第四章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
茜が実弥の後を追い、屋敷裏へとやって来ると、彼はこちらに背を向けた状態で石の上に座り込んでいた。
「実弥さん、何があったんですか?」
何処か寂しそうにも見える…その丸くなった背中に言葉を投げかけても、彼から返ってくる返事はない。
それに茜はため息を一つ落とすと、先程出会した隊士の事を思い出す。
「炭治郎君と何故喧嘩を?」
「……」
「もしかして…不死川玄弥君、ですか?」
「なっ、……!」
だが、茜から発せられた予想外な問いかけに、実弥は勢いよく振り返る。
「刀鍛冶の里で初めて彼に会った時、すぐに気づきました。玄弥君は弟なんですよね?」
それに苦笑いを浮かべながら茜が言葉を続けると、実弥はくしゃりと顔を歪めた。
「……ちげェ」
「え?でも不死川なんて苗字、なかなかないし……それに顔だってそっくりじゃないですか」
「俺に弟はいねェ」
何故か頑なに否定する実弥に、茜は思わず口を閉ざす。
そのままじっと彼からの言葉を待っていると、信じられない言葉が聞こえてきた。
「……お前も……玄弥が鬼を喰べて戦う事を知っていたのかァ?」
「鬼を、喰べる?」
「……チッ、知らなかったならいい」
苛立ったように吐き捨てた実弥は、すくっとその場に立ち上がると、茜に背を向け口を開く。
「俺は少し出てくるから、お前は彼奴らに伝えておけェ……今日の稽古は終いだァ」
そう一言呟いて歩き出した実弥は、とん…と背中に軽い衝撃を感じて歩みを止めた。
それは振り返らないでも誰の温もりかなんて分かっていて。
〝茜を傷つけたい訳じゃねェのに……〟
ぎゅっと腰回りにしがみつく腕に視線を下ろし、実弥は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「そんな辛い顔をして……一人で何処かへ行かせるなんて出来る訳ないでしょっ、」
そんな実弥の心情とは裏腹に、茜も彼が大切だからこそ、例え拒絶されようと彼を一人にはさせたくなかった。
「……別にお前には関係ねェ筈だァ。何も知らない部外者が口出しすんじゃねェ」
「……そんなの無理だよ。実弥さんが…大切な人が傷ついているのに、見て見ぬ振りなんて出来ない」
「……」
「私じゃ力になれないかもしれない。人の心はとても難しいから、実弥さんの痛みを全て理解するのは難しいと思うっ、……でも分かち合う事は私にも出来る筈だから……だからお願いっ、実弥さんの側にいさせて」
抱きついた腕に力を込めた茜が、縋るように言葉を続ければ、背を向けたままの実弥から大きなため息が聞こえた。
「……たくっ、なんでお前の方が辛そうな顔してやがる」
そう言って振り返った彼は、茜の頭を優しく撫でると、眉を下げて困ったように笑っていた。
******
その後、実弥は観念したように石の上へと腰を下ろした。
それに習い、茜も彼の隣に腰掛ければ、それを確認した実弥は重い口を開く。
「玄弥は確かに俺の弟だァ……って言っても、アイツは俺のこと、兄貴だとは思いたくもないだろうがなァ……」
「なんでそう思うんですか?」
「………俺は人殺しだからなァ」
苦しそうに呟かれた言葉に、茜は眉間に皺を寄せる。
その言葉の真意が分からぬ以上彼の説明を待つ他ないが、その響きはあまり良いものとは言えないからである。
「俺は……俺の手でお袋を殺したんだァ」
「……」
「アイツに恨まれていたって仕方ねェよ」
そう言って始まった彼の話は、藤の家で育った茜には想像も出来ないような壮絶なものだった。
******
幼少期の実弥は、母や幼い兄弟達と貧しいながらも幸せに暮らしていたそうだ。
碌でなしの父親が死んでからは、朝から晩まで働く母の力になれればと、父の代わりとして長男の実弥が兄弟達の世話をするようになったと言う。
そんな実弥を見て育った玄弥もまた、家族を支える為にと兄の手伝いを率先して行う兄想いの弟で。
二人で家族を守ろうと、実弥は玄弥に約束したのだ。
「だが、あの日……俺は鬼になったお袋をこの手で殺した……兄弟達を守る為だったが……結局助かったのは玄弥だけだった」
「……っ、」
「俺は……玄弥を守る為、鬼殺隊に入ったんだァ……アイツがもう辛い思いをしねェように、鬼を滅殺してやるってのに……なんで、アイツまで鬼殺隊士なんかになってやがる」
苦しそうに吐き出された言葉に、茜は胸が押し潰されそうになった。
彼は兄弟達を救えなかったこと、母親を鬼にしてしまったことや、結果的にその命を自分が奪ってしまったことを、未だに悔み、責め続けている。
そして、一人生き残った弟を、自分を犠牲にしてまで守ろうとしているのだ。
なんて優しくて、なんて不器用な人だろう。
「…‥泣きたい時は泣いてもいいんですよ?」
「誰が泣くかァ」
気を抜けば自分の方が泣いてしまいそうで、茜はぐっと目元に力を込める。
そして今にも泣きそうな表情で強がりを口にする彼に、そっと手を伸ばした。
「……実弥さんの大切な人なら、私も一緒に守らせてください」
重なり合った掌から伝わる温もりと、彼女の優しいその声を聞きながら、実弥はそっと瞳を閉じた。