「い、いえ!そんな……私はただ心配で……そんな大それた事はしていません…」
深く頭を下げる彼に、どうか頭を上げてくださいと、鈴は慌てて彼を宥める。
それにゆっくりと顔を上げた彼は、眉を下げ弱々しく口を開いた。
「……息子達から話を聞いているかもしれないが、私は碌な人間じゃない。己の不甲斐なさに絶望し、妻が先だってからは碌に息子達とも向き合って来なかった。
………向き合う事に恐れていた」
「……」
「あの子は私が駄目になった後も努力を怠らず、たった三冊の指南書で柱にまでなった。……私とは違う、杏寿郎は凄い子だ」
そう言って一つ大きく息を吐いた愼寿郎は、だからあの子が意識不明の重体と聞いて肝が冷えたと、苦しそうに呟いた。
「正直とても後悔した……長年あの子に辛く当たってきた私にはそんな資格もないのに……何故向き合って来なかったと自分を責めた。……もう随分前に、失ってからでは遅いと思い知っていた筈なのにな……」
その言葉に鈴は小さく息を呑む。
幼少期、自身に冷たく当たっていた父を思い出す。
妻を亡くして心を閉ざした……
父も同じだった事を思い出し、鈴は思わず瞳を揺らした。
だけど、目の前の男性はそれを悔やみ、再び息子と向き合おうと努力している。
それが何だかとても嬉しく……少し羨ましかった。
「……何も遅い事はないですよ?きっと息子さん達はお父様を待っていた筈ですから……そうやって悩んで、再び向き合ってくれただけで、子供は無性に嬉しいものです」
その言葉に愼寿郎は先程の杏寿郎の反応を思い出す。
今までの不甲斐なさを詫びれば、驚いたように顔を上げた後、嬉しそうに頷いていたこと。
それから父上を支えられなかった自分にも非があると続けた杏寿郎に、健気に思い続けてくれたことを知り思わず泣きそうになったこと。
そして、そんな息子が是非紹介したい娘さんがいると、恥ずかしそうに笑ったことを思い出す。
「…‥ありがとう。君には助けられてばかりだな」
「………?いえ、私は思ったことをお伝えしただけですので」
それにキョトンと小首を傾げた鈴に、愼寿郎はふっと口角を上げた。
それから、ぽふんと鈴の頭を撫でると、杏寿郎が呼んでいると笑いかけた。
「え、あ、……ありがとうございます」
それに鈴が頬を染めるのを確認すると、愼寿郎はゆっくりと立ち上がる。
それからくるりと背を向け数歩進んだ所で、鈴へと振り向きざまに声をかけた。
「私はもうお暇させて貰うから、今度は是非我が家に遊びに来なさい。杏寿郎が君を紹介したがっていた」
「え!!」
それに、ぼん!と先程の比じゃない程鈴が顔を赤らめれば、優しく目元を緩めた愼寿郎は、今度こそ此方に背を向け去って行った。
「………っ、」
残された鈴は、頭に手を置き呆然と先程の出来事を振り返る。
優しく笑う愼寿郎に、父親という存在がどれだけ暖かいものなのかと強く実感する。
千寿郎に父親の話を聞いた時は、自分と似通った状況だった事に、思わず泣きそうになってしまったが……
今はまた違った意味で泣きそうになった。
いつも優しく笑いかけ、こんな自分を支えてくれる煉獄さんに、心寄り添える存在ができて嬉しいと同時に、やっぱりちょっと羨ましくて……
鈴は眉を下げながら小さく笑う。
「……大きな手だったな」
愼寿郎が撫でてくれた頭に手を置いたまま、鈴はぽつりと呟いた。