第三章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
無限列車の任務から、
気付けば一ヶ月半もの時が流れー……
「はい、ありがとうございます。もう服を着ていただいて大丈夫ですよ。」
「あぁ、うん……それで、しのぶちゃん……」
「ふふっ、はい。もう怪我も殆ど治っている様ですし、あとは自宅療養でいいでしょう。」
あの日、生死の境を彷徨うほどの大怪我を負った茜も、漸く退院の許しが出るくらいには、体の調子を取り戻していた。
「色々とお世話になりました。ありがとう、しのぶちゃん」
「いえいえ。…それより、不死川さんに早く鴉を飛ばしてあげたほうがいいんではないですか?きっと明日は大喜びで迎えに来てくれますよ」
「お、……大喜び?」
つい最近まで口喧嘩ばかりだった兄弟子が、大喜びで迎えに……?
ー……いや、いやいや!それはないな!うん、絶対に!
しのぶの冗談なのか、はたまた本気で言っているのか分からない一言に、茜が脳内で激しい突っ込みを入れている横で、しのぶは呆れたように小さくため息を漏らすのだった。
******
茜は全く気づいていないのだが、彼の過保護っぷりは今回の件で、より一層酷くなっていた。
茜が目覚めぬあの二週間……実弥は茜の側から片時も離れなかった。
勿論柱である彼には、他の隊士の比ではないほどに、沢山の依頼が毎晩舞い込む。それらをこなして、自身の担当地区の警備もこなす。それでいて、任務が終われば茜の病室へと足を運び、寝台横の椅子に寄りかかり仮眠を取る。
そんな状態では勿論体を休める事もできず、極度の疲労と睡眠不足で、寝込んでいる茜よりも酷い顔色をしていたのは彼の方だ。
そして一番厄介なのは、しのぶが幾ら休むようにと促しても言う事を聞かず、時には茜に近づく見舞い客に怒鳴り散らし、その鬱憤をはらそうとしていた事。
……あの時の実弥は、見ている此方の方が辛いとすら思ってしまう程の状態だったのだ。
しかし、いざ茜が目を覚ましてからの彼の行動といえば、どうだ。
あんなに四六時中茜に付きっきりだったのが嘘のように、頻繁に見舞いには現れるものの、時間はぐっと減っているし、心配なら心配と言えばいいのに、ぶっきらぼうに体の調子を尋ねるのみで、特に何を言うでもない。
………なんて天邪鬼なんだろうと、思わず呆れてしまうほどである。
だから、茜が彼の過保護っぷりに気づく事も当然ない。そもそも眠り続けていたのだから、知る由もないのだが……
「まぁ、喜ぶかはさて置き……心配をかけたのは確かだからね。鴉で知らせを飛ばしておくよ」
そう言って、苦笑いを浮かべる茜を眺めながら、しのぶは心の中で思うのだ。
〝どうせ鴉からの言伝を聞いたら、不死川さんは居ても立っても居られない筈……明日は早朝から騒がしくなるかもしれませんね〟
そんな不器用な同僚を思い浮かべ、しのぶはまた一つ、大きなため息を落とすのだった。
******
翌日、しのぶの読み通り、案の定かなり早い時間帯から蝶屋敷に現れた実弥は、意気揚々と茜の病室の扉を開けた。
「わっ!びっくりしたぁっ、…お、おはようございます……早いですね」
「あ?別に普通だろうがァ…んな事より、荷物はもうまとめてあるのかァ?」
そう問いかけられた茜は、曖昧な返事を返しながらも、目の前の男を凝視する。
病室に来て、一言目がそんな会話だなんて、余りにもせっかちすぎやしないだろうか。そもそも、昨日だって、夜中に警備に当たっていただろうに、この人はちゃんと休んでいるのだろうか……
そんな心配をされているとも露知らず、数少ない彼女の荷物を片手に持ち、「オラ、行くぞォ」なんて振り返った実弥は、いつにもなく機嫌が宜しいようだ。
「でも、まだ屋敷の子たちに挨拶が……」
「それならさっき、此処へ来る前に俺が済ませておいた。今回は、随分と世話になったからなァ」
「へ?……風柱様が?」
あ?なんだよ?なんて聞き返してきた彼の話では、律儀にも菓子折りまで用意して、お礼をしてきてくれたとの事だ。
それから、茜が継ぐ子になるにあたって、彼は時間を見つけては、色々と準備を進めてくれていたようだ。茜が療養中のこの期間を使い、今まで借りていた借家から荷物を運び出し、掃除まで済ましておいてくれたのだ。
……一見厳つい見た目からは想像もできないだろうが、彼は昔から律儀で、細々した事まで配慮ができる長男気質の男なのだ。
何から何まで、至れり尽くせり…
今まで喧嘩腰だったのがまるで嘘のようで、茜は戸惑いながらも口を開く。
「風柱様、何から何までありがとうございます」
「………」
「風柱様?」
だが、お礼を口にした途端、突然むすっとした表情で口を閉ざした実弥に、茜はますます首を傾げた。
「……お前、継ぐ子になるんなら、その呼び方どうにかなんねェのかァ?」
しかし、彼が口にした予想だにしない一言に、思わず小さく吹き出した。
「テメェッ、笑うんじゃねぇよ」
「すみませんっ、……ふふっ、えーっと……師範?」
「気持ち悪い呼び方すんじゃねェ!!」
……師弟関係になるのだから、師範でいいじゃないかと、茜が彼を見つめて苦笑いを浮かべれば、実弥は頭をガシガシ掻きながら乱暴に口を開いた。
「チッ、だからァ……昔みたいに、名前で呼べばいいだろうがァァ」
その一言に、茜は無意識に口角を上げた。
……存外、この兄弟子は可愛らしい所があるようだ。
「では、これから宜しくお願いします。実弥さん!」
今度こそ満面の笑みで答えた茜に、実弥は一瞬固まって……、次の瞬間には、くるりと背を向け歩き出す。
〝……あ、照れてる〟
それにクスクスと笑いながら、茜も彼の後ろをついて歩けば、なんだか育ての元にいた頃の二人のようで……
「……昔の呼び方でいいっつてんだろ」
「君呼びなんて今更無理!!実弥さんは今となっては上官で、柱で、お師匠様なんだから」
「……チッ」
舌打ちを漏らした実弥の背中を見つめ、茜は嬉しそうに頬を染めるのだった。