第三章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
血鬼術から解放された茜は、水の勢いそのままに地面に倒れ込むと、激しく咳き込み蹲る。
「ガハッ、ゴフッ………ゲホッ……グ、」
それは勿論、技を放った無一郎も同様で……
彼の場合は玉壺に食らった針のせいで、酷い体の痺れを感じ、おまけに水が入り込んだ肺は、息を吸う度に痛みも伴った。
だが、それでも再び立ち上がった無一郎は、刺さった毒針を抜きながら、フラフラと倒れた小鉄に駆け寄っていく。
「小鉄君……」
しかしー……
小鉄を気遣い小さく声を掛けた無一郎に、背後から金魚の鬼が忍び寄る。
それは先程まで小鉄に攻撃をしていた、玉壺により生み出された鬼の血鬼術。
だが、無一郎の攻撃はそんな術さえもろともせずに、それを一瞬で切り捨てた。
それから蹲る茜の姿を確認した無一郎は、ふうっと息を整えると、鬼が向かったであろう小屋へ向かって、一人でスタスタと歩いて行く。
「……待って、ッゴホ……っ、無一郎、君……」
いくら術から抜け出せたとしても、此処に真面に動ける者が彼しかいなくても、柱をここまで追い詰めた鬼だ。
一人で戦うのは得策ではない。
それを茜も重々理解しているが、腹部に深く突き刺さったクナイの所為で、身体が思うように動かせないでいた。
〝相手は上弦の鬼……またあの時のように、守られてばかりなんて嫌よっ、〟
脳裏に煉獄を失ったあの任務が蘇り、茜は歯を食いしばって顔を上げた。
そして未だに痛む肺に深く深く酸素を取り込むと、腹部のクナイに手を伸ばし、勢いよくそれを引き抜いた。
「っ、ぐ…ぅう……、ふーっ、ふーっ……」
目の前がチカチカする程の激痛を、血が滲むほど強く拳を握ることでなんとかやり過ごす。
その間も遮るものがなくなった腹部からはボタボタと血が溢れ出すが、呼吸に意識を集中させ、なんとか止血を試みる。
「もう誰も、……失いたくない、のっ……」
絞り出した声は心からの叫びで、それだけが今の茜の原動力だった。
まだ完璧に止血しきれていない身体で、ふらつきながらもゆっくりと起き上がる。
血だらけのクナイを片手に、ヨロヨロと動き出した茜は、無一郎が消えていった小屋に向かって、ゆっくりと歩みを進めて行った。
******
茜が小屋へと近づいた頃にはとっくに戦闘は始まっていて、その矛先は無心で刀を研ぎ続ける鋼鐵塚へと集まっていた。
それもその筈……
鬼が小屋の中へ入って来ようが反応を見せず、挙句の果てには、流血するほどの大怪我を負っても刀を研ぐのをやめない鋼鐵塚に、玉壺は腹を立てていたのだ。
〝アイツを殺すと言えば……〟
小屋の入り口付近で倒れ込む鉄穴森を視界に捉え、なんとか鋼鐵塚の手を止めようと戦略を練る玉壺だが、そんな奴の前に今度は無一郎が姿を現した。
無一郎があの水球から抜け出せるなんて思ってもみなかった玉壺は、一瞬驚き動きを止めた。
それから頬にできた見慣れぬ痣と、先程よりも速さを増したように思える動きに、不思議そうに首を傾げた。
しかし、そんな些細な事をいつまでも気にすることもなく、玉壺は再び術を放った。
「血鬼術 蛸壺地獄」
その直後、壺からニュルニュルと現れた巨大な蛸の脚は、咄嗟に斬ろうとした無一郎の刀を折り、勢いそのままに小屋の壁を破壊した。
その衝撃で、鋼鐵塚も小屋の外へと吹き飛ばされたが、次の瞬間には刀を握りしめ、再び研磨に集中する。
それには流石の玉壺も驚きを隠せないようだったが、逃げも隠れもしないおかしな刀鍛冶は後回しで、先に柱である無一郎を始末することにした様だ。
「無一郎君っ、鉄穴森さんっ!」
そこへ丁度小屋の目前まで来ていた茜が、蛸の脚に囚われた二人を見つけ、慌ててそちらへ駆け寄って行く。
そして二人を締め付けるその脚へ、手にしたクナイを迷うことなく振り下ろす。
「なっ、あの娘まで……」
無一郎が術を解いたのだから、彼女も助け出されているのは当然でもあるのだが、再び刀も持たずに立ち上がった茜の姿に、玉壺は眉を吊り上げた。
此方の存在を無視する刀鍛冶も、刀もない癖に倒れない隊士にも、もうウンザリで……
先程は、死ぬものとばかり思って油断してしまったが、今度こそは確実に潰して吸収すると、無一郎達を掴む蛸の脚に力を込める。
「う、ぐぇ……っ、」
苦しそうな声を漏らす鉄穴森に、茜は必死でその脚へクナイを突き刺し、なんとか引き剥がそうと試みるが、ギチギチと締まっていく蛸の脚はそんな攻撃などびくともしない。
〝どうしたら……このままじゃ二人ともっ、〟
そんな考えが頭をよぎり、茜の背中に冷や汗が伝う。
こんな攻撃に意味がない事も、自分一人でどうこう出来る状況じゃない事も、悔しいけれど全て理解している。
それでも、此処で諦めるわけにはいかないと、茜は再びクナイを振り上げた。
しかしー……
その瞬間、目の前で突然蛸の脚がぶつ切りになり、茜は驚きながら顔を上げた。
そこには刀を手にした無一郎がいて、茜は思わず涙ぐむ。
そして、最も簡単に術から抜け出した無一郎は、穏やかな声で口を開いた。
「俺のために刀を作ってくれてありがとう、鉄穴森さん……それから茜さん、後は俺一人で大丈夫」
「……え……私の名前、……分かるの?」
茜の戸惑いながら呟いた言葉に、にこりと笑みを浮かべた無一郎は、再び玉壺に向き直ると刀を構えて走り出す。
……頭の片隅で、自分に優しく語りかけてきたのが父親だった事や、自分には双子の兄がいたこと。
自分を気にかけてくれていた鉄井戸の存在や、お館様の優しい言葉、それから……
「お願い、一回でいいから!本当にちょこっと打ち込みだけでもいいから!!ね?」
「………誰だっけ?」
「茜!ほら、この間もお願いに来たでしょう?」
「………」
「うーん……じゃあ、ほら、ご飯に行こうよ!お姉さんが奢ってあげるから!それで、……食事しながらでいいから、どんな鍛錬してるか聞かせてくれない?」
「………」
時折現れては鍛錬をつけて欲しいとお願いしてきた茜の事まで、全て思い出した無一郎は迷う事なく刀を振り抜いた。
「霞の呼吸 伍ノ型
再び襲い来る蛸の脚を者ともせずに、一瞬で細切れにしてみせた無一郎は、そのまま玉壺の頸へと刀を振るった。
それを既の所で壺に身を隠して避けた玉壺は、無一郎を小馬鹿にして笑みを浮かべるが……
避けたと思ったその技は、確かにその首に傷を残していた。
「随分感覚が鈍いみたいだね。何百年も生きてるからだよ」
「なっ……、」
「次は斬るから。お前のくだらない壺遊びに、いつまでも付き合ってられないし」
「舐めるなよ小僧……」
首に一撃を入れられ眉を吊り上げた玉壺に対し、無一郎は挑発的な言葉を口にしながら、刀を強く握りしめた。