番外編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
まだ夜も明けきらない薄暗い時刻ー……、
蝶屋敷にけたたましい程、大きな叫び声が響く。
「胡蝶〜っ!いるかァァァァ!?」
その声に、呼ばれた本人だけでなく、屋敷中の者達が飛び起きた。
だがそんな事はお構いなしに、声を上げた張本人ーー不死川実弥は、再び屋敷の入り口で声を荒げた。
「チッ!誰もいねェ「……不死川さん、一体何時だと思っているんですか?」
だがその先に続く言葉は、実弥の探し人によって遮られた。
「全く……此処には怪我を負った隊士達も療養しているんですよ?もう少し時間帯も考えて頂けますか?」
額に青筋を浮かべたしのぶは、そこで漸く珍しく切羽詰まった様子の実弥に、おや?と首を傾げた。
よく見れば、彼が普段身につけている羽織は、手元の塊にかけられており、そこから隊服が見え隠れしている。
そもそも多少の怪我では、蝶屋敷に足を運ぶことすらない彼が、こうして慌てて訪れる事自体、緊急を要する状況なのだろう。
それを理解したしのぶは、くるりと彼に背を向けて、足速に奥へと歩き出す。
「不死川さん、此方へ」
その一言に、実弥も慌てて彼女の後を追いかけた。
******
暫く廊下を進んだ先で実弥が通された部屋は、医療用具がずらりと並んだ診察室だった。
「不死川さん、怪我人を此方に寝かせていただけますか?」
しのぶが寝台を指して口を開けば、実弥はゔっと言葉を詰まらせた。
それに、どうかしたのかとしのぶが首を傾げれば、実弥は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて呟いた。
「離れねェ…」
……離れない?……何が?
思わずしのぶが険しい表情で見つめれば、実弥は盛大に舌打ちを鳴らした。
そして苛々しながら、事の成り行きを話し出した。
******
実弥の説明によれば、昨日の任務は彼が可愛がる妹弟子との合同任務だったようだ。
しのぶは話の出だしから、またしても職権濫用かと苦笑いを浮かべながらも彼の話に耳を傾ける。
そんな彼の話では、相変わらず二人で口喧嘩をしながら鬼と対峙していた、……らしい。
勿論、実力の高い二人に掛かれば、あっという間に鬼の頸も斬り落とす事も出来たと言うが……
灰になっていく鬼を尻目に、二人は再び口喧嘩を始めたそうだ。
そこへ、鬼が最後の力を振り絞り、血鬼術を放ってー……
「……で、不死川さんが抱えているのが茜さんだと?」
「……そうだァ」
「全く……二人揃って、何をしているんですか?」
「チッ……、」
実弥の説明に、呆れた様な表情を浮かべたしのぶは、改めてその腕の塊へと視線を移した。
「まあ、なんにせよ……診察しない事には何も始まりませんから」
未だに羽織にぐるりと包まれたまま、ピクリとも動かない茜に、しのぶは心配そうに声をかけた。
だが、それでも動きを見せない茜に、実弥が痺れを切らして声を上げる。
「……おいっ!さっさとしやがれ!!」
しかし彼が羽織を引っぺがし、茜を引き離そうとした瞬間、悲鳴を上げたのはまさかの実弥の方だった。
「コラ!痛ェッ!……クソ、爪立てるなァァァ!」
そんな彼に、んにゃーと何とも気の抜ける声を上げた茜を見て、しのぶは漸く口を開いた。
「これは、何とも可愛らしい姿になってしまいましたね……」
そう言って苦笑いを浮かべたしのぶは、茜の姿を上から下までじっと見つめた。
漸く姿を現した彼女は、実弥の説明どうり鬼の血鬼術を受けてしまったようだ。頭の上にはふわふわとした可愛らしい耳がついているし、スカートから伸びる尻尾は、ゆるりゆるりと揺れていた。
それに、あらあら……なんて呑気に笑ったしのぶは、腕を組んで暫く考え込んだ後、コテンと可愛らしく首を傾けた。
「猫、でしょうか?」
「はァ?チッ……そんな事はどうでもいい!胡蝶、コイツをどうにかしろォ」
そう叫んで、再び茜を引き剥がしにかかった実弥だが……
再び彼女に引っ掻かれて悲鳴を上げるのは、やはり実弥の方だった。
******
結局……
あれから実弥から離れようとしない茜は、実弥の腕に抱きついたまま、しのぶの診察を受けていた。
「はい、いいですよ」
そう言って彼女の頭を撫でたしのぶは、実弥に向かって口を開いた。
「不死川さんの説明通りであれば、鬼の血鬼術は完全とまではいかなかったのでしょう。耳や尻尾は勿論、爪や牙も確認できましたが、それ以外は至って正常です」
そこで、にゃーと再び鳴き声を上げた茜に、しのぶは……ああ、鳴き声もでしたねと呟いた。
「恐らくですが、鬼の頸も斬り落とされている事ですし、全集中常中もできているようですから……一日もかからずに体は元通りになるでしょう」
「チッ……面倒かけさせやがってェ……」
「ふふ、相変わらず素直じゃありませんね?
まあ、それはさておき……今日は此方で仮眠を取って行ってください」
眉間に皺を寄せた実弥に、しのぶはそう申し出た。
だがその言葉を聞いた実弥はぴたりと動きを止めて、しのぶをギロリと睨みつけた。
「あ?……俺は屋敷に帰らせて貰う」
「茜さんが離れないというのに……ですか?」
「チッ……離れねェんだ、仕方ねェだろうが……」
それに少しの間、険しい表情を浮かべて考え込んだしのぶは、それは認められませんね……と呟いた。
「子猫が狼に襲われるかもしれないのに、そんな場所に送り出す訳がないでしょう?」
「なっ!んな事するわけねェだろうがァァァ!」
「あらあら……ですが他の隊士には、そう見えるでしょうね」
「………っ、」
その一言に実弥は言葉を詰まらせた。
それに小さくため息を落としたしのぶは、すぐに寝台を用意しますと呟いた。
******
結局あれよあれよという間に、個室へと放り込まれた実弥は、腕から離れようとしない妹弟子を眺めてため息を吐いた。
「チッ……何でよりによって、俺なんだァ。いつも突っかかてくる癖に」
そう吐き捨てれば、不安そうに瞳を揺らした茜は、そっと実弥の顔を見上げた。
そして、再びにゃーと小さく鳴いて、腕に擦り寄った彼女に、実弥は小さく呟いた。
「はぁ……、にゃーじゃ分かんねェよ……」
不満を口にする実弥だが、普段の茜からは考えられない甘え様に、無意識に口元は弧を描く。
それから壁に背を預ける状態で、寝台に座り込んだ実弥に、茜も当然のように隣に座った。ちょこんと実弥の肩に頭を乗せてゴロゴロと喉を鳴らし始めた茜の頭に手をやった実弥は、吐き捨てるように口を開く。
「おら、疲れてるだろうが…さっさと寝ろォ……」
だが口調とは裏腹に、実弥の手つきはとても優しく温かいものだった。
それに安心するかのように、そっと目を伏せた茜に、実弥も静かに目を閉じた。
それはかつて……
育ての元で二人が過ごした頃のように、疲れた体を寄せ合って、二人は静かに眠りについた。
******
翌朝……といっても日は高く登り、朝というには少し遅い時間。
「いやぁ〜っ!」
蝶屋敷には、けたたましい程の大きな悲鳴が鳴り響く。
それに飛び起きたのは、屋敷に療養中の隊士達だけでなく、悲鳴を上げた茜の隣……実弥も同じだった。
「……なんだっ!どうしたァ!」
飛び起きて、一番に茜の無事を確認しようとした瞬間、ばちんと頬に張り手を食う。
そして真っ赤な顔で震え出した彼女は、大きな声で怒鳴りだす。
「風柱様が、なんでっ……隣に!?」
「あ"!?テメェ……覚えてねェのかァ!?」
「何をっ!?」
そう言って隊服を抑える茜に、実弥は額に青筋を浮かべた。
一眠りしている間にすっかり元通りの姿に戻った茜からは、どうやらその間の記憶もすっぽりと抜け落ちてしまったようだ。
ギャーギャーと相変わらずの口喧嘩を繰り広げ始めた二人に、しのぶがブチ切れたのはその直ぐ後の事である。