第二章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「‥‥すみません。もう日も落ちてきたので、そろそろ任務に向かおうと思います」
「うむ!そうだな、足止めさせてしまってすまなかった!!」
「いえ、足止めだなんて……」
そう言って眉を下げた鈴に、煉獄はにこにこと笑みを浮かべる。
そのまま、くれぐれも怪我だけはしないように!なんて笑顔で見送りの言葉を口にする。
ここにしのぶが居ようものなら『大怪我を負った癖に何を言ってるんですか』と、きっと小言の一つでも落としただろうが……、
煉獄の事が心配な鈴はその一言に曖昧に頷くのみ。
煉獄は一ヶ月近くも眠り続けていたのだ。
きっと身体が思うように動かないだろうし、そもそも傷だってまだ治ってはいない。
それに漸く彼とも想いが通じ合えたのだ。
本当はこのまま彼の側にいたい所だが……生憎鈴には任務がある。
鈴は困ったように眉を下げると、後ろ髪引かれる思いで口を開く。
「……煉獄さん、まだ起きたばかりですからあまり無理せず、ちゃんと屋敷の娘達に頼って下さいね?」
「うむ!勿論そうさせて貰おう!」
「……ずっと寝てたんですから、いきなり沢山のご飯を食べちゃ駄目ですよ?胃がびっくりしちゃいますから」
「ああ!了解した!!」
「……それから、「ぐっ、くく……まだあるのか?」
心配そうに次から次へと口を開く鈴に、煉獄は堪らず笑みをこぼす。
彼女が任務に出ると言ってから数分経つが、一向に立ち上がる様子はない。
それに、彼女はこれから任務に行くのだ。どちらかと言えば心配されるべきは鈴の方だろうと、杏寿郎は小さく息を吐く。
この一ヶ月、鈴にはかなり心配をかけたようで申し訳なく思ってしまうが、あまり遅くなってしまっては任務に支障をきたしてしまう。
慌てて事を進めれば、それこそ鈴の身が危なくなる。
それを知っている煉獄は鈴に向かって腕を伸ばすと、彼女の手を握り微笑んだ。
「無理はしない!しっかり少女達の言いつけを守ると誓おう!だから鈴も任務で怪我をしないように気をつけてくれ!」
「え、ああ。はい…」
「うむ!それから、俺はまだ当分蝶屋敷で世話になると思う。もし出来るなら、また暇な時はこうして顔を見せに来てくれないか?」
そう言って優しく眉を下げる煉獄に、鈴は思わず頬を染める。
「勿論です。すみません、小さな子供のように駄々を捏ねて…」
それから恥ずかしそうに謝罪の言葉を口にすると、今度こそゆっくりと立ち上がる。
「いや、そんな可愛らしいものならいつでもやってくれていい」
「……もう、あんまり甘やかさないでください。」
「むう?俺としては、もっと甘えて欲しいくらいだがな!」
それにくすりと煉獄が笑みを浮かべれば、鈴は照れ隠しのように、また来ますと笑いかけ、今度こそ彼の病室を後にした。
******
蝶屋敷を後にした鈴は、キョロキョロと辺りを見渡すと自身の鴉を呼びつけた。
「煉獄家へ……千寿郎君に煉獄さんが目を覚ましたと、至急伝えて」
それに返事をするように鴉がカァ、と一鳴きして飛び立つ姿を見送り、鈴は漸く任務へと向かう。
今回、煉獄が蝶屋敷で療養する前から、実は千寿郎と鈴は面識があった。
それは鈴が煉獄家へお邪魔する度に顔を合わせてはいたから、という単純な理由なのだが、今回の事があったおかげで千寿郎ともかなり親しくなっていた。
しかし、そんな千寿郎の口から、寝たきりとなってしまった兄の見舞いに顔を出す一方で、家で床に伏せている父の世話も甲斐甲斐しく焼いている。そんな話を聞かされた時は、思わず言葉を失った。
だってそんな話、煉獄から聞かされた事は一度もなかったから。
彼はいつも笑顔で、人一倍責任感が強くて、沢山の隊士の憧れで……
だけどきっと、心の何処かでは寂しさを感じていた筈だ。
弟に寂しい思いをさせないために……
父親に自分の存在を認めて貰うために……
彼は必死で任務をこなし、家族を支えてきたのだろう。
それを話してくれた千寿郎もまた兄に似て、心優しい少年だった。
眠り続ける煉獄を見つめ、俺は兄の為に何が出来るでしょうか?と千寿郎は悲しそうに瞳を伏せた。そんな千寿郎に、なんと答えたらいいのか分からずに鈴は曖昧に微笑んだ。
あの時は、きっと千寿郎君以上に自分は取り乱していただろうし、純粋に彼への想いを口にした千寿郎君に負い目を感じてしまったから。
自分の想いばかりをひた隠し、彼の想いに応えられていない鈴には、千寿郎を励ますのも気が引けてしまったのだ。
しかしそんな鈴の思いとは裏腹に、数日後、病室に顔を出した千寿郎は、決意に満ちた表情をしていた。
なんでも炭治郎が煉獄の託した言葉を伝えに来てくれたのだとか。
その際、命をかけて戦った兄の事を、彼らの父は炭治郎の前でも馬鹿にしたようだ。
大した才能もないのに剣士になどなるから、死にかけているんだろう。くだらない、愚かな息子だ!杏寿郎は、とー……。
それに千寿郎が何も返せずいると、炭治郎が
「ええ!?炭治郎君、殴っちゃったの!?」
「……はい」
まさか炭治郎が、人の家の前で、その家の主人を殴り飛ばすなど想像もしていなかった鈴は、ここが病室であるのも忘れ、大声を上げた。
それに苦笑いを浮かべた千寿郎は、困ったように眉を下げて……でも、すっきりしたんです。父に口答えすら出来なかったから、と呟いた。
「……剣士の道は諦めます。それ以外の形で、人の為になる事をします」
それから炭治郎から聞いた兄の言葉で、自分のこれから進むべき道を決めた事も教えてくれた。
眠り続ける兄を見つめ、穏やかな口調で決意を口にした千寿郎に、鈴も釣られて煉獄へと視線を移した。
「……そう。千寿郎君がそう決めたなら、それは決して間違いではないはずよ。私も応援する。……それに煉獄さんだって、きっと千寿郎君の決意を聞けば、嬉しそうに背中を押してくれるわ」
それに千寿郎が嬉しそうに頷いたのは、もうかれこれ二週間ほど前の事である。
あれから度々顔を合わせては、お互いの近況を報告し合っていた鈴は、兄の目覚めを願い続けているだろう優しい少年に、早く伝言が届く事を祈りながら、任務地に向けて歩みを進めるのだった。