第二章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
優しく笑いかける煉獄から、静かに重ねられた掌へと視線を移した鈴は、その温もりに、ほっと小さく息を吐く。
そして意を決して、あの日の出来事を口にした。
「あの日、私は些細な事で父を怒らせてしまって……納屋に閉じ込められていたんです」
それは些細な事、……今となっては何で怒られたのかすら思い出せない程チンケなことで、父は鈴を殴りつけ、ひきづる様に納屋へと閉じ込めた。
だがそれはいつもの事で、何度も外へ『ごめんなさい』と声をかけたが、返事は勿論返ってこない。
その日は雪がしんしんと降っていて、冷え切った体を抱きしめながら、鈴はシクシクと泣いていた。
殴られて腫れた頬も、暗い納屋の中も、その全てに怯えて泣くことしかできない、力のない幼子だった。
「いつもなら、兄さんが父の隙を見て私を助けにきてくれたんです。……でも、その日は来なかった。代わりに聞こえたのは、父の聞いたこともないような、怯えきった叫び声でした」
許してくれ、俺が悪かった……頼む、……
そんな父の声と、何かがグルルと喉を鳴らすような音が微かに聞こえてきて、鈴は思わず息を顰めた。
だけど、その直後聞こえた短い悲鳴と、大きな物音に、幼い自分は、どうしようもない不安に駆られた。
普段なら父に怒られるかもしれないと、一度も自分から納屋を飛び出すことをしなかった筈なのに、その時ばかりは必死で扉を蹴破って、雪も気にせず外へと飛び出したのだ。
「私が納屋から飛び出て見たのは、血溜まりで倒れる父の姿と、その手前で私に背を向けたまま立ち尽くす兄の後ろ姿でした」
「……それで、父上はそのまま?」
「はい。その後のことは、お館様に説明した通りです。兄は父を殺した後、私に気づいて……
涙を流しながら首を掻きむしって、必死に鬼化しないようにもがいていたんだと思います。だけど、兄さんは、それに勝てなかった……
だから、本当は少し炭治郎君が羨ましかったんです。そんなに強い絆は私達には、なかったから」
「……鈴」
「先生が助けてくれて……、あの時私は兄が灰になっていくのを眺めていることしか出来なかった……、声をかけてもあげられなかった……
最後に兄さんは言ったんです、『沢山辛い思いをさせてごめん』って……、『いっぱい素敵なものを見せてやりたかった、笑わせてやりたかった』って……。
今でも兄さんには悪いことをしたと思っているんです。とても優しい人でしたから、きっと最後まで情けをかけてしまったんです……私のような妹がいなければ、鬼舞辻に目をつけられるような事もなかったかもしれない。私がいなければ、父と……母と、幸せに暮らしていた未来があったかもしれない……」
そんな事今更考えたって、何も変わりはしないんですよね……そう言って眉を下げた鈴を、煉獄はジーッと眉間に皺を寄せながら見つめていた。
「鈴は、自分が生まれなければ全てが幸せだったとでも思っているのか?本当に君の兄が、同情していただけだと……本気でそう思っているのか?」
「……」
「正直に言おう。俺には君の気持ちを完全に理解してやることは出来ない。
……煉獄家は代々鬼狩りを継いできた家系だ。鬼によって命を落とした者はあれど、身内が鬼にされたなどと言う話は聞いたこともない。だから君の悲しみを想像してやることしか出来ない」
「……はい」
「だが、妹を想う兄の気持ちなら、痛いほどに分かる。
何故兄上は、鬼にならぬように足掻いたと思う?何故最後に君に言葉を残した?……それは一重に大切な妹だからだろう?断じて情けではない、大切だったからだ!!」
鈴の掌をぎゅっと包み込み、煉獄は鈴の為に、彼女の兄の為にも言葉を続けた。
「鈴は、自分の幸せを端から諦めていないか?」
「………」
「兄上が必死で足掻いたのは、君に幸せを諦めてもらう為じゃない。鈴を幸せにしてやりたくて、最後の最後まで抵抗したんだろう?」
「……それ、は……っ、」
「鈴がその思いとしっかり向き合ってやらねば、兄上も報われないだろう?」
そう言って最後に優しく笑いかけた煉獄に、鈴は思わず押し黙る。
そんな事、彼に言われるまで考えもしなかった。
いつ死んでもおかしくないと高を括り、無意識に自分の選択肢を減らしてきた。他人に必要とされるのに必死で、それがどんなに自分の首を絞めるような結果になろうが、自分のことなどどうでもよかったのだ。
だが今目の前で、自分の為にそれを諭してくれた彼に、その言葉に、うちに秘めていた感情が綻び出す。
『寂しい』『辛い』
『認めてほしい』
『そばにいて欲しい』
溢れた思いは簡単には消えてくれなくて、今にも溢れ落ちそうな涙を堪え、鈴はぽつりと呟いた。
「…‥本当は、もっと兄さんと一緒にいたかった。父さんにも、愛されたかった」
「ああ」
「寂しかった、辛くて……でも私は誰にも必要とされていないっ、て、思って……」
俯きながら鼻を啜り始めた鈴に、煉獄はそっと手を伸ばし、その体を抱き締める。
「鈴は一人で頑張りすぎだ、もっと周りを頼るといい。それと、これからは自分の幸せを諦める必要もない。」
「……っ、」
「大丈夫だ、君は決して一人ではない。甘露寺や冨岡、胡蝶……他にも沢山の者達に君は慕われている。俺が嫉妬に駆られる位にな!」
「……なん…ですか、それっ」
涙声で聞き返して来た鈴に、ハハッと小さく笑った煉獄は、抱き締めている腕に力を込めて、ぎゅーっとその体を包み込む。
「…‥俺が側にいる。だから、これからは一人で泣かないでくれ、頼って欲しい」
「……はい、」
その言葉と優しい彼の温もりは、冷え切った鈴の心を溶かしていくかのようだった。