第二章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
パチパチと爆ぜる炎が段々と小さくなるのを視界に捉え、鈴は人知れずため息を落とした。
「……うむ!これだけ火が収まればいいだろう」
そんな鈴を他所に、煉獄は新聞紙に包まれた薩摩芋に落ち葉の灰を被せていく。
その手際の良さを呆然と眺めていた鈴は、楽しそうな彼の姿に、困ったように眉を下げた。
結局彼の申し出に頷いて、煉獄家の庭先までやって来てしまったが、一体何を切り出せばいいのか。どうやって謝ればいいのだろう。
そんな事ばかりを、頭の中でぐるぐると思い浮かべては、また一つ小さく息を吐く。
こうして時間を置いて冷静に考え直してみれば、柱が炭治郎達兄妹を「はい、そうですか」と簡単に許してしまえない理由も容易に理解できる。
…‥風柱は些かやり過ぎだったとは思うが、煉獄さんは鬼殺隊を支える柱として取るべき対応をしたまでで、何も間違ってはいなかったのだ。
それなのにあの時の自分と来たら、怒りに任せて冷静さを忘れ……あの時、彼が止めなければ、きっと風柱に食ってかかっていただろう。
本来ならば、それだけでも頭が上がらないというのに……どうして理解してくれないのかと、彼に八つ当たりまでしてしまうとは、本当に自分はどうしょうもない奴である。
それが分かっているからこそ、こうして自分の為に時間を作ってくれただけでなく、普段通りに接してくれる煉獄に、なんて切り出せばいいのかと鈴は思わず頭を悩ませていた。
だが、そんな鈴の思いとは裏腹に、先に口を開いたのは、鈴に背を向けたままの彼の方だった。
「いきなり呼び出してしまってすまなかった…」
そう言って話し出した煉獄に、鈴は静かに視線を上げる。
「正直、このまま鈴が離れて行ってしまうような気がして心配だった」
「……そ、んなこと」
「ははっ、情けないだろう?つい上官命令だなんて言葉で君を呼びつけてしまったが……本当に来てくれるだなんて思わなかったから、一人で浮かれてしまった……すまない」
そこまで口にした彼は、落ち葉の山の前から立ち上がりパンパンと手の汚れを払う。そしてくるりと鈴を振り返ると、困ったように眉を下げた。
「鈴の気持ちも考えず、一方的な意見を述べた事は理解している。しかし、鬼に奪われた命を思えば、あの鬼を殺すべきだと……あの時口にした思いに偽りはない」
「……はい」
「だが…… あくまでそれは俺の意見だ。鈴や頭突きの少年、お館様の話を聞いて、理解する為の努力をしようと思った。君の……鈴の話を聞くべきだと」
「……私の話?」
眉間に皺を寄せながら、彼の言葉を繰り返した鈴に、煉獄はふっと小さく笑みをこぼした。
それから徐に歩みを進め、縁側に腰掛けた彼は、すぐ隣をぽんぽんと叩くと「焼き芋が出来るまでまだ時間がかかるからな」と呟いて、隣に座るように促した。
そしてそれに従い、おずおずと近づいてきた鈴に優しく笑いかけると、彼は静かに口を開いた。
「……君の兄上のこと、鈴さえ良ければ俺に教えてくれないか?」
「……兄のこと」
「ああ、実は随分前に熱に浮かれた君が、俺を兄と間違えて思いを口にすることがあってな……君は覚えていないだろうが」
「……そう、だったんですか」
「本当は鈴の口から話して貰うまでは黙っておこうと思っていたのだが、無茶をしそうな君を見ていられなくて他の柱達がいる前で話してしまった……きっと傷ついただろう、すまない」
その言葉に鈴は、ぶんぶんと首を横に振る。
彼がいつそれは知ったのか、何故知っているのかとあの時は驚きを隠せなかったが……
それを聞いてから彼はずっと、自分のことを気にかけてくれていたのだろうと胸が苦しくなった。
そして「無理にとは言わない、辛ければ話さなくても構わない」と続けた彼に、鈴は勇気を振り絞り、ぽつりぽつりと幼少期の記憶を口にした。
「私には母がいませんでした。幼い頃、母は私を出産した後すぐに、感染症にかかり亡くなったそうです」
そう言って始まった彼女の身の上話は、とても酷なものだった。
妻を失い自暴自棄となった父親は、鈴が物心着く頃には八つ当たりの標的を、最愛の我が子へと向けていた。
「お前のせいで、母親が死んだ」
「お前が産まれてきたせいだ」
「お前なんて、産まれてこなければ良かったんだ」
そんな罵声を浴びるのはしょっちゅうで、父親から手を挙げられることも少なくはなかったと言う。
しかし、鈴がそれでも今日まで生きてこられたのは、自分を守ってくれた最愛の兄の存在があったからだと彼女は笑った。
「兄さんは私より八つ年上で、いつも優しくとても才能溢れる人でした。」
「そうか、自慢の兄上だったのだな」
それにコクリと頷いた鈴は、とても尊敬していたと続けて瞼を伏せた。
「……私が十になった時です、兄が鬼になったのは」
震える声で紡がれたその言葉に、煉獄がそっと鈴を覗き込めば、その顔は悲しみを表すように歪められていた。
……同時に柱合会議で鬼と不死川のやり取りに、取り乱していた鈴の姿を思い出し、その悲しみを少しでも和らげてあげたいと、どうしょうもない衝動に駆られた。
そっと隣に手を伸ばし、彼女の掌の上に重ねれば、驚いたように顔を上げた鈴と視線がかち合う。
「大丈夫だ、俺が側にいる!」
過去に囚われたまま、怯えたような瞳を向けた鈴に、煉獄は安心させるように笑いかけた。
〝……いつまでも、逃げていちゃ駄目だ〟
重なるように置かれた掌から、じんわりと伝わる体温が鈴をそっと後押しする。
それを視界に捉えながら、深く息を吐いた鈴は、あの日の出来事を小さな声で紡いでいくのだった。