第四章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
翌朝ー……、
最後の柱稽古をつけてもらう為、山奥にある悲鳴嶼の元を訪ねた茜は、朝から滝に打たれていた。
しかし、今まで悲鳴嶼の元を訪れ何度か滝行を受けた事がある彼女だが、今回はいつもと少しばかり様子が違うようだ。
「邪念を取り除くっ、邪念を取り除くっ、邪念を取り除くっ……」
ぶつぶつと呪文でも唱えるように、茜は必死で目を瞑り、冷たい水を浴び続ける。
何故彼女がこのような状況に陥ってしまったのか。
その原因は、今朝方の兄弟子の行動にあった。
******
昨夕、漸く互いの想いを確認し合った二人。
抱き締め合った後、照れ臭そうに笑いをこぼしたりもしていたが、その後の二人は普段通りに過ごしていた。
茜が夕飯の支度をする間、実弥は刀の手入れをし、夕飯を二人で済ませた後は、互いに担当地区の警備に出掛けていく。
警備が終われば屋敷に戻ってはくるが、別々の部屋で睡眠を取る。
いつも通り、まるで変化のないように振る舞っていた。
それが、今朝方。
「もう行くのかァ?」
玄関先で草履を履いていた茜に、近寄って来た実弥の一言で、彼女はくるりと振り返る。
「うん。今日は悲鳴嶼さんの所で稽古をつけて貰うから……すぐには難しいだろうけど、合格をもらい次第、実弥さんの稽古に合流するね」
「ふーん」
茜の言葉に何とも気のない返事を返した実弥は、何を思い立ったのか茜の頭へと手を伸ばす。
「まあ、お前なら卒なくこなすだろうから、何も心配しちゃいねェが」
「え……」
「待っててやるから、なるべく早く帰って来いよォ」
そう言って顔を覗き込んできた実弥に、茜は思わず頬を染める。
というのも、いつもの彼ならば、他の柱に迷惑をかけるなと釘を刺していてもおかしくはない。
それどころか普段の稽古だって「ふざけんてんじゃねェ」「そんなんだから何度も死にかけるんだァ」などと、碌に褒める事もせず辛辣な言葉ばかり並べるのだ。
それなのに、急に面と向かって信頼しているとでも言わんばかりの言葉を投げかけて来た実弥に、完全に不意をつかれてしまった茜は固まった。
「ア?どうした顔が赤いぞ?」
それにニヤリと口元を吊り上げた実弥が、口づけでも期待してんのか?と悪戯に笑いかければ、茜は真っ赤な顔で狼狽える。
「な、な、な……」
「冗談だァ。……まぁ、ご希望ならしてやってもいいがァ」
そう言って顔を近づけてきた実弥に、茜は溜まらず彼の胸を力一杯押し距離を取る。
「いい加減にしてっ!……わ、私、もう行くからっ!」
そのまま、真っ赤な顔で一言言い捨てて、乱暴に玄関の戸を開ければ、笑いを堪えた声で「気をつけて行って来い」と彼は優しく声をかけた。
……あれは一体なんだったのだろうか?
今朝のやり取りを思い出し、茜は硬く目を瞑る。
「邪念を取り除く……邪念を……邪念を……」
「わぁ〜、茜さんが沈んでくっ!誰か手を貸してくれ!!」
しかし、やはり普段の彼女とは様子が違うようで、その場に居合わせた他の隊士に引き上げられた時には、茜は完全に意識を飛ばしていた。
「槙野……煩悩に囚われるとは何と哀れな……」
それを静かに見守っていた悲鳴嶼は、呆れたようにため息を吐いた。
******
結局、その後も茜の様子は変わらぬまま……
彼女が本調子を取り戻したのは、翌日の事である。
朝から再び滝行に励んだ茜は、悲鳴嶼から合図が出るまで、難なく激しく打ち付ける冷水を浴び続けた。
それから皆が苦戦している丸太を担ぐ修行も、弱音を吐く事なくスタスタとこなしていく。
そして最後の難関。
「実弥さんの馬鹿ぁー!!!」
身の毛もよ立つような叫び声を上げながら、茜は大岩を押していく。
流石に丸太を担いだ時のようにスタスタとは行かないし、岩を押す腕も、踏み込んだ足も、ぷるぷると震えてしまっている。
しかし、それでも少しずつ前に進み始めた大岩に、その場に居合わせた隊士達は、本当に昨日と同じ人だろうか……と遠い目をして彼女を見つめた。
「あぁ……なんと哀れな……」
そして、それを見守っていた悲鳴嶼は、徐に手を合わせると静かに念仏を唱えるのだった。