第一章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
天井から上半身をぶらりと垂れ下げた状態で、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた鬼に、茜は瞬時に駆け出した。
「風の呼吸 壱ノ型
茜が振り抜いた刀から、ビュンと風を斬る音を奏でながら、一直線に鬼へと斬撃が伸びていく。
しかし、またしても姿を消した鬼によって、その攻撃は壁を破壊するのみとなる。
〝くそっ、……今度は何処に消えたっ〟
再び聞こえ始めたズリズリと何かを引きずるような気味の悪い音に、茜は小さく舌打ちを漏らした。
「あらあら、せっかちな子ね?慌てなくても、ちゃーんと遊んであげるから」
クスクスと響く笑い声は、茜の前方からも後方からも聞こえ出し、思わず刀を強く握りしめる。そんな茜の様子をチラリと覗った五十嵐が、小さな声で呟いた。
「俺が相手の隙を探る…… 槙野はその間に頸を斬れ!」
それに茜が静かに頷くのを確認すると、五十嵐は鬼に向かって口を開いた。
「ここに来た旅行者はどうした!?この旅館を切り盛りしていた夫婦もいた筈だ!!」
「あははは!!そんなもん、とっくに食べちゃったわよ!!それに、この旅館の旦那を人質に取ったら、女はなんでもいうことを聞いたわ!!何も知らない旅人を、何人私の元へと運んできたのやらっ!!」
高笑いをしながら暗闇から顔を覗かせた鬼に、二人は思わず顔を歪めた。
……人の弱みにつけこみ、この鬼は何人の命を奪ってきたのだろう。
決して許されない、許してなるものか……
怒りで震える体をなんとか落ち着かせ、茜は鬼へと問いかける。
「この旅館の旦那は?……どこに捕らえてる?」
「だ、か、ら、もうとっくの昔に食べちゃったわよ!!そうとも知らずにあの女ったら!あはは!!本当に馬鹿よね?」
「…………女将さんは、今どこ?」
「ああ、あの女はもう用無しだもの。……町の連中に嗅ぎつけられるなんて、とんだグズよ?だから乗り込んできた夫婦と一緒に食べてやったわ?」
そう言ってニタリと口元を吊り上げた鬼に、茜は怒りに任せて刀を振り抜いた。
「あら、怒っているの?うふふ、中々すばしっこいわね?……でも貴方達を待っていたのよ?強い鬼狩りをね?」
その言葉を聞いた瞬間、真横から突然気配を感じ茜が慌てて飛び退けば、何かがもの凄い勢いで振り抜かれる。
その物体を確認する前に、今度は後方から風を斬る音と共に、茜の体は吹っ飛ばされた。
「槙野っ、!」
「ぐっ、…… 風の呼吸 弐ノ型
咄嗟に技を繰り出して受けた攻撃の威力を殺せば、鬼は楽しそうに笑い声を上げる。
それに苛立ちを感じながらも、なんとか体制を整えた茜が振り返ると、此方を心配する五十嵐の背後に鬼が迫ってきている光景が目に入る。
「五十嵐っ、……後ろっ!!」
彼に声をかけながら咄嗟に走り出した茜は、彼を突き飛ばす形で鬼との隙間に身を滑り込ませた。
……ガキンッ
茜の刀が硬い何かにぶつかった瞬間、鬼の体から伸びる硬い皮膚が目に入る。
「なっ……、これは」
上半身は人の体と同じような見た目だが、その下につながる胴はまるで、
その体を確認できたのも束の間、刀でその攻撃を防いでいる状態のまま、茜の体に鬼がぐるりと巻きついたのだ。
「っ、……」
息も出来ない位の圧迫感。
茜の体からはミシミシと骨の軋む音が聞こえ、その瞬間ボキッと嫌な音が耳に響いた。
「ぐっ……ぅぅ、」
肋骨が折れても悲鳴すら上げられない状況で、段々と視界が揺らいできた頃、鬼の頭がニタリと笑いながら近づいてくる。
「ふふっ、苦しい?骨がボキボキと折れる音……堪らないわ、ぞくぞくしちゃう」
〝駄目だ……、このままじゃ食われる……〟
茜がぼんやりとした思考で、大きく口を開けた鬼を眺めていれば、鬼の頸めがけて刀が勢いよく飛んできた。
それは的確に鬼の頸を斬り落とし、後方の壁へと突き刺さる。
「がはっ、ぐ……はっ、はっ、はっ」
それと同時に解放された茜の体は、久方ぶりの呼吸に肺が悲鳴を上げていた。
それでも何とか立ち上がり、自分の危機を救ってくれた彼にお礼を言おうと振り返った瞬間、茜はその光景に目を見開いた。
「槙野っ、いま…だ……っ」
何とか声を上げた彼は先程の茜同様、百足の体に絞めつけられていた。
「なんでっ、頸は……」
「斬ったわよ?一つはね……」
その言葉に茜がハッと顔を上げれば、鬼は上機嫌で己の能力について、ペラペラと話し出す。
「いいわ、最後に死に損ないのお前達に教えてあげる。ふふっ、簡単な事よ?私は幻影を見せる能力とこの体がある。あたかも存在する様な空間を作り上げ、幻を見せている間に絞め殺す……頸を斬ったって駄目?だって私の体には二つの頭があるんだから、、ね?」
ズリズリと這う音は、この鬼が移動する際に出ていた音……空間移動するかの様に突然あちこちに現れたのは、元々頭が二つあったから……
その事実に今更気づいた茜が、顔を盛大に歪ませた瞬間、五十嵐の体からはボキボキボキッと骨が砕ける音が響いた。
「………ぁ"っ、」
「五十嵐っ!!くそっ、風の呼吸 漆ノ「あら?いいの?今刀を振れば、坊やに当たってしまうわよ?」
「っ、……」
鬼の言葉に茜が攻撃を躊躇った瞬間……
五十嵐の口がゆっくり動いた。
〝斬れ〟
もう声も出ないのだろう。
口から血を流しながらも何とか伝えようと口を動かした彼に、涙を浮かべながら茜は小さく頷き……
「風の呼吸 漆ノ型
今度こそ、迷う事なくその刀を振り抜いた。
五十嵐諸共巻き込んで、鬼を巨大な旋風が襲っていく。
ゴトリ、と頸が転がり落ちれば、なんでっなんでぇぇぇっ……と醜い断末魔を上げながら、下弦の壱は容易く灰になっていった。
それに気を止めることもなく茜が五十嵐に駆け寄れば、彼はもう虫の息だった。
元々鬼に締めつけられた瞬間、粉粉になった骨が臓器に深く突き刺さり彼は既に致命傷を負っていた。だが、最期のとどめを刺したのは間違いなく茜の刀で……
咄嗟に抱き上げた彼から流れる血が、茜のその手を汚していく。
「五十嵐……ごめっ、…ごめんな、さい」
涙でぐしゃぐしゃになりながら、消え逝く命に謝罪の言葉をかければ、彼の腕がゆっくりと自身の手に乗せられた。
「槙野、………強く…な……た………な」
そう言って、そのまま何も喋らなくなってしまった五十嵐を抱いて、茜はわんわんと泣き叫んだ。
その涙は、鎹鴉からの伝達で隠がやってくるまで枯れることはなかった。
******
その後、すぐに近くの藤の家へと運び込まれた茜は、勿論療養を余儀なくされた。
だが肋骨を二本折るだけの怪我で済んだのは幸いだったのかもしれない。
あの日、
下弦の壱と対峙した任務で生き残った隊士は茜一人だけであった。