番外編
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豪快な音を立てながら巣穴の天井を崩した茜は、次々に襲い来る鬼の分身を薙ぎ払っていく。
「どっから湧いて来るのよ!!気持ち悪い、っての!」
……口の悪さは兄弟子譲りである。
しかし、その攻撃は確実に鬼の頸を斬り落としていくのだから、流石は風柱の継ぐ子とでも言ったところだろうか。
ただ一つ問題があるとすれば、うじゃうじゃと群がる雑魚に気を取られ、洞窟の壁を壊しすぎていることは些か気になる点ではある。
「五月蝿いねえ……おちおち食事も出来ないじゃないか」
だが、そのおかげで鬼の本体から此方へ出向いてくれたようで……
奥から顔を出したその鬼は、分身同様、蟻のような姿をしていた。
しかし、その体はずっと大きく、黒黒と光るその皮膚はとても硬そうに見える。
そして何より、鬼が引きずってきたものに茜は表情を曇らせた。
「…来て…くれたのか……」
それはどうやらあの鴉の相棒のようで。
体を粘液で固定された隊士は、口から血を流し、苦しそうに言葉を紡いだ。
その隊士はまだ幼さを残す顔立ちをしていて、恐らく隊士としての経験も浅い。
それでもヒュー、ヒューと漏れ聞こえる呼吸音が、彼が重症を負いながらも必死で戦っていた事実を物語っている。
「助かった気持ちでいるようだけど、残念ね。私にとっては食料が増えただけなのよ?」
「ぐっ、……」
「辛いのね?でも大丈夫、安心して?この女を始末したら、あんたを楽にしてあげるから」
だが鬼がそんな事を気にするはずもなく、抵抗すらできない少年を地面に叩きつけると、至極楽しそうに笑い声を上げた。
「……いい加減にしなさいよ」
その光景を見た瞬間、茜の中でぷつりと何かが切れた気がした。
「風の呼吸
それまで一体ずつ確実に頸を斬り落としてきた分身達を、右足を軸にして回転しながら力技で薙ぎ払う。
それから、勢いそのままに本体へと斬りかかれば、茜の突然の攻撃に、鬼も驚いたように後方へと飛び退いた。
そこへ追い討ちをかけるように、茜が斬撃を飛ばし続ければ、鬼は堪らず引きずっていた隊士を投げ飛ばし、茜から一旦距離を取る。
「がはっ、……」
「来るのが遅くなって、ごめんね。今アイツを片付けるから、それまでもう少し頑張って!」
それを軽々と受け止めた茜は、隊士に一言声をかけるとキッと鬼を睨みつけた。
「……お、お前たち!!相手はたかが小娘一人なんだ!!さっさと殺しちまいな!!」
茜の圧に負けじと鬼も応戦するが、先程よりも勢いを増した茜を前に、分身は次々に姿を消していく。
それに怯えた本体が茜に背を向け逃亡を図れば、爆風が吹き抜けるほどの勢いで、茜が本体に斬りかかる。
「ぐえ、」
頸こそ斬り落とせはしなかったが、鬼は勢いそのまま土壁に叩きつけられ、潰れた蛙のような悲鳴を上げる。
そして、その上に崩れ始めた洞窟の壁が覆い被さると、一面に砂埃が立ち込めた。
だが、その瞬間、頭に血が昇って洞窟内だというのに暴れすぎてしまったと我に帰る。
「オイオイ、何が大丈夫だァ?……聞いてた話と随分違うじゃねェかァ……なァ、茜?」
そこへ、背後から聞き馴染みのある声が聞こえ、茜はビタッと固まった。
恐る恐る振り返れば、それは入り口で別れた筈の実弥の姿で。
茜の言う通り、他の抜け穴を探して此処へと辿り着いたであろう彼は、天井が崩れ、土埃が立ち込める方向を見つめ目を細めた。
「生き埋めになったら元も子もねェだろうがァ」
「そ、それは…そうですけど……」
「こんな事なら、最初から俺を使えば良か「良くないでしょ、それは!!」
「何言ってやがる!お前こそ無茶しやがってェ…何が稽古を受けたから大丈夫だァ」
突然現れた第三者がいきなり茜と口喧嘩を始めたのだ。
その場に居合わせた隊士も鬼も、一瞬何事かと呆気に取られる。
しかし直ぐ様、これを好機と捉えた鬼が、実弥の背後から奇襲を仕掛けた。
「よく分からないが、まずはお前から「うっせェなァァ、雑魚は引っ込んでろォォ」だ……って、は?斬られ、た?」
が、一瞬にして実弥に頸を斬り落とされる。
突然歪んだ視覚に、鬼がよろめき尻餅をつけば、その振動で洞窟の奥から砂煙が上がる。
どうやら今の僅かな振動ですら、落石を起こすほど洞窟内部は脆くなっているようだ。
「チッ、説教は後回しだァ……」
そう一言吐き捨てた実弥は、辺りを見渡し考えを巡らせる。
鬼は徐々に体が消え始めているから放っておいてもいいとして、先ずは此処を出るのを優先しなければ。
幸い、天井の一部は既に穴が空いている為、怪我を負った隊士を連れて、外へ飛び出れば大事には至らぬだろう。
「茜、そこに転がっている隊士を連れて、さっさと此処からずらかるぞォ」
そう判断した実弥が茜へと口を開けば、怪我を負った隊士が砂埃立ち込める方向を指さし、顔を青ざめる。
「…ま、待って下さい……まだ、奥に女性がっ」
「「なっ、」」
それに一瞬顔を歪めた実弥だが、彼は迷う事なく、隊士が指さしたその先へと駆け出した。
「茜、その隊士を連れて先に外に出てろォ!上官命令だァ!」
「ぇえ!?実弥さん!!」
大声で怒鳴りながら、砂埃の中へと消えていった実弥に、茜は必死で手を伸ばした。
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結局、あの後……
更なる崩落を免れた実弥は、何とか女性を救い出し洞窟の外へと避難していた。
幸い、女性は攫われただけで怪我もなく、重症を負った隊士も、彼の
後々知った話だが、娘が鬼に攫われたとの救援要請を受け、あの隊士は現地に向かったそうだ。
その要請を出したのは、近くの藤の花の家紋の家。
そう、実弥が助け出したのは、その家の一人娘だったのだ。
「風呂まで借りちまって、すまねェなァァ」
「いえ、滅相もありません!!娘を助けていただいたんです。こちらこそ、どうお礼をすればよいか……」
かく言う実弥達はというと、洞窟の中で砂を被りまくったせいで、全身泥だらけで。
攫われた娘を送り届けたついでに、二人は藤の花の家で汚れを落とさせて貰っていた。
そして、実弥に助け出された娘はと言うと、完全に実弥に惚けていて。
そりゃあ、鬼の窼からカッコ良く助け出されたら、誰だってトキメクには違いないが……
違いないけど……
「不死川様、この度は助けて頂きありがとうございました」
「……別に、俺は大した事してねェがなァ」
「いえ、不死川様は私の命の恩人です!是非、お礼をさせてください」
助けた女性に言い寄られて、満更でも無さそうな兄弟子の様子に、茜の口からは自然とため息がこぼれ落ちる。
確かに彼女を助け出したのも実弥だったし、鬼の頸を斬り落としたのも彼だった。
しかし、今回は反省点が多かったとはいえ、茜だって戦いに参加していたわけで。
少しくらい感謝されてもバチは当たらないだろうに、彼女は実弥のことしか眼中にない。
かく言う茜は、あくまで彼を支える補佐であり、継子であり、ただの妹弟子。
別に彼の恋人でもなければ、この想いに応えて欲しいとも思っていない。
こうして、彼の傍にいられるだけで幸せで……それ以上を望むのは贅沢すぎると分かっているのだ。
しかし、だからといって、目の前で繰り広げられるやり取りを、ずっと眺めていられる程心が広いわけでもない。
これ以上、二人のやり取りを見ていたくないと、茜がそっと視線を逸らせば、不意に彼が口を開いた。
「勘違いしてるとこ、すまねェが……今回アンタを助け出す為に奮闘したのは、そこにいる俺の継子だァ」
その言葉に驚きながら顔を上げれば、そこには茜同様、驚きの表情を浮かべる女性の姿。
だが、実弥はそれに構うことなく言葉を続けた。
「……え?……継子様が?で、でも」
「確かに、アンタを洞窟の外へ連れ出したのは俺だがなァァ……実際、鬼と戦っていたのは茜だし、それがなければあの隊士諸共、今頃鬼の腹の中だったかもしれねェェ」
「ひぃっ…、」
「まァ……光もない真っ暗な鬼の窼に、危険もかえりみず、迷わず飛び込んで行った事も……アンタ達を助け出す為に、少しばかり無茶をしすぎた事も、決して褒められたもんじゃーねェがァァ……」
突然皆の前で始まった説教に、茜が気まずそうに眉を下げれば、不意に実弥と目が合った。
「礼を言うなら茜に言ってやってくれェ」
「ぁ……」
「茜が命がけでアンタ達を護ったんだからなァ」
それだけ言うと、照れ隠しなのか実弥はプイッと視線を逸らす。
その一方、普段、実弥に叱られてばかりの茜はパチパチと瞬きを繰返すと、くすりと小さく笑みをこぼした。
随分回りくどい言い方だったし、ほとんど説教だったような気もするが……
実弥からの不器用な褒め言葉に、胸の奥がじんわり温まっていく。
“…実弥さんからの言葉一つで、こんなにも心が満たされるなんて”
何とも単純な自分の思考に、茜は思わず苦笑いを浮かべた。
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藤の花の家からの帰り道。
先程のやり取りを思い出し茜の口元からは、笑みがこぼれる。
「……何笑ってやがる」
「ふふっ、別に何でもないです〜」
にこにこと嬉しそうに笑う茜を横目に、実弥は呆れたように口を開く。
「チッ、帰ったら今日の説教も踏まえて、みっちり打ち込み稽古だからなァァ」
「ふふっ、はーい」
彼女の幸せは、大切な彼を支えられること。
実弥からの信頼は何よりもの褒め言葉だし、彼の一番近くで彼を支えられるこの場所は、きっと誰にも譲る事は出来ないだろう。
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