第一章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今なら彼の顔を見ただけで、鬼も慌てて逃げ出すのではないだろうか……
そんな想像をさせる程、強面な顔でズカズカと実弥は山道を下っていた。
「くそ、茜の野郎ォ……」
苛々した口ぶりで独り言を呟いた実弥は、先程の鴉からの言伝を思い出しため息を吐いた。
〝なんでアイツは、いつも俺の言う事を聞かねェんだァ……〟
実弥はいつも減らず口を叩く、妹弟子の姿を思い浮かべ、思わず舌打ちを鳴らすのだった。
******
実弥と茜が初めて出会ったのは、風の呼吸を教える育ての元だった。
弟妹達を鬼になった母に殺されてしまった経験をした実弥は、鬼に対しての憎しみが人一倍強い。
それは一重に弟妹達の命を守れなかった事への悲しみや怒りだけでなく、鬼になった母を自身の手で殺めてしまった罪悪感からくるもので……
実弥は、一人助かった弟を置き去りにしてまでも、独自のやり方で鬼を殺しまくっていた。
そんな時、そこに居合わせた隊士から〝鬼殺隊〟なるものを聞き、実弥は隊士になる為に育てを紹介して貰ったのだ。
そして、その先で出会ったのが茜だった。
「この子、負けん気が強くて……一度言い出したら
「茜が死なぬように……強い剣士に育てて下さい。勿論、血反吐を吐くほど厳しくして頂いて結構です。根を上げるようなら引き取りに参ります」
ご迷惑おかけ致しますが、よろしくお願いします……そう言って頭を深々と何度も下げる両親に連れられて、育ての元へとやってきた少女。
なんで家族が生きているのに、こんな所に来たのか。あんなに娘のために頭を下げるなら、鬼殺隊士にさせなければ済む話ではないか。
茜と両親を見つめて、実弥は眉間に皺を寄せた。
実弥はその時から、どこかで茜の事が許せなかった。自身の弟妹と重ねては、ぼろぼろなるまで稽古をつけられる茜の姿に苦虫を噛み潰したような思いに駆られた。だが……
「実弥君っ!どうしたら、そんなに早く斬り込めるの?」
「……だれが実弥君だァ?」
「う〜ん?じゃあ実弥?」
「おい、コラァ!調子に乗るんじゃねェ!」
「きゃー!怒ったー!!」
こうして睨みつけようが、にこにこと笑う茜は、何故か実弥にとても懐いていた。
少年ばかりの中に一人少女が混じって剣術を磨いていれば、勿論、力の差にぶつかると言うもの。成長期の少年達ばかりだ。段々と身長差がつき始め、体格の差にも茜は悩まされていた。だが泣き言一つ漏らす事なく、こうして何か助言を貰おうと剣術に長けている実弥に声をかけるかようになっていた。
そして、最初こそ苛々して茜に冷たく当たっていた実弥も、負けん気が強く、底抜けに明るい茜の姿に知らぬ間に心を開いていった。
……と言っても鬼殺隊になる事は反対しているし、今でも心配しているのだが。
いくら「鬼殺隊なんか目指すなァ、そんなもん辞めちまえ!」と口にしたって、全然気にしていない様子で「いいよ!実弥君に口出しされないくらい強くなるから!」と笑って言いのける茜に、実弥は心底手を焼いていた。
だが、そんな風に半年ほどを共に過ごした頃、実弥が先に最終選別を突破したことにより、彼らはお互いに別々の道を歩み出した
……筈だった。
******
「実弥くーーんっ!久しぶりっ!!」
「なっ!テメェッ、茜!!……本当に隊士になったのかァ」
それから遅れる事僅か半年余りで、茜は隊士となって、再び実弥の前に現れたのである。
その頃には、実弥も少しずつ実力をつけ始め、兄弟子に当たる粂野匡近と共に任務をこなす日々を送っていた。
「わあ、匡近さん!ご無沙汰してます!」
そしてそこで初めて、茜に育てを紹介したのが、この兄弟子であると知ったのだ。
「あはは。茜ちゃん、本当に鬼殺隊の仲間になっちゃったんだね……ご両親は納得してくれたの?」
「はい。一応は喜んでくれました」
そう言って苦笑いを浮かべた茜に、兄弟子二人は〝この子(こいつ)は死なせない〟と同じ事を思ったのだ。
それからと言うもの、暇さえあれば実弥も匡近も、茜に厳しい稽古を付けるようになっていた。それは彼女に力をつける為、死線を生き抜く強さを身につける為でもあったが、どんなに厳しい稽古にも、嬉しそうに励む茜の姿に過保護になっていたのかもしれない。
でも、その成果もあって、茜は確実に力をつけていった。癸だった階級も、気づけば丙にまで上げてきていたし、茜もそれに満足する事なく、日々の稽古に打ち込んでいた。
だから、少し忘れかけていた。
命が簡単に消える事を……。
失ってからじゃ手遅れだと言う事を……。
******
「実弥君……大丈夫?」
匡近との合同任務で下弦の壱を討ち取った実弥は、それを評価され〝風柱〟となる事が決まった。……だが、実弥はそれと引き換えに信頼していた兄弟子を失ったのだ。
あんなに強い匡近だって、下弦の壱の前では命を落とした。一緒にいたのに、助けてやれなかった。命は簡単に消えていく事を、知っていたのに……
そんな絶望に囚われた実弥は
「茜……お前、隊士なんか辞めろォ」
心配する茜を頭から拒絶した。
「お前には才能がない。無駄死にするだけだァ……親元へ帰れェ……」
止まる事を知らない口は、彼女を傷つける言葉を次から次へと並べていく。
だが、茜はそれに困ったように眉を下げるだけで頷く事はなかったし、それどころか
「……嫌よ。私は鬼殺隊を辞めない……それに、いつも無茶ばかりする兄弟子を支えたいの。ねえ、私を実弥君の継ぐ子にしてよ?」
そう言って、優しく笑いかけてきたのだ。
呆れてしまうくらい真っ向から否定してきた茜に……、更には〝支えたい〟とまで口にした茜に苛立ち……
あの時、実弥は彼女を突き放した。
「お前には無理だァ……もしも隊士を続けるって言うなら、二度と刀を握れないように、今ここでその手足を折ってやらァ」
「………実弥君の気が済むなら、それでも構わない………けど、どんな状態になっても、私は隊士を続けるから!」
「アァ"?テメェ死にてえのかァ!!」
悲しそうに目を伏せた茜に勿論、胸は痛んだがもう失うのは御免だった。だから、あの時酷い言葉を浴びせ続けた。
茜はそれに反論することなく、黙って全てを聞いていた。下唇を噛み締め、拳を強く握った茜の姿は今でも忘れられない。
それからだ。
茜が実弥の事を〝風柱様〟と他人行儀に呼ぶようになったのは。
稽古をつけてやらなくなった実弥の代わりに、他の柱に頭を下げて稽古をつけて貰い、今では階級も甲にまで上り詰めた。
口を開けば、実弥に突っかかるようになり、彼の言葉にも従わない。
無茶ばかりする妹弟子を思い浮かべ、実弥は一人ため息を漏らした。
「匡近、……俺はどうしたら良かったんだァ……」
ポツリと落とされた呟きは、木々の間を吹き抜ける風と共に消えていった。