第二章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
青白い顔でただ呆然と処置室の扉を見つめる鈴に、隠の男はなんて声をかけたらいいか分からず、困ったように眉を下げた。
煉獄と鈴の仲睦まじい姿は度々目にした事もあるし、二人が恋仲だという噂もある。
今まで何度となく鬼によって引き裂かれる人々を隠である彼は見てきたのだ。それは民間人に関わらず、時には仲間だった者たちや、時には自身の肉親だったり。
皆それぞれ抱える悲しみがあるからこそ、軽々しく『きっと大丈夫です』なんて、口にする事も出来ずにいた。
だが、そんな彼に鈴は小さな声で問いかける。
「………煉獄さんの怪我の具合はどうなんですか?」
「あっ、…は、はい………あの、……どれも重傷ではあります……左目は潰れていますし……折れた骨が臓器を傷つけていて………それから、そのっ……」
それを黙って聞いていた鈴が、ぎゅっと拳を握りしめたのがたまたま後ろにいた隠の視界に入る。
致死量を超えた腹の傷は、確実に命に関わる大きな傷だが……これ以上彼女を苦しめたくなくて、一瞬伝えるべきかを躊躇った。
だが、そんな隠の思いとは裏腹に鈴はくるりと振り返ると、正面から彼をじっと見つめて問いかける。
「………それから?」
「っ、………体の真ん中に風穴がっ、空いて…いて……すみません、俺達では手の施し用がなくてっ……」
「………そう、ですか……駆けつけた貴方方のほうが辛いのに、伝えて頂いてありがとうございます」
「いえ、そんな……」
「私はもう大丈夫ですので、貴方も少し体を休めて下さい。緊急要請で現場へ駆け付けたのでしょう?」
遂には堪え切れず涙を浮かべた隠に、鈴は優しく笑いかけた。
相変わらず顔色は悪いままだが、彼女が蝶屋敷に駆け込んできた時のように取り乱す様子はない。
しかし淡々と続けられた言葉は感情が篭っていない様に感じるし、その笑顔は明らかに無理をした痛々しいものだった。
「私はもう少しここで待っていたいので」
そう言って再び処置室へと視線を移した鈴に、隠は口を開きかけて思わずぐっと押し黙る。
まるで一人にして欲しいと言っているようなその背中に、投げかける言葉が見つからず、隠は深く頭を下げるとその場をそっと後にした。
******
それからどれぐらいの時間が経ったのだろう。
数十分なのか……、
はたまた数刻経過しているのか。
ただ呆然と扉を見つめている時間は、とてつもなく長いように感じた。
もしも煉獄さんが助からなかったら……
頭を支配するのはそんな良からぬ考えばかりで、こうして今、彼の命が危ぶまれていようとも、彼の為に何もする事ができない自分の無力さに打ち拉がれていた。
「……鈴さん、いらしていたんですか」
そんな事を考えていれば、突然目の前の扉が開き、驚いた顔をしたしのぶが顔を覗かせた。
彼女は何処か疲れた顔をしていて、普段とは違う消毒液の匂いに包まれていた。
その様子から恐らく彼の怪我の処置が終わったのだと容易に検討がついた。
「しのぶちゃん……あ、の……」
そして煉獄さんの病状を聞くつもりで口を開きかけて、鈴はそこで動きを止めた。
『……手の施し用がなくて』
先程の隠の言葉がチラついて、その先を聞く事が怖くなってしまったのだ。
そんな鈴の様子に気づいたしのぶは困ったように眉を下げて、優しい口調で語りかける。
「…‥煉獄さんの処置なら済みましたよ。今から病室に運ぶところです。……話は病室でしましょうか」
そう言って此方を気遣い笑いかけるしのぶに、鈴は返事すら碌にできずにただ小さく頷いた。
******
数名の隠が煉獄を担架に乗せて移動するのを呆然と眺める。
「‥‥上弦相手に一人の犠牲者も出さなかったそうです」
病室に移りしのぶの話を聞く間も、鈴は口を閉ざしたまま、ただ呆然と彼の寝顔を眺めていた。
いつもはカッと見開かれているその瞳は固く閉じられ、左目に関しては包帯で完全に覆われている。
腹部の傷までは確認できないが、血を失いすぎたのだろう。真っ青な顔をした彼の腕には、命を繋ぎ止めているかのように点滴の管が刺さっていた。
「呼吸を使ってギリギリのところで止血はしていたようですが……失った血は余りにも多すぎました。」
鈴を気遣いながらも、彼の怪我について口にしたしのぶは悲しそうに目を伏せる。
「なんとか命は繋ぎ止めていますが……私達に出来る治療は全て施しました。あとは煉獄さんの生命力に賭けるしかありません」
その言葉に鈴はぐっと拳を握ると、小さな声で呟いた。
「そっか……うん、分かった。ありがとう」
そう言って頭を下げた鈴に、しのぶは曖昧に頷くと、静かに病室を後にした。
「煉獄さんっ、………」
病室に残された鈴は、そっと煉獄へと手を伸ばす。
いつも優しく包みこんでくれるその掌に、初めて自分から触れて後悔する。
いつもは温かいその掌が今日は何処か冷んやりしていて……彼がこのまま目覚めない、彼がいない未来を想像して思わず頬を涙が濡らした。
堪えていた涙は流れ始めれば止まる事を知らず……
「うぅ……煉獄さんっ、……」
それから暫く、病室内には鈴の嗚咽だけが小さく響いていた。