第四章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
道場を出て、庭を見渡せる場所まで来た伊黒はピタリと歩みを止めて口を開いた。
「それで?俺に聞きたい事とは何だ?」
その問いかけに茜は困ったように眉を下げる。
「何って言われても……実弥さんが何を隠しているのかが分からない以上、説明の仕様がないんですが……」
その返答に伊黒は分かりやすく大きなため息を落とすと、ゆっくりと茜へと振り帰り、呆れたように口を開いた。
「……何を知りたがっているのか知らないが、先日の会議では上弦と対峙した時の情報を皆で共有したまでだ」
「それは実弥さんからも聞きましたが……本当にそれだけですか?何か、……あまね様を通じて皆さんだけに伝えられた事とかがあるんじゃないですか?」
「だとしたら貴様に教える訳がないだろう」
「う"っ、そ、それはそうですが……こんな事聞けるのは伊黒さんくらいなんです。もし何か思い当たる事があれば教えて下さい」
そう言って頭を下げた茜を眺め、伊黒は再びため息を漏らす。
〝……損な役回りだな〟
茜も、実弥も……二人共良く知っている者たちだから、伊黒がそう思う事も致し方ないだろう。
思えば、彼が柱になってから稽古をつけろだ、なんだ、と付き纏うようになった茜に、初めは苛立つ事も多かった。
幾ら断っても、暇を見つけては屋敷に押しかけて来るし。
口を開けば『稽古をつけて』とせがんでくる。
正直初めは二度と稽古はごめんだと言わせるつもりで、かなり厳しい稽古をつけた自覚もある。
しかし、どんなに辛い稽古をつけても、茜から弱音が出た事は一度もないし、なにより『兄弟子を支えたいから』と言う理由で、純粋に強さを求めるその姿勢に好感を持った。
その後、彼女の言う兄弟子が同僚の不死川だと気づいた時から、なんだかんだと彼らを見守ってきた訳なのだが……
双方の気持ちが理解できるからこその葛藤もある。
鬼殺隊の事を考えるのならば迷わず伝えるべきだろうが……あの不死川が必死で守ろうとしている存在が、今目の前で頭を下げている彼女なのだ。そうやすやすと教えていいものなのかと頭を悩ませる。
しかし、ふと脳裏に浮かんだ蜜璃の姿に、伊黒は徐に口を開いた。
「痣だ」
「………痣?」
気づけば、ぽろりと口から出た言葉。
その返答にハッと頭を上げた茜だが、あまりに予想外な単語にキョトンと小首を傾げていた。
そんな茜に、口にしてしまったのだから…と腹を括り伊黒は淡々と言葉を続けた。
刀鍛冶の里で上弦と対峙した炭治郎、無一郎、蜜璃の身体に現れた痣の存在。
それは遥か昔ー……、戦国の時代。
鬼舞辻無惨をあと一歩のところまで追い詰めた始まりの剣士たちには、全員に鬼の紋様と似た痣が発現していたそうだ。
この痣が発現した剣士は、身体能力が大幅に向上する。
現に、今回痣の発現が見られた三人も、移動速度や攻撃速度、治癒能力に至るまで普段の何倍にも跳ね上がっていた。
これは今後の戦いが激化すると思われる今、上弦の鬼……更には鬼舞辻無惨を倒すためには必要不可欠なものとなる。
「……あまね様からは、柱達が皆、痣を発現できるようにと伝えられた」
そう説明し終えた伊黒に、茜は戸惑いの声を漏らす。
「皆に痣が出るようにって……どうやって?」
「……条件があるそうだ。既に痣を発現させている時透の話では、体温を三十九度以上、心拍数も二百以上まで上昇する」
「二百っ、!?……そんなに負荷をかけて身体は大丈夫なんですか?」
「………」
核心をつくような茜の言葉に、伊黒は一瞬言葉に詰まる。
しかし、先程自分が脳裏に描いた想像に、その先を告げる事を決心した。
「二十五だ」
「二十、五?」
「……力を手に入れる代わり、痣を出した者は皆、短命になるそうだ。恐らく二十五までも生きられない、と」
「そんなっ、……」
衝撃の事実に茜が言葉を失う中、伊黒は静かに目を閉じる。
先程ー……
もしも自分が、茜の立場ならと考えた時、彼の脳裏には満面の笑みを浮かべる蜜璃が浮かんでいた。
勿論痣を発現させる事には迷いはないが……
もしも、蜜璃が痣を発現させた事を知らずに過ごしていたらと思うとぞっとしたのだ。
彼女には彼女の決意がある。こんな事を思ってしまう事自体間違っていることも分かっているが、蜜璃が痣を出していなければ……と同時に思ってしまった自分もいる。
実弥も、茜も、互いに想い合っている。
だからこそ、茜にも知る権利があると思ったのだ。
「不死川はいい奴だからな。槙野を守ろうとしていただけだ」
「………私、知らないままっ、」
「ふん。俺達だって知ったのはつい先日だ」
そう言って、戸惑う茜を軽く笑い飛ばした伊黒は、そっと彼女の肩に手を置いて諭すように口を開く。
「今日はもう帰れ。……不死川とちゃんと話をしろ」
「………ありがとう、伊黒さんっ」
それに瞳を揺らした茜は、伊黒に深く頭を下げると、慌てたように駆け出した。
そして物騒な文字を掲げた、あの優しくて大きな背中を思い浮かべ、茜は小さな声で吐き捨てた。
「実弥さんの馬鹿……っ、いつも一人で何でも背負い込むんだから……」
目指すのは、茜の帰りを待っているだろう……彼のいる風柱邸。
その背を見送り、深いため息を落とした伊黒は、隊士達が待つ道場へとゆっくりと戻って行くのだった。