第四章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
蛇柱邸を飛び出して茜が屋敷にたどり着いた頃には、陽は西に傾き始めていた。
しかし、庭先からは隊士達の悲鳴のような叫び声がちらほら聞こえて来る為、まだ稽古中かと茜は一人ため息を落とした。
その声を耳にしながら重い足取りで流しへ向かい、ぐちゃぐちゃな感情を洗い流すように、冷たい水でバシャバシャと顔を洗う。
「……私、守られてばかりじゃない」
手拭いで顔を拭きながら、思わず溢れた独り言。
伊黒から痣の話を聞いて慌てて飛び出して来たものの、こうして冷静になって考えてみれば、また知らない内に実弥に守られていた事を痛感する。
誰よりも側で、人一倍優しくて不器用すぎる兄弟子を守りたかった。
実弥が自分を傷つける戦いを続ける度に、何度も激しい口論になったし、彼の隣に立てるようにと柱の皆にも沢山稽古をつけて貰った。
必死で努力して、努力して、継ぐ子にまでして貰ったのに。
彼を支えるために柱の補佐にまで上り詰めたのに……
誰よりも側にいた筈なのに、肝心な事は何も教えてもらえないまま、またこうして実弥に守られていたのだ。
そんな不甲斐ない自分が悔しくて、顔に押し付けたままの手拭いを茜は強く握り締める。頬を伝う雫がじんわりと手拭いを濡らし始めた頃、突然後ろから声がかかり茜は思わず肩を揺らした。
「なんだ、帰ってたのかァ」
「……っ、」
「茜?」
話しかけても反応しない茜を、不思議に思ったのだろう。実弥は茜の肩を掴む。
それでも動きを見せない彼女に、その手を引き寄せ、少し乱暴に体を振り返らせた。
すると、途端に俯いてしまった茜に、実弥は大袈裟にため息を落とす。
「また何か無茶でもして叱られでもしたんだろうがァ」
「……じゃない」
「ア?」
「そんなんじゃない!」
しかし、実弥が呆れたように落とした一言に、茜は弾かれたように顔を上げる。
その際、目に一杯涙をためて、大声で否定の言葉を口にした茜に、実弥は今度こそ訳が分からないと眉を顰めた。
「お前、本当にどうしたァ……何があった?」
心配そうに見下ろす実弥に、茜の涙腺は簡単に崩壊した。
突然ぼろぼろと涙を流し始めた茜に、実弥はギョッとして慌て始めたが……
「……なんで痣の事、教えてくれなかったの?」
彼女が口にした言葉に思わず不自然に動きを止めた。
「なっ、んでお前……」
「また知らない間に守られてた……ねえ、そんなに私は頼りない?実弥さんの力にはなれないの?」
「……ッチ、そんなんじゃねェが……柱以外には関係のない事だァ」
「だからって、話さえして貰えないなんて……私……何も知らないままっ、」
そう言って声を震わせた茜は、未だに動きを止めたままの実弥の隊服の胸元を掴むと、遠慮がちに額を寄せた。
「幾ら実弥さんだって、一人で全部できる訳ないじゃない……鬼舞辻を倒すんでしょ?少しは、私の事も頼ってよ」
「っ、……」
「実弥さんの力になりたいの……」
今にも消え入りそうな小さな声でそう呟いた茜に、実弥は思わず言葉を失った。
出会った当初、実弥は恵まれた環境にいた茜が、自ら戦いの道へ進むことに憤りを覚えた。
戦いに身を置けば、怪我を負うことだってある。自分の力が及ばず助けられなかった命に直面した時、隊士になった事を絶対に後悔する筈だ。
両親の反対を押し切ってまで、茜が鬼殺隊の道を選んだ事が実弥には信じられなかったのだ。
だけど、何年も共に時を過ごしていく内に、茜に抱いていた感情は変わっていった。
人の痛みに寄り添う優しさ。それから人一倍強い正義感が、彼女を突き動かしている事を理解した。
素直に笑い、違うと思ったことには自分の言葉で思いを伝えることが出来る。それが時に激しい口論に発展してしまう事もあったが、そうして共に過ごしていく内に、知らぬ間に気を許す存在へと変わっていった。
何度突き放しても、茜は何度だって実弥を追いかけて、彼の隣に立てるように努力し続けた。
そんな茜を、いつからかこんなに大切だと思うようになってしまった。茜が隣にいる事が当たり前で……
それに無意識に安心感を覚え始めた時から、きっと茜を手放す事なんて出来なくなっていたのだろう。
「お願い。実弥さんの力になりたいの……一人で戦わなくていい、私がいるから……だからっ、……何も言わずに、遠くになんて行かないで」
「茜……」
自身の胸元に顔を埋める茜を見下ろし、実弥は小さく息を吐くと、意を決して口を開いた。
「痣の事を誰から聞いたかは知らねーがァ……鬼舞辻と戦う上では必要不可欠だァ。俺は痣者になる事に対して迷いはねェェ」
その言葉にゆっくりと顔を上げた茜を見つめ、実弥はそのまま言葉を続けた。
「だが、お前は違う……お前だけは痣を出すんじゃねェ」
「……なんで?私も一緒に戦える……私だって迷いなんてな「茜にだけは迷いしかねェんだよ」
その言葉に戸惑うように瞳を揺らした茜を、実弥は優しく抱きしめる。
「茜だけは失いたくねェ、それだけは幾らお館様の願いでも譲る気はない」
「っ、……でも」
「チッ……たく、言葉にしないと理解しねェのかァ」
「……?」
「茜の事が好きだから、お前を手放すつもりはねェ」
そう言って、ぎゅっと抱きしめる力を強めた実弥に、茜はピクリと肩を震わせる。
「そんな、……今そんな事言うなんて……ずるい」
「ずるかねェよ」
その言葉に実弥が小さく笑みをこぼすと、その笑いを聞き取った茜は、照れ隠しのように実弥の背中に手を回し、ぎゅっと彼を抱きしめ返した。
「……私も実弥さんが好き」
「あァ、知ってる」
「…‥もう、…本当にずるい」
ぎゅーと額を押し付けて来る茜に、実弥はふっと口元を緩める。
長い間、互いを想うが故にすれ違ってきた二人。
彼らに突きつけられた問題は、まだ何も解決してはいないがー……
今は漸く通じ合った想いを確かめるように、二人は暫くの間、強く抱きしめあっていた。