番外編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その日、実弥はすこぶる機嫌がよかった。
その理由は、至極簡単。
長年気にかけていた妹弟子の茜を、最近継ぐ子にしてからというもの、今までの苦労は何だったのだろうかと思うほど、全てが上手く回り出したからだ。
毎日血反吐を吐くような厳しい稽古をつけても、茜は文句も言わず嬉しそうにしているし、今までの食って掛かるような態度が嘘のように、実弥の言いつけを素直に受け入れるようになった。
勿論全く反論をしない訳ではないし、出来る事なら今でも隊士なんざ辞めさせたいとも思っているが、任務が終われば真っ先に実弥の元へと戻ってきて、嬉しそうに任務の報告をする茜に……
任務終わりでも家事をこなし、文句すら言わず稽古に励む茜の姿に、実弥は知らない内に安心感を覚えていた。
今日だって、何やら用事があるとかで茜は朝からバタバタと忙しなくしていた。
しかし、きっちり日課の鍛錬をこなし、ご丁寧に昼飯まで用意して、実弥に声をかけたのだ。
「実弥さん、少し急用で家を開けますが……昼頃には戻れるかと思います。」
「あァ?急用だァ?……なんかあったのかァ?」
「いえ!全然大した事ではないのですが……もし良ければ、ご飯先に召し上がって下さい」
そう言って眉を下げた茜に、昼頃帰ってくるなら一緒に食べればいいと返事を返せば、パァと表情を明るくした茜は、嬉しそうに頷いて、急いで家を飛び出して行った。
それを見送った実弥は、そんなに急ぎの用なら昼飯くらい自分で用意するのに…と思いながらも、嬉しそうな茜の表情を思い出し、ふっと小さく笑みをこぼす。
「慌ただしい奴だなァ……」
そう一言呟いて、茜が飛び出して行った扉を眺めた実弥は、徐に立ち上がる。
まだ昼まで時間もあるし、甲虫の為の果物を見繕うついでに、たまには可愛い妹弟子の為に食後に摘める物でも買いに行くかと思い至り、実弥は徐に立ち上がる。
幸いまだ午前中であるから、最近近所に新しくできたおはぎの店も、まだ売り切れてはいないだろう。
そう思って、実弥は上機嫌で家を出たのだ。
******
「チッ、なにしてやがる……」
いざ、おはぎの店へとついた実弥は、怪訝そうに顔を顰めた。
それは店まで続く長蛇の列に驚いた訳でもなく、勿論「おはぎは、きなこ・粒餡・こし餡の三種類から」なんていう看板に目を奪われた訳でもない。
「冨岡さん、もうすぐですね!」
早速と屋敷を飛び出して行った茜が、あんなに近づくなと忠告した冨岡と共に、おはぎを求める列に二人で仲良く並んでいたからである。
冨岡といえば言葉数も少ないし、以前から反りの合わない相手ではあった。
だが完全に敵対意識を持ち始めたのは、茜と奴の関係に疑問を抱いてからだった。
以前柱合会議で、「茜を貰ってやる」なんて爆弾を落とした事を、実弥が忘れる筈もない。
その癖、茜を誑かしているような発言をした冨岡に、茜に近づくなと啖呵を切ったのも、彼の記憶には鮮明に残っているのだ。
勿論その後、茜本人にも冨岡に近づかないようにと忠告をしていた筈なのに……
「茜の野郎ォ……あれ程、冨岡には近づくなっつってんのに……」
少し先へ視線を移せば、茜の言葉に特に返事をする訳でもなくただ頷いているだけの冨岡に、実弥の額に青筋が浮かぶ。
それに加えて、嬉しそうに家を飛び出して行った理由が、まさか冨岡との待ち合わせだったなんて……
その事実に、実弥の苛立ちは最高潮に達した。
「おいコラァ!茜!!」
「……へ?実弥さん、どうして此処に!?」
ズカズカと歩みを進め、茜の手をガシッと掴めば、驚いて茜は振り返る。
「んな事ァ、どうでもいい……帰るぞォ」
「は!?え!?…帰る?いや、待「うるせェェ…」
「ヤダ!!なんなの!?「黙ってろ、この馬鹿がァァ!!」
「馬鹿ァァ!!?」
そのまま拒絶の言葉を遮って、米俵のように茜を担ぎ上げれば、列を成していた人々に好奇な視線を送られる。
それに小さく舌打ちを鳴らし、バタバタと暴れる茜を無視して歩き出せば、背後から一言声がかかる。
「……おはぎはいいのか?」
ぽつりと落とされたその問いかけが、ますます実弥の怒りの炎に油を注ぐ。
そうとも知らない冨岡は、涼しい顔をして此方を眺めているばかり。
結局その視線に耐えられず、実弥はふんっと鼻を鳴らすと、冨岡を振り返る事なく茜を担いで去って行った。
******
その後、屋敷へと帰ってきた実弥はー……、
ぐすん……と鼻を啜りながらいじ蹴る茜を前に、やってしまったと項垂れていた。
「信じられない、もう少しで買えたのに……」
屋敷に着くなり、眉を吊り上げ非難の言葉を口にした茜に、実弥も反論するつもりで口を開いた。
「お前なァ「折角、実弥さんの為に並んだのに……」
「……は?」
しかし、茜を叱りつけようとした実弥は、彼女が発した一言に、ビタッと思わず硬直する。
…‥俺のため、って言ったか?頭の中でその言葉を繰り返すと、なんだか嫌な予感がして、実弥は頬を引き攣らせる。
そんな実弥を他所に、ぽつり、ぽつりと説明を始めた茜。
任務帰りに見つけたおはぎの店。
いつも稽古をつけてくれる実弥を喜ばせたくて、わざわざあの時間に急いで買いに行ったこと。
冨岡とあの場にいたのは偶然で、たまたま茜を見かけた冨岡が、世話になった藤の家に何かを送りたいと言うから、おはぎはどうかと勧めたこと。
次第にぐずぐずと鼻を啜り始めた茜に、実弥が謝罪を口にしようとすれば、顔を上げた茜はキッと彼を睨みつける。
「あそこのおはぎは人気なんです!午前中には売り切れるって隠に教えてもらったから、急いで買いに行ったのに……」
「いや、その……」
「あと少しで買えたんです!!あと少しで!!」
「……すまねェ、「嫌です!!」
ついに耐えきれず口にした謝罪も、茜の力強い一言で一刀両断にされる。
それにどうしたものかと頭を抱えた実弥に、茜はとどめの一言を吐き捨てた。
「絶対、許しません!!」
そう一言言い残し、すくっと立ち上がった茜は、項垂れる実弥を置き去りに、スタスタと部屋を出て行った。
******
それから暫くの間、茜の機嫌が治る事はなかった。
チラリと寄越す視線は、驚くほどに冷たいもので、必要最低限の会話はするが素気ない。
同じ屋敷に暮らして、毎日顔を合わせるからこそ、それは実弥にかなりの衝撃を与えた。
しかし、今回ばかりは自分の行いが招いた結果だと、実弥も多いに反省していた。
「あれって……」
「ああ、風柱…だよな?」
……後日、例の長蛇の列に並ぶ実弥の姿が、数名の隊士に目撃されることとなる。
******
ぽぽこ様お待たせ致しました。
夢主と義勇さんの仲に嫉妬する実弥さんのお話(ギャグ甘)とのリクエストでしたが、如何でしたでしょうか?
実弥さんは、この後必死で謝り倒しているでしょうし、何より一人残された義勇さんが可哀想ですが……
書いていて、とても楽しかったです。笑
ぽぽこ様も楽しんでいただけていたら幸いです。
2022/3/8 おもち、