番外編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
管轄地区の警備を終え、帰路に着く。
今日は鬼に出会う事もなく、鬼によって悲しい思いをする人が出なかった事に、杏寿郎はほっと肩を撫で下ろした。
しかし、このまま煉獄家へと帰るにも早すぎる。まだ日が昇るまでには随分時間もある為、念のため、管轄区域ギリギリの遠回りをする道を選び、帰路に着く。
暫く静かな田んぼ道を進み、もう少し進めば普段賑やかな街中へと出る所で、バサバサと翼を羽ばたかせる音が微かに聞こえ、振り返る。
すると先程通り過ぎた分かれ道の逆側から、鎹鴉が慌てた様子で飛んでくる姿が目に入る。
『助ケテ!助ケテ!』
近づいてくる鴉に向かって駆け寄れば、杏寿郎の上を旋回しながら、鴉は必死に口を開いた。
「分かった!!君の相棒を助けにいくから、至急その隊士の元まで案内してくれ!!」
******
鴉の案内について行けば、小道に作られた地蔵の横で鴉は徐に動きを止めた。そして、木の枝に止まり羽根を閉じた鴉は、心配そうに泣き声を上げた。
その視線を辿れば、地蔵の裏……木の根元に体を預ける様にして、荒い息で蹲る隊士の姿が目に入る。
「大丈夫かっ!!」
「……あれ?っ、………来てくれたの?」
「鬼は?……血鬼術を食らったのか?」
「いえ……もう首は斬って……これはただのっ、体調不良でー……っ、」
朦朧とする意識の中、小さな声でそう呟いた隊士の言葉に、杏寿郎はすぐに険しい表情を浮かべた。
「体調が悪いのなら、休暇を申し出るべきだろう!!鬼を倒せたからいいものの、……無理をして君が命を落とせば、悲しむ者もいる筈だ!!何故、そのような無謀な行動を取ったんだ!!」
「………すみ、ま……せん」
「とりあえず蝶屋敷へと運ぶから、君は少し休みなさい」
そう一言呟いて、少女を背に背負えば、伝わってくる体温の高さに、杏寿郎は眉間の皺を深くした。
〝……よくこんな状態で鬼の首が斬れたものだな〟
若干呆れながらも、彼女を支え歩き出した杏寿郎は、静かになった少女の様子にため息を吐いた。気を張っていたのが緩んだのか、体力の限界が先に来たのか……背中で寝息を立て始めた少女に、小さく笑みを溢した杏寿郎は、足早に蝶屋敷を目指すのだった。
******
それから暫くー……
時間にすれば三十分程経った頃。
「う、ん……」
背中に背負った少女が、もぞもぞと動く気配を感じ、杏寿郎は静かに口を開いた。
「……まだ屋敷までは時間がかかる。もう少し眠るといい」
「‥‥兄さん………私、…ごめんなさいっ、」
意識が朦朧としているのだろう。杏寿郎を誰かと勘違いしている彼女は、ぐずぐずと鼻を啜りながら、ごにょごにょと何かを呟き始めた。
それに、はぁ…と小さくため息を漏らした杏寿郎は、彼女の兄がどのような人柄かは知らないが、自身の弟を思い浮かべ、優しい口調で語りかけた。
「……君が無茶をすれば、兄上はどう思う。きっと君の身を案じて、心を痛めるのではないか?」
「………」
「少しは周りを頼ってみてはどうだ?」
「……それは駄目…、駄目なのっ」
何故か頑なに駄目だと繰り返す彼女に、杏寿郎は
ピタリと歩みを止めた。そして素直に、それはなぜかと、頭に浮かんだままに問いかけた。
「‥誰かに…‥寄りかかったら、……もう一人では立てなくなるっ、……もう、兄さんを失いたくないっ、…‥強い自分になりたいの」
「…‥誰かを頼る事は、決して弱い事じゃない。それに人は一人では生きていけない、……君の言う強さは、本当の強さではないだろう?」
「……な…の、駄目なのっ、……それじゃ、駄目……」
「むう……君は何故そう思うのだろう?」
「だって……私が弱いから……兄さんをっ、鬼になんて、したくなかった……」
その後も鬼にならないでと、うわ言を繰り返す少女に、杏寿郎は言葉を失った。
鬼殺隊士には色々な事情を抱えた者がいる。
鬼に家族を殺された者、友人を殺された者、様々だが……
この少女はきっと、実の兄を鬼に変えられてしまった過去を持つのだろう。
そこまで考えて、杏寿郎は静かに目を伏せた。そして、脳裏に弟を思い浮かべ、最愛の家族が鬼になったらと想像する。
それだけで胸が張り裂けそうな思いになる。
…‥どれほど、その残酷な事実に打ちひしがれてきたのだろう。この少女は自分を責めて……、一人で必死に強さを求めてきたのだろうか。
幼き頃に母を亡くしてはいるが、自分には今でも父や弟がそばに居る。
この少女には、心休まるような存在が……、
寄りかかる事のできる相手はいるのだろうか。
そう考えたら、無性にこの少女を支えてやりたいと思った。君は一人じゃないと、いつでも頼ればいいと伝えてやりたかった。
「君が抱えている悲しみを、消してやることは決して叶わないかもしれないが……君が一人で涙を流す時、そばにいて、いくらでも話を聞いてやる!!気が済むまで胸を貸してやることもできる!!……だから、一人で何もかも抱え込むな!!」
「……」
努めて明るく言い放ったその言葉に、少女が返事を返すことはなかった。それには杏寿郎も一瞬不安を覚えたが……
「む?……そうか、眠ってしまったのか……ははは、はっ、はぁ……」
乾いた笑みを浮かべた杏寿郎は、そのまま大きなため息を吐いた。そして、今度こそスヤスヤと眠りにつき始めた少女を背負い直し、再び蝶屋敷へと向かい歩みを進め始めるのだった。
******
「……あれ?蜜璃ちゃん?久しぶりね。」
「んへ?………っ、鈴ちゃん?」
「ふふっ、蜜璃ちゃんは相変わらず元気いっぱいね。…… すみません。お食事中に声をかけてしまって」
あの日、蝶屋敷へと送り届け、名前すら聞く事も叶わなかった少女が、自分に向かって笑いかける。
「煉獄さんは鈴ちゃんに会うのは初めてですか?うふふ、私の同期の尾上 鈴ちゃんです!!いつも良くしてくれるんです」
甘露寺の言葉に釣られ、ハッと顔色を変えた少女は困った様に眉を下げた。
「大変失礼いたしました、炎柱様。蜜璃ちゃんに久しぶりに会えて嬉しかったもので……つい」
可愛らしく笑う少女は、あの日、確かに支えてやりたいと思った少女で。
その柔らかい優しい笑みの裏で、今もきっと悲しみを抱え、一人でもがき苦しんでいるのだろう。
そう思ったら、居ても立っても居られなかった。
「では、炎柱様、私はこれで失礼します。お食事中お邪魔しました。……蜜璃ちゃんも、またね?」
「うん!!鈴ちゃん、またね〜!!」
ブンブンと腕を振り、漸く席に座り直した甘露寺に、どうかしたのかと問いかけられて……、
気づけば、思い立ったように彼女の事を問いかけてしまった。
「……………甘露寺」
「ふぇっ?は、はい!!」
「先程の隊士の事、詳しく教えてくれないか?」
「へ?鈴ちゃん?」
そして、そのまま自然と出た言葉ー……。
「………彼女は好い人がいるのだろうか?」
その言葉が、ぽろりと口から溢れて漸く、自分の気持ちに気がついた。
この半年、彼女と顔こそ合わせる事はなかったが、いつも頭の片隅で彼女の事を思っていた。
……今頃一人で傷付いてはいないだろうか。
こうなるくらいなら、あの日彼女に名前くらいは聞いておけば良かったと……何度後悔した事だろう。
〝それがまさか、知らず知らずに彼女に恋心を抱く様になっていたなんて……〟
気がついてしまえば、気恥ずかしくもなるものだが……、
目の前で頬を染め、応援すると笑う甘露寺の姿に、杏寿郎も嬉しそうに目を細めた。
******
それから数日ー……、
「鈴、俺の妻になって欲しい!!」
今度こそ、鈴を自力で探し出した杏寿郎が、順番を色々すっ飛ばし、彼女に結婚を迫ったのは
………また、別のお話。