第二章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「おい、鬼ィ?…飯の時間だぞ?食らいつけェ」
そう言って、禰󠄀豆子が入った木箱の上に、不死川は自身の腕を差し出した。
その腕から伝う血が、ボタッ、ボタッ……と音を立てながら、木箱の上へと滴り落ちれば、中から苦しそうな呻き事が漏れ始める。
「……不死川、日なたでは駄目だ。日陰に行かねば鬼は出て来ない」
それに加えて、伊黒が不死川へと助言をすれば、その一言に、チラリと屋敷へ視線を移した不死川は、お館様に一言断りを入れると同時に、屋敷の中へと上がり込む。
そして迷う事なく刀を構えた不死川に、炭治郎が叫び声を上げた瞬間ー……
「やめろーっ!!ぐぁっ、……」
すぐさま伊黒が、炭治郎を強く押さえつけ、身動きを封じていく。
「……っ、炭治郎君!」
それにはすかさず鈴も声を上げ、炭治郎の元へと駆け寄ろうとするが、横から伸びて来た煉獄の腕が、再び鈴を押さえつけた。
「煉獄さん!離してっ!!」
キッと彼を睨みつけ、声を荒げた鈴に対し、煉獄は努めて冷静に、大人しくしているようにと口を開く。
それから視線を徐に移した煉獄は、事の成り行きを見極めるように、真剣な表情で不死川をじっと見つめた。
「や、やだ……っやめて、お願い……」
その光景に鈴が悲痛な叫びを上げようが、不死川の動きが止まる事はない。思いっきり振り上げた刀で箱を何度も突き刺した彼は、わざと禰󠄀豆子を挑発するように口を開く。
そしてその言葉に導かれように、ゆっくりと禰󠄀豆子が姿を現したその時、煉獄はふと押さえつけていた筈の鈴の腕に違和感を覚えた。
先程まで抵抗しようとしていた筈の左腕からは完全に力が抜けていて、それどころか小さく震え初めた腕は指先までどんどん冷たくなっていく。
その異変に気づいた煉獄は、チラリと横目で鈴を盗み見ると、ぐっと眉間に皺を寄せた。
「鈴……辛いのなら見なくていい」
だが小さく落とされたその言葉に、鈴は返事すら出来ずに、その光景に目を奪われていた。
箱の中から出て来た禰豆子は、苦しそうな呻き声を上げながら、目の前に差し出された血だらけの腕に釘付けになっている。
涎を垂れ流し、その腕に目を奪われる禰󠄀豆子の姿が、あの日の兄と重なって、鈴は息の仕方を忘れた様に浅い呼吸を繰り返す。
……心の傷とは簡単に癒えるものではない。
いくら鍛錬を積み、隊士としての腕を磨こうが、鈴にとっては未だに克服することの出来ない辛い記憶なのである。
目を見開き、呆然とその光景を眺める鈴の耳には、炭治郎の苦しそうな声や、それを諭すしのぶの声、捲し立てる宇髄の声が確かに届いている筈なのに、その全てから遮断されたかのように鈴はただ流れていく光景を見つめる事しか出来なかった。
そんな鈴の視線の先では、禰󠄀豆子が飛びつくのを今か今かと待ち侘びる不死川が、怪しく口元を吊り上げていた。
血まみれの腕を前に抗える筈もない。
きっと彼もそう確信していたに違いないー……
しかし、伊黒の拘束から抜け出した炭治郎が、禰󠄀豆子の名前を叫んだ瞬間、あろう事か、禰󠄀豆子はプイっとその腕からそっぽを向いたのだ。
「っ、……」
その瞬間、漸く息が吸えたような感覚を覚えた鈴は、右手を胸の前にやり、ぎゅーっと体を縮こまらせた。
禰󠄀豆子や炭治郎を信じてはいるが、実際にその状況を目撃すれば、嫌でもあの光景と重なって見えてしまう。
……あの時とは違う、兄さんとは違う。
心の中で何度もそう言い聞かせた鈴は、震える体を落ち着かせるよう大きく息を繰り返した。
「……どうしたのかな?」
そんな鈴と同じように、不死川も動揺が隠せぬようで、その口からは小さく驚きの声が漏れる。それにお館様が問いかければ、従者の少女が一連の出来事を口にする。
「鬼の女の子はそっぽ向きました。不死川様に三度刺されていましたが、目の前に血塗れの腕を突き出されても我慢して噛まなかったです」
「ではこれで、禰豆子が人を襲わないことの証明ができたね」
そう言って笑いかけたお館様は、炭治郎へと優しい口調で言い聞かせる。
「炭治郎、それでもまだ禰豆子のことを快く思わない者もいるだろう。証明しなければならない。これから炭治郎と禰豆子が鬼殺隊として戦えること、役に立てること……十二鬼月を倒しておいで?そうしたら皆に認められる、炭治郎の言葉の重みが変わってくる」
その言葉に炭治郎が威勢良く返事を返していると、それから鈴?とお館様から声が掛かる。
「鈴の思いはここにいる柱達なら、充分に理解している筈だよ?それでもこの子達が、禰󠄀豆子についてすぐ判断が出来なかったのは、今まで託されて来た仲間達の思いがあったからだろうね」
「………」
「鈴に辛い思いをさせてしまった事、申し訳ないと思っている。だけど何方の判断も間違ってはいないんだ……この子達の思いも分かってくれるかな?」
「…はい。……私も、一方的な意見でしたので…」
「鈴、ありがとう」
そう言って笑いかけたお館様は、鈴に処罰は下さない事を柱達に言い聞かせ、無事裁判を終わらせた。
その間、鈴はそっと俯いてお館様の言葉を心の中で繰り返していた。
……きっとお館様の言われた通りなんだろう。
柱達は、沢山の死線をくぐり抜けてきた強者揃い。故に、犠牲になった人々や仲間が託してくれた思いを、人一倍背負っているのだろう。
そんな事を考えていれば、ふわりと頭に重みを感じ、鈴は徐に顔を上げる。
「義勇……」
「鈴、大丈夫か?」
それに鈴がコクリと頷けば、義勇は安心したように小さくほっと息を吐いた。
珍しく仲睦まじく言葉を交わす彼の姿に、元々彼らが兄妹弟子だと知っていたしのぶや煉獄、他人に興味がない時透以外の柱達は面食らう。
そんな鈴にお館様が、気をつけて帰るようにと声をかければ、触れるだけになっていた鈴の腕が煉獄の手からすり抜ける。
「鈴、先程はすまなかっ「煉獄さんが謝る必要はないですよ?……それより、私の方こそ出すぎた真似をしてしまい、申し訳ありません……では、私は失礼します」
煉獄の言葉を遮り頭を下げた鈴は、そう一言呟いてくるりと背を向け歩き出す。
「では柱合会議を始めようか」
それを合図にお館様が口を開いた後も、煉獄は暫し鈴の背を見つめたまま……
『貴方には、分かって貰いたかった』
悲しそうに呟いた表情や、するりと離れていった鈴の腕を思い出し、ぐっと拳を強く握り締めた。