第一章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「わあ、千寿郎君ありがとう〜」
「いえいえ。ゆっくりお召し上がり下さい」
縁側に座り、にこにこと和菓子を手にした茜に千寿郎は苦笑いを浮かべた。
「それにしても……茜さんは相変わらずボロボロですね」
「そりゃあそうだよ〜。君のお兄さんは強すぎるもん!!」
そう言ってパクりと和菓子を食べた茜は、「あ、美味しい」と呑気に呟いた。
******
茜は本日、稽古をつけてもらうため炎柱の煉獄の元を訪れていた。
そんな彼女の道着は千寿郎が言った通りぼろぼろで、あちこち砂だらけの上に、服から出た腕にはチラホラと真新しい痣ができている。
だがそんな事は柱相手の稽古ではいつものことなので、茜は気にせず口を開いた。
「でもっ、私も少しは力をつけた筈なんだけどな〜……煉獄さんの一振りはとっても重いの!踏み込みが違うのかな〜?」
そう言って足をぶらぶら揺すり出した茜は「それとも刀を振り下ろす早さかな?」と今度は腕を振ってみせる。
食べかけのお団子を片手に、こうかな?いや、なんか違う……とぶつぶつ呟く茜に、千寿郎は耐えきれずに吹き出した。
「す、すみませんっ、ふふっ……その、あまりにも団子がっ、不釣り合いなものでっ」
そう言ってくすくすと笑いだした千寿郎に、茜は「えへへ、お行儀が悪いよね」と恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「俺からしたら茜さんだって、充分お強いですが……」
「ふふっ、ありがとう……でもね?まだまだ足りないの……煉獄さんをあっ、と言わせるくらい強くなりたいの!!」
「……兄上をあっ、と?」
「そう、あああーっ!と」
そう言って顔を見合わせた千寿郎と茜は、二人同時に破顔した。クスクスと楽しそうに笑い合う二人に
「随分と楽しそうだな!!」
突然大きな声がかかる。
「煉獄さんっ!もう鎹鴉からの報告は終わったんですか?」
「うむ!明日の柱合会議についての確認だけだったからな!!」
そう言って、ニコニコと笑みを浮かべた煉獄が茜の横に腰を下ろし、楽しそうに口を開いた。
「槙野はまた一段と腕を上げたな!!」
「そうだといいんですが……今日も煉獄さんに、やられっぱなしでしたよ。早く追いつきたいのにな〜」
一方の茜は、どこか拗ねた様な口ぶりである。それに煉獄は豪快に笑ったかと思えば、
「それはそうだろう!!槙野に追いつかれぬように、俺だって日々稽古を積んでいるからな!!そう簡単に追いついて貰っては困る!!」
茜を揶揄う様に口角を上げた。
その言葉に茜が、むむ、と眉を顰めれば、彼は頭に腕を置き、優しく彼女に笑いかけた。
「安心しろ!!槙野は確実に力を伸ばしている!!」
煉獄が口にした様に、茜の動きは前回の稽古の時より、格段に良くなっていた。
相変わらず顔を合わせるたび実弥には
「お前には才能がねェ」
「無駄死にする前に辞めろォ」
と罵られるばかりだが、早さは勿論、技の精度も他の隊士に比べれば茜は群を抜いている。
それは一重に、実弥に認めて欲しい、彼を支えたいと思う茜の努力の賜物で、
それを知っている煉獄は、茜に優しく笑いかけた。
「それで不死川とはまだ相変わらずなのか?」
「……そうですね、変わらずです。合同任務で顔を合わす度、怒鳴られてばかりです」
そう言って肩を落とす茜に、煉獄は腕を組みながら考え込む。
******
同僚の不死川は一見すると、とても喧嘩っ早く短気な男に見えるだろう。
そもそも煉獄が初めて彼に会った柱合会議の場でも、彼は突然攻撃を仕掛け、此方を試してきた程なのだから……
だが、実際に不死川と顔を合わせる様になれば、口は悪いが人情味溢れる彼の人柄に、煉獄はすぐに信頼を寄せる様になった。
「炎柱の煉獄さんのご自宅はこちらですか?」
そんな頃、出会ったのが茜だった。
彼女は出会った時には既に、甲の階級まで上り詰めており、中々の実力者であった。
「うむ!俺が炎柱の煉獄杏寿郎だが……君は?」
「失礼しました!私、槙野 茜と言います!!煉獄さん、是非稽古をつけてください!!」
「む?稽古……?」
最初こそ茜の勢いに珍しく圧倒された杏寿郎も、彼女の気さくな性格と、歳が一つしか変わらない事もあり、二人は直ぐに打ち解けた。
「槙野、君は怪我で療養中だろう?……そんなに激しく身体を動かさない方がいいのではないか?」
だが、がむしゃらに稽古を積む茜を心配して、こうして声をかける事も度々あった。
「いえ、大丈夫です!!それにこんな事で立ち止まっていては
「……不死川に、か?」
その時も、たまたま蝶屋敷に訪れた煉獄が、中庭で素振りをする彼女を心配して声をかけていた。
すると、茜の口からは予想もしていない人物の名が上がるものだから、煉獄は些か驚いた。
それにいくら厳しい不死川でも、怪我人相手にそんな事を怒る筈ないのでは?と煉獄が思い至ったところで、
「あの人、私の兄弟子なんです。……いつも傷を増やしているのはあっちの方なのに、私が怪我をするとそれは凄い剣幕で〝鬼殺隊なんか辞めろ〟って怒鳴ってくるんですよ……困っちゃうでしょう?」
そう言って茜が眉を下げるものだから、あの時は慌てて彼女を慰めた事を思い出す。
あの話を聞いて以降、煉獄は二人を密かに見守ってきた。
確かに柱合会議で彼女の名が上がれば、不死川は嫌そうに顔を顰める。
辞めるべきだ、才能がない、死ぬだけだ
そんな彼女を罵る言葉を並べる彼だが、蓋を開ければそれは全て彼女の身を案じての言動ばかり。
現に彼は合同任務と称しては、頻繁に茜と共に任務に着き、彼女が怪我を負わぬ様に陰ながら見守り続けている。
きっと他の柱達も、それに気づいているからこそ、彼らを気にかけているのだろう。
******
煉獄がチラリと横を盗み見れば
「いつになったら、風柱様に認めてもらえるんでしょうね……」
茜は自傷気味な笑みを浮かべていた。ぽつりと落とされたその言葉が、あまりにも淋しそうに響くものだから、煉獄は静かに彼女を見つめ思いを巡らせる。
認めて貰いたい、支えたい
そう言って彼への想いを茜は度々口にする。
それが兄弟子としてなのか、はたまた違う意味合いがあるものなのかは分からないが……
父に認めて貰うために、がむしゃらに稽古を積んでいた自分と重ねて、煉獄は思わず手を伸ばす。
「槙野、よければ俺の継ぐ子にならないか?」
そう言って頭にぽんと、手を置けば彼女は驚いた様に顔を上げた。それから困ったように眉を下げた彼女に「少し考えてみてくれ!」と声をかける。
「……はい」
小さな返事が聞こえてきて、煉獄は満足した様に頷いた。
きっと彼女がこの申し出に頷く事はないだろう……
ここは一つ賭けにでるとしようか。
そんな事を思いながら、明日には顔を合わす不器用な同僚を思い浮かべた煉獄は小さく口元に弧を描く。
だが、この時誰も気づきはしなかった。
ギシギシと鈍い音を立てながら、
少しずつ運命の歯車が回り始めていた事を……