第一章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
もっと自分を大切にするべきだと言う煉獄に、鈴は静かに息を吐いた。
……ではあの場面で、あの子を庇わなかった方がよかったのか。それともその前に、あの子がつけてきた言いがかりに、自分も乗るべきだったというのか。
心配して駆けつけてくれただろう煉獄を前に、鈴は悶々と不満を募らせる。
「しかし、そんな偉そうな事を言っておきながら、鈴が怪我を負ったと聞いたのも、そのような言いがかりをつけられていたと知ったのも、全て君が傷を負ってからだったとは……」
「………」
「すまない。鈴を守る事も出来ず、不甲斐ない」
それどころか自分が悪かったなどと、頭を下げ出した煉獄に、鈴は静かに呟いた。
「……んで、」
「む?」
俯きながら鈴が口にした言葉はあまりに小さく、煉獄は思わず首を傾げた。
「……なんで?……なんで、私なんですか?」
それにもう一度落とされた言葉は、やはりとても小さいものだった。だが、今度こそ彼の耳まで届いたそれに、煉獄はふっと笑みを浮かべた。
「なんでとは、……何のことだろう?」
未だに俯く彼女に向けて、煉獄が優しく問いかければ、鈴はガバッと顔を上げた。
眉を吊り上げ、怒っているような……それでいて、今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべた鈴は、声を押し殺し、悲しそうに口を開く。
「……なんで、こんな私なんかに構うんですか?なんで、悪くもないのに頭を下げるの?なんでっ、なんでそんなに優しくするのっ、……」
その言葉に、少しの間口を閉ざした煉獄は、寝台横の椅子にストンと腰掛けて、鈴の顔を覗き込む。
突然近くなったその距離に、鈴はピクリと肩を揺らすが、そんな彼女の反応に構わず、煉獄はそのまま話し始めた。
「それは、あの日…… 鈴を守ってやりたいと思ったからだろうな」
「……あの日?………それは、蜜璃ちゃんといた食事処の話ですか?それなら、……私達は大した話もしていない筈なのに」
「いや、…… 鈴は覚えていないだろうが、半年程前、君を蝶屋敷へと送り届けた時の話だ」
「……蝶屋敷に……煉獄さんが?そんな事…」
「あったんだ。……君が高熱を出して、倒れた日に」
鈴を見つめ優しく目尻を下げた煉獄は、あの日を思い出すように、そっと視線を窓の外へと移した。
「あの日、俺は管轄区域の警備を終えて、家への帰路に着いていた。」
そう切り出した煉獄は、その道のりで慌てた様子で飛んでくる鴉に出会ったと言葉を続けた。
その日、泣きつくように彼の周りを旋回し続けた鴉は、『助ケテ、助ケテ』と繰り返したと言う。
そして、その鴉に案内されるまま、煉獄が歩みを進めれば、小道に作られた地蔵裏に隠れるように、蹲る少女を見つけ……それが鈴だったのだと。
「鈴が覚えていないのも当然だ。君は随分無茶をしたようで、四十度近い高熱を出していたと、後に胡蝶から聞いた」
「え………それって、蜜璃ちゃんから聞いた話じゃ」
「うむ。実は…君と再会した時、打ち明けようとも思ったのだが……どうやら、鈴にあの時の記憶はないように見えたし、恩着せがましく思えてな……つい、甘露寺から聞いた話だと、口から出任せが出てしまった!!すまん!!」
「……い、いえ。助けて頂いたのに、覚えていないなんて、……此方こそすみません。ですが、それとこれとは、話が別ではないですか?」
「ははっ、そうだな。……君はあの時交わした会話も覚えていないのだろう」
そう言って笑いかけた煉獄に、「………会話?」と、鈴は不思議そうに繰り返す。
「…‥君は熱に浮かされている状態だったから、会話と言っていいものかは分からんが……無茶をするなと叱る俺に、君は誰かに寄りかかってしまう事が怖いと言っていた」
「………」
「……弱音を吐いてしまえば、一人で立ち上がれなくなりそうだと……あの日から、気づけば君の事を考えてばかりだった。」
その話を呆然と聞いている鈴に、煉獄は困ったように眉を下げた。
「あの日君から聞けた話はそれだけだ。蝶屋敷へと送り届け、改めて君の名前を聞こうと翌日蝶屋敷を訪れれば、君はもう屋敷を去った後だった。……あの時の胡蝶は随分怒っていたな」
「……それは覚えています。後日、蜜璃ちゃんからも叱られましたから」
「はははっ、そうだろうな!!甘露寺は、鈴の事が余程大切なんだろう。それに胡蝶も、君の為に真剣に怒っていた……どうでもいい相手に、あそこまで真剣になったりしないだろう」
「……そう、ですね」
「鈴は………鈴が思っている以上に、沢山の人が君の事を思っている。君は決して一人ではない!!」
そう言い切った煉獄は、戸惑う鈴の両手を包み、ズズイっと顔を近づけた。
「本当は直ぐにでも伝えてやりたかったのだが、あの日は君の名前すら聞く事が出来なかったからな。……あの食事処で鈴と再会出来た時は、喜びで体が震えたぞ!!ワハハッ」
「……ち、近いです……煉獄さん」
「うむ!!俺は君の側にいる!!それから、これからは少しずつ、周りを頼る事を覚えていけばいい!!鈴には、甘露寺も胡蝶も……あまり認めたくはないが、冨岡も付いている!!」
「……」
「だが、その誰よりも側で、俺が鈴を支えたい!!君に頼られたとて、それに押し潰される様な、甲斐性なしではない自信もある!!」
「……っ、へ?」
「一応これでも柱として、後輩達から頼りにされていたりもするし、……むう、そうだな……鈴の事くらい、背負ったままでも戦える!!」
「……せっ、背負う?」
「うむ!体力には自信があるから、鈴は安心して俺に身を任せるといい!!」
「ふっ、ふふ……あはははっ、は……っ、ちょ、待って……な、ん……ふふっ」
先程まで大して口も開かず、浮かない顔をしていた鈴が、突然目に涙を溜めヒーヒーと笑い出した為、煉獄は笑顔を貼り付けたまま口を閉ざした。
「ふふっ、すみません……煉獄さんの言いたい事は何となく分かったんですが、なんだか途中から可笑しな方向に変わっていった気がして」
そう口にしても尚、クスクスと笑みを溢した鈴は、彼に向かって目尻を下げた。
「煉獄さんには敵いませんね……まさか、そんな風に励まされるなんてっ、んふふ。…想像すらしていませんでした。」
「むう。」
「ふふっ、笑ってしまってすみません……そうですね、偶には寄りかかってみるのも…いいかもしれないですね」
「うむ!だが、冨岡に頼ることは極力避けてくれ!!鈴の頼みならば、俺がいつでも駆けつける!!」
「ふふっ、…はい。ありがとうございます。頼りにしていますね?」
煉獄が求めていた返事とは少し違ったが、今まで見てきたどの表情より、嬉しそうに頬を緩めた鈴の姿に、煉獄も小さく笑みを落とした。
「全く…… 鈴さんの無茶には、毎度のことながら苦労しますね」
病室の外で壁に背を預ける様にして、聞き耳を立てていたしのぶは、少しだけ近づいた二人の距離に、自然と口元に弧を描いた。